革命の薔薇
冬が、すべてを飲み込んだ。
畑は枯れ、村々は沈黙し、
パン一つが金よりも重くなった。
それでも――
王都の貴族たちは、
黄金のステンドグラスの下で、
饗宴を続けていた。
ノーヴェイル王国・王宮
アルフォンス十三世――
灰色の髪と疲れた顔を持つ老王は、
静かに窓の外を眺めていた。
その目に浮かぶのは、憂いではなかった。
ただの、虚無だった。
隣には、白と青の礼装をまとった王妃――エリザベート。
その優雅な微笑みの奥には、冷えた炎が隠されていた。
エリザベート
「外では民が凍えていますのに……
陛下は、温かな葡萄酒で乾杯なさる。」
アルフォンス
「それも神のご意志だ。
苦しみがあるのは、神がそれを望んだ証。」
彼女は扇子で怒りを隠した。
この国に嫁ぎ、愛されず、声もなく、
ただの政治の象徴として生きる――
"声なき王妃"
だが、もう終わりだ。
(王座が腐っているのなら、
その瓦礫の上に新たな冠を植えるまで。)
その夜。
王妃は灯りを持ち、静かに宮殿を歩いた。
豪奢な調度品たちの影が、彼女の足元で消えていく。
彼女を待っていたのは、側仕えの侍女・ヴァレット。
ヴァレット
「本当に……やるおつもりですか?」
エリザベートは指輪をテーブルに置いた。
その石には、黄金の太陽の紋章が輝いていた。
エリザベート
「ハルト・アイザワ――
二つの国を屈服させ、飢えを改革した男。
“悪魔”と呼ばれても、世界を変えた者よ。」
ヴァレット
「……陛下は?」
エリザベート
「もう“王”などではない。ただ、呼吸するだけの亡霊。」
彼女が手にしたのは、一振りの短剣。
その刃を鏡の前にかざす。
映る微笑みは、決して戻れぬ決断を下した女の顔。
(神々が裁かぬなら――私が裁く。)
王宮の晩餐会
音楽と蝋燭の光の中、
アルフォンス王が酔いながら杯を掲げた。
アルフォンス
「ノーヴェイルの栄光と、我が美しき王妃に!」
エリザベートも微笑みながら杯を上げる。
赤いワインは、蝋燭の炎に照らされ、血のように見えた。
王は躊躇なく飲む――
そして、喉が詰まり、咳き込み、顔が歪む。
王の手から杯が落ち、砕け散る。
王妃は黙って見つめていた。
その目に、涙はなかった。
エリザベート
「お休みなさいませ、陛下。
この国は、もうこれ以上――無能に耐えられません。」
王が倒れると、ヴァレットが灯りを消した。
音楽が止まり、完全な沈黙が訪れる。
そして、“新たな女王”が生まれた。
数日後 ― 黄金の太陽の本陣
カオリが封蝋された文書を手に、ハルトのもとへ歩む。
カオリ
「陛下、ノーヴェイルの王妃が政権を掌握しました。」
ハルト
「……クーデターか?」
カオリ
「毒殺です。静かに、正確に、証人なしで。」
ハルトは微かに口元を上げる。
ハルト
「……革命が、始まったか。」
彼は地図を広げる。
飢餓地帯、廃鉱、補給の断たれた村々――
各地の問題が赤く示されていた。
ハルト
「征服だけでは足りない。
再建しなければ、意味がない。」
オーレリアが黙って聞き、
マグノリアが皮肉を込めて問いかけた。
マグノリア
「慈悲で? それとも計算で?」
ハルト
「計算だ。
飢える国は、いつか必ず――反乱する。」
彼の指が地図の弱点をなぞる:
貴族は穀物を独占。
聖職者は“祝福”と引き換えに水を売る。
北の民兵は、“信仰”を盾に略奪する。
ハルト
「流通を復活させ、資源を再配分する。
それに逆らう者は、“反逆者”として処刑する。」
カオリは、畏怖と敬意が入り混じった眼差しを向けた。
カオリ
「それが、“血を流さず征服する”方法ですか?」
ハルト
「違う、カオリ。
それは、“誰にも気づかれずに人を殺す”方法だ。」
一週間後 ― ノーヴェイル旧大聖堂
エリザベートが静かに祈りを終えると、
扉が開いた。
黒いマントを纏ったハルトが現れる。
その眼光は鋭く、空気はまるで抜かれた剣のように張りつめる。
ハルト
「陛下。」
エリザベート
「征服者。……あるいは、改革者と呼ぶべきかしら。」
二人の視線が交差する。
美しくも危険な炎が、その間に灯る。
ハルト
「何のために呼んだ?」
エリザベート
「この国は、血を流しています。
そして、壊した者こそが……建て直す術を知っている。」
ハルトが一歩踏み出す。
ハルト
「代償は?」
エリザベート(囁く)
「私の同盟――そして、この“王冠”。」
長い沈黙。
やがて、ハルトが微笑んだ。
ハルト
「いいだろう。だが、忘れるな。
血に咲く薔薇には――棘がある。」
エリザベート
「なら、世界中がその棘で傷つけばいい。」
その言葉の残響が、空虚な大聖堂に広がった。
こうして、"革命の女王"と"堕ちた太陽"の同盟が誕生した。
その夜――
腐敗した貴族たちの死体が、
それぞれの屋敷で首を吊られたまま発見された。
古き旗は焼かれ、
罪と偽善の象徴は灰と化した。
そして王国の中心、広場の壇上に、
エリザベートとハルトが並び立つ。
彼らの口から発せられたのは――
「太陽の黄金律」
エリザベート
「誰一人、もう飢えることはない。」
ハルト
「誰一人、神の名を騙って生きることはない。」
民衆は歓声を上げた。
拍手、涙、祈り。
信仰ではなく――希望への歓声だった。
数十年ぶりに、冬が少しだけ暖かく感じられた。
だがその遥か遠く――
漆黒の塔の上、
一つの影が世界を見下ろしていた。
南からの使者。
手に持つのは、金蛇の刻印が押された封蝋。
その目は冷たく、その声は囁くようだった。
使者
「……評議会が動いた。
世界はまだ、新たな“神”を迎える準備など――できてはいない。」
――つづく。
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