玉座の残響
王都に鳴り響いた太鼓の轟きは、
“緊急の王命招集”を告げる合図だった。
英雄たちが召喚されて以来初めて——
アルブレヒト三世は、非公開の謁見を命じた。
召喚された中で呼ばれたのは、ただ二人。
蒼の魔女・月城レイナ。
南の歌姫・藤森アヤカ。
王座の間は重苦しい沈黙に包まれていた。
王城の衛兵たちは扉を封じ、封印魔術が張られる。
壁の松明が揺れるたび、火が怯えているように見えた。
アヤカは白く輝くドレスをまとい、優雅な足取りで入場した。
レイナは静かに現れ、青のローブに包まれた冷たい視線を向けた。
二人の視線が交錯する。
わずかに口元が歪む、軽蔑の仮面。
王は玉座から見下ろしながら、怒りと疲労の入り混じった目で語り始めた。
第二章:王の裁き
—「我が英雄たちよ……」
王の声は荒く、乾いていた。
—「だが今や、王国が口にするお前たちの名には“希望”ではなく、“恐怖”が乗っている。」
彼は黄金の杖で床を叩いた。
音が玉座の間に反響する。
—「貴様ら、民に何をしておる……?
召喚された時の誓いを、忘れたのか?」
レイナは顔を逸らさず、凛として答える。
—「秩序を保っているだけです、陛下。
疑念は感染します。思考を自由にすれば、混乱が広がるだけ。」
王の拳が震える。
—「それを“秩序”と呼ぶか?
お前の兵が“異教の祈り”だけで村人を捕えたと聞いている。
子どもたちは、お前の名を聞くだけで泣き出すのだぞ!」
レイナは黙る。
唇をかすかに噛み、反論しない。
王は次にアヤカへと視線を向けた。
—「そして貴様、藤森。
その歌声は民を一つにできたはずだ……
だが今や、感情を弄ぶための玩具と化した。」
アヤカは肩をすくめ、笑みを浮かべた。
—「陛下、人々は“幸せ”でいたいのです。
たとえそれが嘘であっても。
私がそれを与えるなら、それが使命でしょう?」
—「……芸術に真実がなければ、何の価値がある?」
王は立ち上がる。
その拳が杖を強く握りしめ、声が荒ぶる。
—「貴様らは神ではない。
人間だ。人である以上、責任を負え。」
—「王国は分裂しかけている。
北は南を非難し、南は蒼を疑う。
そして今、“禁じられた名”を口にする者まで現れた。」
その名が、室内に落ちる。
「ハルト」
その一言で、二人の英雄の目が鋭く交錯した。
第三章:不信の種
最初に口を開いたのはレイナだった。
—「……もしあの男が生きているなら、排除すべきです。
彼は、この世界においても“不安定”でした。」
アヤカは腕を組み、鼻で笑った。
—「ああ、出た。何でも他人のせい。
……もし“間違ってる”のが貴女の方だったら?」
レイナの目が鋭く光る。
—「その口、慎め。“歌姫”。
お前の力など、酔っ払いを操るための玩具に過ぎない。」
アヤカの微笑みが鋭さを帯びる。
—「貴女の力は、奴隷に鎖をかけるものね。」
王の杖が再び床を打ち鳴らした。
今度は、部屋全体が震えるほど強く。
—「やめろ!」
—「争いたければ、我が玉座の外でやれ。
ここは“王の国”だ。
その中にいる限り、貴様らは“私の命”に従う。」
彼は衛兵に向かって命じる。
—「本日より、両領地の外出は王の許可なく禁止とする。
日報を提出せよ。
民がまた血を流すなら、貴様らを“追放”することも厭わぬ。」
アヤカとレイナは、それぞれゆっくりと頭を下げた。
だがその瞳に宿っていたのは——
服従ではなかった。
第四章:裁きの後
謁見が終わり、王城の回廊に雨の匂いが漂う。
アヤカは表情を変えずに歩くが、手がわずかに震えていた。
その後ろから、冷たい指が肩を掴む。
レイナだった。
—「“亡霊の夜”……
あれは、お前の仕業だな。」
アヤカは笑みを浮かべて振り返る。
—「違うわ、レイナ。
あれは“欺く”ためじゃない——
“目覚めさせる”ためよ。
貴女は身体を支配する。私は心を動かす。
でも今、この世界には……両方を超える存在がいる。」
レイナは黙ったまま彼女を見つめる。
その瞳に、一瞬だけ恐れが走る。
そして、言葉なく去っていった。
アヤカはひとり、口ずさむ。
どこか苦く、どこか切ない旋律。
第五章:塔の上の影
そのすべてを、誰かが見ていた。
王城の鐘楼、その高みから。
マントをはためかせる、フードの影。
カオリ。
彼女は魔法の通信具を手に、静かに呟いた。
—「報告。
王は揺れ、英雄たちは互いに不信を募らせ、
王国は裂け始めている。」
遠くから聞こえる、ハルトの声。
穏やかで、揺るがぬ声音。
—「よくやった。
疑念が生まれれば、自由が芽吹く。
そして自由のある場所には……
《黄金の太陽》が道を見出す。」
雨が降り始める。
その音が、会談の残響を静かに消していった。
まだ誰も知らない。
これから始まる戦いは——
英雄と悪魔の戦争ではない。
嘘と、目覚めの戦争だ。
――つづく。
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