影の前で
時に──影は光を喰らおうとする。
だが別の時には──
光こそが影に、立ち止まる理由を与える。
沈黙の試練の後。
モモチは評価室に残っていた。
突然、一人の人物が無言で入ってくる。
それは影ではない。
泥だらけの足。
繕われたシャツ。
そして──沈黙よりも強く響く心臓の鼓動。
モモチ(視線を向けずに):
──時間外だ。
掃除か?
カイレン(頭を下げながら):
──いいえ…
チャンスを、お願いしに来ました。
モモチはゆっくりと振り向く。
その目は、すでに全てを見通しているかのようだった。
モモチ:
──魔力はない。
技術もない。
嘘もつけない。
沈黙も守れない。
…何がある?
カイレン(即答):
──忍耐力。
それに──時間があります。
──英雄になりたいわけじゃありません。
役に立ちたいだけです。
王国のために。ハルト様のために。
…ただ畑を耕すだけの人生じゃなく。
モモチは、何の前触れもなく毒針を投げる。
カイレンは反射的に身を傾ける。
針は耳をかすめ、血が滲む。
カイレン(動かず):
──今のが試練ですか?
モモチ:
──違う。
あれは“警告”。
──ここからが、本当の試練。
彼女の姿が掻き消える。
影から──三本の手裏剣が飛来。
カイレンは不格好に転がって、倒れながらも三本すべてを回避。
カイレン(息を切らして):
──俺は…戦士じゃない!
モモチ(背後に現れながら):
──では、お前は何者だ?
カイレン(しっかりとした声で):
──学びに来た者です。
モモチは長く黙ったまま彼を見つめる。
やがて、腕を組み直す。
モモチ:
──私は触れずとも、十通りの方法でお前を消せる。
カイレン:
──わかってます。
モモチ:
──それでも残りたいのか?
カイレン:
──“最も致命的”なあなたが今ここで俺を壊さないのなら…
いつか俺も、あなたが守るものを守れるようになるかもしれないからです。
静寂。
モモチは彼の前まで歩き、
小さな黒い布を差し出す──
“暁の眼”の仮認証の象徴。
モモチ:
──今はまだ、お前は何者でもない。
だが今から…
その“内側”だ。
その夜、イリスは窓から彼を見つめていた。
カイレンはひとり、音を立てずに歩こうと練習している。
だが──失敗ばかり。
それでも、繰り返す。
また繰り返す。
何度でも。
イリス(小さく呟く):
──力も…技術もない。
けれど、あの子には別の“強さ”がある。
…もしかしたら、今の私たちに必要だったのは──
まさに、彼なのかもしれない。




