報復の陽炎
夜明けは、その日、訪れなかった。
東方の王国の空は金の霧に包まれ、まるで太陽が溶けてしまったかのようだった。
アデリス大聖堂――国家の信仰の中心が、静かに燃えていた。
神官と信者たちは走り回り、誰にも届かぬ祈りを叫んでいた。
その火災を、ひとりの女が塔の上から冷ややかに見下ろしていた。
金属のような銀髪が、風にたなびく。
彼女の名は――エアリス・フロストベイン。
《金陽の君主》ハルトによって召喚された存在。
「純粋さとは、炎によって試されるものよ」
そう呟きながら、彼女は氷晶でできた槍を高く掲げる。
それを地面に突き立てた瞬間――霜の爆発が起き、火と煙すら凍りついた。
崩れた柱の影から、震える神官が現れ、彼女を指さした。
「化け物め!ここは……神聖なる――!」
エアリスは表情一つ変えずにその男を見つめた。
「ならば、祈るがいい。息のあるうちに」
神官の声は、凍結する前に途切れた。
***
数リーグ離れた王都では、東方の王――タウレン・ヴァシリスが、地平線に現れた金の柱を恐怖に満ちた瞳で見つめていた。
彼の傍らでは、ユウトと取引を交わした女使節が震えながらひざまずいていた。
「陛下……!我々は、あの男が知っていたなどとは……!」
王は彼女を激しく突き飛ばした。
「愚か者め……!これでは、我ら自身に呪いを刻んだも同然だ!」
その瞬間、金属音が玉座の間に響き渡る。
氷の槍が大扉を貫き、王の足元に突き刺さった。
その先には、黒い円の上に割れた太陽――**《金陽の印章》**が翻っていた。
そして、空気を震わせるような声が、すべての心に直接響く。
「我が名はハルト・アイザワ。
《金陽の君主》にして、この世界の執行者。
信仰のためではない。
裏切りのために、汝らの聖域を焼いたのだ。
次は忠告を送らぬ。
蝕を送り込む。」
王の足元が揺れ、彼は言葉を失って崩れ落ちた。
メッセージは、余りにも明確だった。
***
その頃、《金陽の城》では、
ハルトが玉座に座りながら水晶の投影を見つめていた。
その背後には、オーレリア、カオリ、マグノリアの三人が控えていた。
水晶に映るハルトの顔は、静かな威厳に満ちていた。
「すべて、計画通りですわ」
と、オーレリアが微笑む。
「民間人の犠牲はなし。神殿のみ焼き払い、命は奪っておりません」
と、エアリスがひざまずきながら報告した。
ハルトは静かに頷いた。
「裏切りには代償を。
だが――忠誠には、報酬を与えよう」
カオリは微かに目を輝かせながら尋ねた。
「……他の王国が震え上がっているわ。次は?」
ハルトは立ち上がり、金のマントをたなびかせながら言った。
「恐れを持たせよう。もう少しだけ。
恐怖は、口を開かせる鍵だ。」
マグノリアは笑いながら帽子を整える。
「ならば叫ばせましょう、閣下。
恐怖こそ、征服の序章ですもの。」
***
その夜、宴の声が響く中、
ハルトはただ一人、召喚ガチャの前に佇んでいた。
回転する黄金のオーブの光に、彼の目は静かに揺れていた。
だが次の瞬間――
光の間から影が現れた。
やわらかな、だが確かな女の声が囁く。
「……ハルト。
いくつの魂を、まだこの輪に捧げるつもり?」
オーブが一瞬ひび割れ、
その中に浮かぶ黒き翼と銀髪の女――
鎌を携え、瞳を伏せたまま、静かに立っていた。
その名が、世界に響いた。
「アヤ・クロナミ。虚無の守護者」
ハルトは一歩後ずさった。
「ついに…応えたか」
オーブは再び黄金に輝き、
影も、声も消えた。
だが、メッセージははっきりしていた。
――この世界を見つめているのは、
生者だけではない。
東の王国では、黄金の霧が寺院の廃墟の上に漂い続けていた。
信者たちは困惑し、それを「堕ちた太陽の恩寵」と呼び始めた。
ある者はそれを神のしるしとして崇め、
またある者は避けられぬ終焉の前兆と捉えた。
そして北の影の中で、ユウトは遠くの炎を見つめながら拳を握りしめていた。
――俺たちは奴らの運命を売ったんじゃない…買ったんだ。
リクは軽蔑の眼差しで彼を見た。
――なら、その代価を払う覚悟をしろ。
戦の残響が再び産声を上げた。
――つづく。




