借りた声 ― 顔なき者
すべての“誰か”になったとき――
自分が誰だったか、忘れるんだ。
キャラバン潜入の成功後、モモチの部隊は灰の森にある中立地帯で一時的に野営を張っていた。
ジノは焚き火から少し離れ、
今日も他人の顔をつけていた。
今回の顔は、任務中に模倣した年老いた哨兵のもの。
カイレン(近づいて)
「食べないのか?」
ジノ:
「この顔の持ち主はあまり食べない。
歯が悪い。健康に見せたら不自然だろ。」
カイレン(半分冗談で):
「で、お前の本当の歯は?」
ジノ:
「…覚えてる者はいない。」
夜が深まるにつれ、食料と毛布が配られた頃。
珍しく、メイカがジノの隣に腰を下ろす。
メイカ:
「お前の変装、見事だった。」
「でも…“自分自身”の仮面は、被ったことある?」
ジノはすぐには答えなかった。
ゆっくりと、魔法の仮面を外す。
そこに現れたのは、
疲れた目をした、どこにでもいそうな顔。
ジノ:
「これが…子どもの頃に忘れられた俺の顔さ。」
「それからは、ずっと“他人”になって生きてきた。」
――沈黙。
メイカ(小さく):
「…そんなに忘れられそうな顔じゃないけど。」
その夜、部隊は初めて「兵士」ではなく「人間」として火を囲んだ。
トヴァル“のろま”は看守時代の珍妙な話を披露。
ヴェルク“灰”は全員を震え上がらせる炭味の茶を用意。
リナ“カラス”はカイレンに伝令の口笛を教える。
カイエンは無言のジェスチャーだけでメイカにチェス勝利。
そして――
ジノが、笑った。
偽りの声じゃない。
演技でもない。
ただ、自然な笑い。
カイレン(それに気づいて):
「今の…お前?」
ジノ(戸惑いながら):
「…ああ。」
夜も深まり、ほとんどが眠ったあと、
ジノはカイレンとメイカと共に静かに残っていた。
ジノ:
「なぜ俺がこの部隊に入ったか、わかるか?」
カイレン:
「なぜだ?」
ジノ:
「戦場じゃ、誰も“お前は誰だ”なんて聞かない。」
「“何ができるか”だけが、すべてなんだ。」
――メイカは彼を見つめる。
そして、ゆっくりと呟く。
メイカ:
「でもね…
そろそろ、お前が“できること”に、もう一つ加えてもいい頃よ。」
「“自分であること”。」
ジノは、仮面を外して横たわる。
生まれて初めて――
“自分”の顔のままで眠りにつく。
—
その頃、モモチは木の上から静かに彼らの野営地を見下ろしていた。
夜風に揺れる葉の音。
遠くのフクロウの鳴き声。
そして、部隊の穏やかな寝息。
モモチ(心の声):
「戦は、我らを鍛える。
だが――共に生きることでこそ、
“自分”を思い出せるのだ。」




