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 兄は鈴になった房子さんと対話をしたそうだ。房子さんは、兄にまず長々と謝罪をした。それから、秋内海岸に来た経緯を説明した。


「離婚した旦那さんとまだ仲が良かった時。友樹くんが生まれる前。ここに二人で釣りをしに来たみたい。思い出の地なんだって」


 房子さんは、手塩にかけて育てたはずの息子が、傷害事件を起こしたことにひどくショックを受けていた。自分の接し方が悪かったのだろうか。幼くして父親と引き離してしまったことが原因だったのか。眠れぬ日々の中、心は摩耗し、たどり着いた結論が「誰にも迷惑をかけずに死にたい」ということだった。

 房子さんは、二葉に秋内海岸のことは一度も言ったことがなかった。なので、ここで死体が見つかったとしても、すぐに身元がわからないのでは、と考えたらしい。それで、身分証を持たず、息子に貰ったブローチも置いて、去年の十月、この海に身を投げた。


「友樹くんが出所する前にやってしまいたかったんだって。友樹くんへの伝言は、色々と受け取った」


 兄は房子さんの鈴を海の神に返した。俺にはまだ聞きたいことがあった。


「房子さんを鈴から人間に戻すことはできないのか?」


 海の神は、鈴をころり、ころりと手の平の上で転がしながら言った。


「貴様らにもわかるように言うと、鈴に変えたのは人間の魂だ。肉体は魚たちが食いつくしただろうよ。骨くらいなら潜れば見つかるかもしれんがな」


 兄が言った。


「まあ、生きて連れ帰ることは最初から諦めてましたから。一年も経ってますしね。それにしても、元人間の神ですか、聞こえてました。いやぁ、よかったよかった、お話しやすい方で」

「言っただろう。人間と話すのが好きだからな。どれ、兄の方が口は上手そうだ。もっと何か話してみろ」


 んんっ、と兄はうなった後、この場にはいささか不釣り合いな話を始めた。


「僕、仮装でフリフリメイド服を着ることになりまして」

「……フリフリメイド?」

「女装です女装。レースのついたエプロンと黒いワンピースを着て」

「……ふむ」

「ついでにネコミミも」


 他にもっとなかったのかな、と俺は呆れながら聞いていた。海の神がどのくらい前に人間から神になったのかは知らないが、少なくともメイドという言葉は通じていない。


「っていうかハロウィンってご存じですか?」

「わからん」

「その説明からですね! お盆みたいなもんなんですけど、今や日本ではコスプレイベントと化してまして」

「コスプレ?」

「カズくん他の話題にしない?」

「いや、もっと聞かせろ。コスプレとは何だ」


 海の神は身を乗り出し、目をらんらんと輝かせている。兄はペラペラとハロウィンがどういうイベントなのかを喋り始めた。ずっと岩場に座っているので尻が痛いのだが、俺は我慢強く二人のやりとりを見守った。


「ほほう……今の日本はそうなっているのか」

「もはやハロウィンの起源なんてどうでもいいんですよ、わいわい騒げたら」

「楽しそうだな。やはり神を押し付けるか……」

「それは困ります困ります。僕、神するの嫌です。伝言も頼まれてますし」


 ふっ、と海の神が息を漏らした。


「まあいい。用事は済んだだろう。兄は帰っていいぞ」


 海の神は、確かに「兄は」と言った。聞き返そうか、と口を開きかけた時、ドドドド、と轟音が洞窟に響いた。音のした方を振り返ると、俺の身の丈をこえる高さの海水が流れ込んできていた。


「なっ……!」


 俺は、一瞬で飲み込まれた。


 ――息が……できない……!


 何かに引っ張られるように、深く深く沈んでいく。口にも鼻にも海水が入り、激痛が支配する。薄れゆく意識の中、案じていたのは兄のことだった。


 ――せめて、せめてカズくんだけは無事で!


 頭の中で乾いた笑い声が響いた。


「あはっ、あはっ、あはっ、最後まで兄の心配か。いい音色になりそうだ!」


 ――そうか。俺は鈴にされるのか。


 俺は全てを諦めた。神を完全に信じたわけではないが、きっと兄だけは帰してくれたはず。俺が犠牲になることで兄を守れたのだ。

 りぃん……りぃん……りぃん……。

 鈴の音に包まれながら、俺の意識はふっと途絶えた。

 しかし、それで終わりではなかった。

 目を開けると、白い砂浜が広がっていた。その向こうに透き通った青い海。浮き輪が一つ浮かんでいた。そして、俺は誰かの腕に抱かれていた。


「ナオちゃん、起きたの?」

「……ママ?」


 俺は振り返った。くりくりとした大きな瞳。スッキリとしたショートヘアー。蜜のようないい香り。

 母だった。


「何か飲む?」

「えっと……」


 俺は自分の手足を見つめた。小さく頼りない。子供だ。


「ナオちゃんの好きなオレンジ持ってきたよ。ほらっ!」


 母はよく冷えたペットボトルを俺の頬にあててきた。


「ママ、冷たいよー!」

「半分凍らしといた! 飲み頃だよー!」


 俺はとうとう、死んでしまったみたいだ。


 


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