啓示の火
冬は去らなかった。
だが、生き残った者たちの間に――
新たな“炎”が灯り始めていた。
中央王国の片隅にある一つの酒場。
若き書記官エリアーヌは、炉の火を囲む村人たちに語りかけていた。
「なぜ私たちは飢えていると思う?」
「気候のせいじゃない。ハルトのせいでもない。
私たちを“盲目”だと信じ込ませてきた支配者たちのせいよ。」
その言葉は火花のように広がっていった。
誰かが書き留め、誰かが羊皮紙に写し取る。
そうして生まれた最初のパンフレットの一文――
《人は、思考するために王を必要としない。》
寺院は即座に発禁を命じた。
だが、もう遅かった。
書写人と商人たちは、パンの荷に忍ばせて密かに広めた。
裏路地では、新たな概念が囁かれていた。
――「黄金の太陽による啓蒙」
ハルトは自らの要塞にて、そのパンフレットの一つを黙ってめくっていた。
カオリが隣で静かに見つめる。
「…あなたが書いたの?」
彼女が半ば冗談のように尋ねた。
ハルトは首を横に振る。
「いや。だが…その炎は、私に帰されている。」
アウレリアは腕を組みながら興味深そうに言った。
「気に入らない?」
「いや、むしろ――不安だ。」
ハルトは静かに言う。
「思想は、生まれた時点で制御できなくなる。」
闇の隅から、アヤ・クロナミが微笑む。
「恐怖は帝国を壊す。
だが“思想”は…その墓を掘る。」
ハルトは顔を上げた。
「ならば――その芽を育てよう。
人々が“考える”ようになれば、王座は自ら崩れ落ちる。」
その頃、中央王国の首都。
枢機卿ガドリエルは、炎の中にパンフレットを投げ込んでいた。
「異端だ!思想の疫病だ!」
だが、すでに遅かった。
兵士たちですら、密かにその言葉を口にし始めていたのだ。
王オーガストは蒼白な顔で呟く。
「もし…民が、我々を恐れなくなったら?」
ガドリエルは激しい怒りを浮かべて王を睨みつけた。
「ならば、再び“恐れさせる”まで。」
こうして生まれたのが――《沈黙令》。
「“黄金の太陽”に言及した者は、国家反逆罪により処刑」とされた。
だが、その結果は逆だった。
一つの口を封じれば――
十の声が囁くようになった。
そしてある夜、中央王国の大広場。
人々が自らの意思で、飢えと怒りを胸に、教会前に集まった。
王の命ではない。
心の声に突き動かされた群衆だった。
木箱の上に立ったのは、若き書記官――エリアーヌ。
彼女は声を張り上げる。
「尊厳を持って生きるのに、王座も神殿もいらない!」
「黄金の太陽がもたらしたのは、ただの“火”ではない――“自由”だ!」
衛兵たちが前進する。
だがその瞬間、冷たい風が吹き抜け、彼らの足を止めた。
そして空に――
魔法によって投影された、金色の紋章が浮かび上がる。
――ハルトの象徴。
群衆は膝をついた。
泣く者、笑う者、目を閉じる者。
そして、掲げられた松明の炎が――一つの“意志”のように揺らめいた。
その後の日々――
噂は理想となり、
理想は運動となり、
そして運動は――革命へと姿を変えた。
街角で繰り返されるようになった言葉が、歴史の流れを変えた。
「もし“黄金の太陽”が天を砕けるのなら――
私たちも、自らの鎖を断ち切れるはずだ。」
ハルトは塔の上から、夜の中央王国を見下ろしていた。
燃えているのは建物ではなかった。
それは――民の手に掲げられた、無数の“火”。
――松明の光だった。
「ついに始まったか…啓蒙の時代が。」
ハルトは静かに呟く。
「血ではなく――思考によって。」
アヤは目を閉じ、微笑んだ。
「そしてそれこそが…王たちに最も止められぬもの。」
――つづく。
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