ヴィルモン家の一手
—帝国の戦に剣は鈍る。
だが、貴族の娘は――“使われる”。
◆ 決意の刻
ヴィルモン家・私室にて
カエラン・ヴィルモン公爵は、
帝室の紋章が刻まれた鏡の前に立っている。
ミラルダ夫人は白猫を撫でながら、優雅に長椅子に腰掛けていた。
そして、
その二人の前に立つのは――
無言のエミリス・ヴィルモン嬢。
カエラン(静かに):
「ハルト・アイザワはすでに二つの王国を手に入れた。
その軍は、規律と“信仰”を携え、着実に進軍している。」
「我々に必要なのは――“時間”を稼ぐことだ。」
ミラルダ(冷たく微笑む):
「あなたは、“黎明の王国”へ向かうの。
帝国の“特使”として。」
「その笑顔が盾となり、
その瞳が――刃となる。」
エミリスは、すぐには反応しなかった。
ただ、一つの問いを投げる。
エミリス:
「……もし、私がただの“間者”だと見抜かれたら?」
カエラン:
「その時は――
“帝国貴族の娘”として、誇り高く死ね。」
――凍りつくような静寂。
◆ 数日間の訓練
憎しみを抱えたまま、優雅に言葉を紡ぐ技。
嘘を“真実のように”語る舌の訓練。
刺繍、扇、婉曲表現による暗号の伝達術。
涙を流さない技術。決して、誰の前でも。
出発の朝。
ミラルダ夫人は、魔法の加護を込めた首飾りを手渡した。
ミラルダ:
「これは“心”を覆い隠すもの。
魔術師たちでも、真偽は読めない。」
エミリスは、その冷たい首飾りを両手で受け取る。
エミリス(低く):
「……でももし、
“本当に信じてもらいたくなったら”…?」
母は、何も答えなかった。
エミリスは、
帝国の紋章がついた外套を身にまとい、
公式馬車に乗り込んだ。
手には、皇帝オーレリアヌスの封印が押された書簡の数々。
しかし――
その荷物の奥深くには、誰にも見せていないものが一つ。
小さな日記帳。
その扉裏には、彼女の文字が刻まれていた。
「もし異国の地で私が命を落とすなら――
世界に伝えたい。
私が“なぜ”行ったのかを。」
国境にて――
黎明王国への第一歩
帝国の馬車が国境を越えようとしたその時――
一人の騎士が前方に立ち塞がった。
その鎧は黎明の紋章を背負い、目には曇りなき決意が宿っていた。
騎士:
「ハルト皇の命により、
すべての“使節”は魔術監視下にて護衛されます。」
馬車の中、エミリスは動じずに頷いた。
そして、視線を遠くへ――
金色に輝く新しき王国の大地を見つめた。
まだ名も知らぬ民たち。
まだ測れぬ力を持つ王。
だが、そこに――
たしかに“何か”が生まれていた。
エミリス(心の声):
「彼らは望んでいる――
私が“欺き”、揺さぶることを。
でももし……
もし彼こそが――
この世界が、本当に必要としている者だったら?」
風が、帝国の外套をめくる。
その下で揺れるのは、
心を隠すはずの魔法の首飾り。
けれど、
それすらも、彼女の“決意”までは
覆いきれていなかった。




