声なき革命
ボレアリス王国の北方、飢えがもはや一つの敵となっていた都市で、ある日パンフレットが現れ始めた。
署名はなく、ただ一つの印章が押されていた:逆さまの太陽の上に壊れた天秤。
それらは「自由思想の書」と呼ばれた。
「王座は神々のものでも、英雄のものでもない。
血を流す民のものである。」
その言葉は感染のように広がった。
商人たちは書き写し、農民たちは酒場で朗読し、兵士たちは任務の合間に囁き合った。
王はそれを「冒涜」と呼び、
聖職者たちは「異端」と断じた。
だが民はそれを……「希望」と呼んだ。
港の廃れた酒場にて、男や女が蝋燭の灯のもとに集っていた。
本名を知る者は誰もいない。
彼らはただ「暁のマラ」と名乗っていた。
その中には哲学者、脱走兵、元聖職者、そして銀の仮面をつけた少女がいた。
彼女はミレル。かつて魔法学院で学んでいた者。
静かな声で語るが、その眼差しは確信に燃えていた。
—民に必要なのは英雄ではなく、記憶だ。
—もしハルトが北を制圧したら? —と一人の兵が問う。
—その時は彼の影を旗とする —ミレルは答えた—。
王であろうと魔であろうと、古き信仰を砕くなら……私たちは便宜上ついて行く。
他の者たちも頷いた。
革命に色はない。あるのは進む方向だけだった。
その頃、ハルトは戦略室で報告を聞いていた。
カオリ、マルガリータ、リラも同席していた。
—北の都市で新たな派閥が台頭しています —リラが地図を広げながら言った—。
自由を唱えていますが、あなたの紋章を逆さまに使っています。
—俺の紋章を… —とハルトは思案深げに繰り返した。
カオリは眉をひそめた。
—排除しますか?
ハルトは静かに首を振った。
—いや、話させておけ。
マルガリータが腕を組んだ。
—なぜ?
—思想には、燃え上がる前に空気が必要だ —彼は答えた—。
潰せば殉教者になる。
だが、自分たちが自由だと信じさせれば……
剣を抜かずとも、彼らの思考を支配できる。
沈黙が満ちた。
カオリですら、その瞬間、彼を敬うべきか恐れるべきか迷った。
一週間も経たぬうちに、「暁のマラ」は王国の隅々にまで広がっていた。
ある者は彼らを「黄金の太陽の密偵」と呼び、
ある者は聖職者への裏切者と呼んだ。
そしてまたある者は、ただの夢想家だと言った。
氷の聖騎士リアン・アルフェルトは、神殿の影から彼らを見つめていた。
—彼らはハルトの言葉を繰り返している —彼は囁いた。
枢機卿ミハイルは歯を食いしばった。
—ならば、芽が出る前に刈り取るべきだ。
—いや —リアンは穏やかに言った—。
ハルトが暴力を使わないなら……我々もそうすべきではない。
狂信者が、初めて自由な人間として語った瞬間だった。
雪に覆われた丘の上で、ハルトは地平線を見つめていた。
隣に立つカオリが、一枚のパンフレットを手渡した。
—彼らは、あなたを変革の火種だと言ってる。
—火種じゃない —と彼は答えた—。彼らが操れると思っている……炎そのものだ。
紙は彼の指の間をすり抜け、風に乗って消えていった。
夜明けの黄金の空の下、民の最初の歌声が響いていた:
「太陽は空のものではない…
それを正面から見据える者のものだ。」
そしてハルトは微笑んだ。
世界を支配しているからではない。
ようやく世界が——
考え始めたからだ。
――つづく。
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