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俺は兄と同じ部屋に寝かされていた。
手を伸ばし、兄の手首を掴む。脈はある。生きている。
俺も兄も、生きて戻ることができた。
「直美さぁん! 起きたぁ! 当主さま! 直美さんが起きたぁ!」
遼のやかましい声がなんだか懐かしい。帰ってこれたという実感がある。俺はどのくらい、眠っていたのだろうか……?
「直美さん。お加減はいかがですか」
七宮さんが俺の顔を覗き込んできた。のっそりと起き上がろうとするが、身体の節々が悲鳴をあげた。
「うっ……」
「ご無理なさらないでください。そのままで構いませんから」
寝転んだまま、俺は七宮さんに一部始終を話した。生贄にされかけ、兄に降霊した母が助けてくれたことを。
「そうですか。和美さんは……もう少し回復に時間がかかりそうですね」
「カズくん……」
俺は上半身を起こして兄の頬に触れた。熱はなさそうだ。いつものようにぽやんと寝ているだけに見える。
「俺ってここに帰ってからどのくらい寝てました?」
「半日くらいですね。今はお昼過ぎですよ。何か食べますか?」
「はい!」
兄を置いていくのは心配だったが、洋間に行ってカレーを頂いた。七宮さん手作りらしい。俺は遠慮なく二杯おかわりした。
「あー! カレーだ! カレーだ!」
洋間に兄が顔を見せた。
「カズくん!」
俺は七宮さんの目も気にせず兄に抱きついた。
「カズくん、カズくんっ!」
「苦しい苦しい苦しい!」
力を入れすぎたらしい。
「僕もおなかすいたぁ! 七宮さん!
食べたい!」
「はい。すぐに持ってきますね」
兄は物凄い勢いでカレーをかきこんだ。いつもそんなに急いで食べないのに。
「あー、食べてる、って生きてるって感じするぅ!」
二人とも腹が膨れたところで、七宮さんも交えて事情を聞いた。
「カズくん。俺が連れ出されてから、何があったの?」
「色々あった。ドラマ一話分くらい色々あった」
兄はあの後、俺のことは諦めたフリをして、美乃谷の人々に無料で霊視をしてやると持ちかけたらしい。兄のもとには沢山の依頼者が詰めかけた。兄の力は立証済み。それはそれは感謝されたらしい。
そうやって隙を作り、美波ちゃんにも協力してもらって、夜明け前に三綿家を抜け出した。洞窟の見張りの男は兄が気絶させたという。
それから、母のミサンガを使い、母を降霊させた。
「母さんってさぁ、あの洞窟を遊び場にしてたらしくて……道順覚えてたんだよね」
「母さんがお転婆で助かったね……」
兄の最後の手段。母のミサンガ。兄は何度も母と霊視で相談し、計画を練り、今年の生贄が使えなくなった場合に備えていたのだという。
「なんで俺にはミサンガのこと隠してたのさ?」
「敵を欺くにはまず味方から、って言うでしょ。これが本当に僕の最後の隠し事。って言っても、信用してくれないかな?」
「……する。信用する」
俺は自分の袖をめくり、兄と七宮さんに見せた。まだうろこのままだ。
「これ、どうにかなりますかね?」
「ぎゃっ! ナオくんなにそれ!」
七宮さんが俺のうろこに触れた。
「これは……私の力でもどうしようもないですね。直美さん、神に近付きすぎましたね?」
「ははっ……その……壺に触っちゃって……」
「もー! ナオくん!」
それから俺は、二度と不用意な行動に出ないよう、兄にくどくどと叱られた。
「うう……綺麗だったナオくんの腕が……」
「服で隠れるからいいって。夏場はアームカバーでもつけとくよ」
自分の身体が変わってしまったことに、さほどショックはなかった。生きて帰れただけで十分だったからだ。兄にも傷痕がある。それと同じようなものだ。
兄はうじうじしていたが、俺は七宮さんに問いかけた。
「それで……美乃谷地区はあの後どうなりましたかね?」
「迅に偵察に行かせています。何日かかかると思いますが、またご報告できるかと」
丸二晩風呂に入っていない。シャワーを浴びさせてもらってから、電車で湊中央駅まで帰ってきた。スマホを置きっぱなしなので、まずは喫茶「くらく」に。扉にかけていたリースが出迎えてくれた。
「カズくん、帰ってきたね。俺たちの店に」
「うん。営業……どうしようか? もう一日くらい休む?」
「いや、開けよう。俺さ、ここで働くの好きなんだ」
二人ともコーヒーが飲みたくなっていた。家に帰る前に、店内で一服することにした。兄と向かい合い、ゆっくりとカップを傾けた。
「カズくん、母さんとはまた話できる?」
「できるけど、ほどほどにね。母さんもこれを機に子離れしたいって言ってるから」
「ははっ、そっか。もう俺たちアラサーだった」
ヘビ娘のアプリを立ち上げると、メンテナンスは終わっていて、お詫びのアイテムが配布されていた。思い入れはあるゲームだったが、もうこれ以上蛇とは関わりたくない。俺はヘビ娘をアンインストールした。




