表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/50

47

 夢を見た。

 まだ俺も兄も幼い頃の夢だ。

 母が死んで、父は仕事で、兄弟二人きり。兄は絵本を読み聞かせてくれたが、俺は退屈してしまって、兄をくすぐって笑わせて絵本どころではなくなる。そういう日々を送っていたあの頃。

 夢の中では、母と暮らしたマンションにいて、兄と同じ布団にもぐっていた。兄は絵本を片付け、電気を消した。

 兄と手を繋ぎ、天井を見上げた。豆電球だけがぽおっと灯っていて、辺りはとても静かで。まるで世界には俺と兄しかいないような感覚。


「ナオくんは、大人になったら何になりたい?」

「えー、わかんない」

「僕もまだ決めてない。でも、ナオくんと一緒がいいなぁ!」


 俺は夢だと気付いていた。そしてこれは、実際にあった記憶か、どうなのか。本当に兄がそう言っていたのだとしたら、兄だって俺と過ごしたいと昔から思ってくれていたということだ。

 その夢は叶った。喫茶「くらく」は俺たち兄弟で作り上げた居場所だ。俺には帰るべき場所がある。三綿家だのカミサマだのに縛られたりなんかしない。


「カズくん……!」


 俺は身を起こした。まだ辺りは暗い。スマホも時計もないし、星で時刻をはかるという芸当もできないから、何時なのかはわからない。

 壺の様子に変わったところはなかった。俺に渡された食料は一日分。ということは、明日が生贄にされる日なのだろうか。残っていたおにぎりを食べた。兄は、兄は必ず来てくれる。

 予感めいたものがあった。

 俺は立ち上がり、耳を澄ませた。一つの道の奥から、足音が聞こえてくる!


「ナオちゃん!」


 髪を振り乱し、走ってきた兄。俺はすぐさま駆け寄った。兄は俺の手首をしっかりと掴み、駆け出した。


「立ち止まらないで着いてきて!」


 兄は無数の道を全く迷うことなく選び取り、ずんずん進んでいく。次第に俺の息は切れ切れ、顔はすっかり熱くなってきて、鉄の味までしはじめたが、俺はがむしゃらに足を動かした。

 そして、違和感だ。俺のことを「ナオくん」と呼ぶのは世界で兄一人。そして、「ナオちゃん」と呼ぶのは。


「母さん……?」


 間違いない。母だ。今の兄には母の霊が降りている。そうとしか思えない。だが、確認している場合ではない。兄は俺の方を振り返らず、ひたすらに駆けていく。そしてついに、洞窟を抜けた。


「うわっ……?」


 洞窟を出てすぐのところに、男が一人倒れているのが見えた。傍らには金属バットが落ちていた。兄なのか、兄を介した母なのかはわからないが、きっとどちらかがやったに違いない。


「美乃谷を出る。トンネルさえ抜ければ遼くんが待ってる!」


 手を引かれたまま、あぜ道を走る。山の向こうが段々白くなっていた。夜明けだ。ついに体力が切れ、走るのは無理になってしまった。よろよろ、と早歩きで兄の姿に食らいつく。


「ナオちゃん、しっかり!」


 声は兄だが、言い方は母だ。俺が幼児の頃、歩くのを渋って道にしゃがんでいたらかけられた言葉そのもの。


 ――最後の手段って、これだったのか。


 兄は何らかの形で母の遺品を残していたのだ。兄がやけに美乃谷や三綿家のことに詳しいのもこれで納得できた。


「いたぞ! あそこだ!」

「追え! 早く追え!」


 男たちの声がした。まだ声は遠くだ。まだ逃げ切れる! ここで捕まってたまるか!

 もう一度走り出し、アスファルトで舗装された道を行くと、トンネルが見えてきた。ここを車で通った時は一瞬で通り過ぎた。しかし、走ってみるとなかなか出口にたどり着けない。こんなに長かっただろうか。足がもつれそうになりながら、とにかく駆ける、駆ける!


「逃がすか!」


 男たちがトンネルに入ってきて、何人もの足音が内部に響いた。ようやく、出口が目の前に迫った。くわぁ、くわぁ、と鳴きながら羽ばたく鴉の姿。


「遼!」


 トンネルを出た瞬間、遼が俺の肩に止まり、視界が白くなった。

 しばらくして、見えてきたのは七宮さんの家。助かったのだ。


「カズく……母さん?」


 呼びかけると、ぎゅうっと抱きしめられた。


「よかったぁ……ナオちゃん、よかったぁ……」

「うん……やっぱり、母さんでしょ。もう、何で隠してたのさ。身に着ける物、置いてあったんだね」


 母は自分の袖をめくった。手首にはピンクと白の模様が入った紐のような物が巻かれていた。


「多分覚えてないと思うけど、カズちゃんとナオちゃんが作ってくれたミサンガ。これだけは残ってた」

「カズくん、やっぱり抜け目ないなぁ」

「ナオちゃん。これ以上はカズちゃんの身体が持たないから。ママはいくね」

「うん……」


 母はミサンガを外した。ぐらり、と兄の身体は倒れ、地面に叩きつけられる寸前で俺が抱きとめた。


「カズくん……」

「和美さん! 直美さん!」


 七宮さんの声が聞こえてきた。すっかり安心しきった俺も、意識を手放した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ