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店を再開してから三日目。俺は休憩時間にバックヤードでスマホをいじっていた。客が少なくて暇なのだろう、兄が覗きに来た。
「またヘビ娘?」
「いや、あれはやめた。新しく趣味作ろうと思ってさ。ジムに通おうと思うんだけど……」
「ジムぅ?」
俺は兄にスマホの画面を見せた。近所に二十四時間営業のジムがあったのだ。
「へぇ……なんでまた身体鍛えようと思ったの?」
「あそこから逃げる時さ……俺途中でへばったじゃん? 体力つけたい。それに、腕力で解決できるならそれでカズくんを守りたい」
「ナオくんって根っこの部分は変わらないなぁ」
休憩を終え、遼と交代。喫茶「くらく」は今日も静かな時間が流れている。コーヒーとタバコの香り。控えめな話し声。カウンターに立つとよく見える可愛らしいツリー。これこそが俺と兄の居場所。ここを守っていきたい。ずっと、ずっと。
せわしなく接客をしながら時間が過ぎ、夕方五時半頃。見覚えのある黒髪の男の子が店にやってきた。
「あ、あのぅ……少し来るのが早かったですかね?」
兄が声をかけた。
「迅くん! コーヒーでも飲んで待ってて」
「実は……コーヒー飲めなくて……」
「他の飲み物でもいいよ」
「ホットミルクで……」
迅はカウンター席にちょこんと座った。浮かない顔だ。俺はどんな報告が来たとしても受け止める心の準備をした。六時になり、俺はクローズの札をかけた。遼が言った。
「おれが片付けしますんで、お二人は迅の報告聞いて下さい」
俺と兄は迅の前に並んで立った。
「一時的なものでしょうか……神の力が弱まっていて、美乃谷地区に入ることができました。それで。三綿家の男性ばかり七名が亡くなっていました」
迅が到着した時、三綿の血を引く家が荒らされ、内臓を食われて死んだ男たちの死体が転がっていたらしい。残った者たちは、その死を表沙汰にせず、秘密裏に埋葬することに決めたそうだ。
例の「カミサマ」がいた洞窟の中までは、迅は入ることができなかったそうだ。力は弱まったとはいえ、存在は感じたらしい。まだ、あの神はあそこにいる。
「俺が助かった代わりに……七人が死んだ……」
とん、と兄が俺の背中を叩いた。
「ナオくんは悪くないからね。思い詰めちゃダメ。さすが神だね、女性は残したのか」
迅が言った。
「おそらく、三綿家の血を絶やさないためでしょうね。五十年後……またありますよ、きっと」
もう起こってしまったことは取り返しがつかない。けれども俺はカウンターに拳を叩きつけた。
「神っていうのは……どうにもできねぇのかよ……」
兄はタバコを取り出し、火をつけてから言った。
「まあ……そういうものだよ。人間の力が通用しない。勝てない。屈するしかない。それが神。僕たち人間は犠牲をなすりつけあって、そうして生き延びるしかない」
ふと、あることに気付いた。
「ってことは、美波ちゃんは無事だよな?」
「そうだね。まあ、あの子は絶対無事だろうと思った」
「なんで?」
「美波ちゃんは博美さんの実の娘じゃないんだ。托卵ってやつ。美波ちゃんのお母さんの霊視をしたんだよ。その時に打ち明けられた。美波ちゃん本人には言ってないけどね」
思わず言葉を失ってしまった。
「まあ、そんな感じでさ、本当の三綿の血筋はあまり残ってないんじゃない? 実際のところは知らないけど」
「うわぁ……」
報告をしてくれた迅をねぎらうと、また遼とケンカを始めた。
「おれも当主さまの家行く! おれも!」
「今回こそ譲らないからね!」
そんなアホらしいことでわめいている二人……二羽? を見ていると、少しだが緊張がほぐれてきた。俺は頭を二つ、ぐいっと掴んで言った。
「迅は今回めちゃくちゃ頑張ってくれたんだ。遼、譲れ」
「ですよね!」
「離せこの暴力弟!」
店を閉め、いつものスーパー、マルゴに向かった。今日はさすがに料理をする気がしない。惣菜を買い込んだ。
「カズくん、どうせそのエビフライ」
「尻尾は食べてね!」
家に帰り、ダイニングテーブルの上いっぱいに惣菜を広げ、兄と向かい合って食べる。こんな日常の幸せが戻ってきたが、あれだけの犠牲が出てしまった。そのことを飲み込むには、まだ俺には時間が必要だろう。
兄が言った。
「これでひと段落だね。三綿家の因縁ともしばらく関わらずに済む。ってことは……お金余ったなぁ」
「あっ、お金も無事だったんだね」
「どうしようかなぁ。別に買いたい物とかないしなぁ……」
俺はひらめいた。
「旅行は? どこか行かない? いい宿泊まって美味しい料理食べて!」
「いいねぇ! 温泉は? 温泉にしない?」
「あっ、でも俺、腕……」
「客室露天風呂があるところにしよう! そうしよう!」
夕食後、俺と兄はネットで温泉宿を探し、クリスマスになる前に決行することにした。




