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 お盆になった。喫茶「くらく」は休業。俺と兄の盆休みというわけである。まずは父と合流した。


「父さん……白髪増えたね」


 俺はつい見たままのことを言ってしまった。父の髪の量は減っていなかったが、半分以上が白くなっていた。俺と兄は父にそっくりであり、老いるとこういう顔になるんだろうな、というのが想像できる。


「年だからな。染める気はねぇよ。さっ、二人とも早く乗れ」


 父の車に乗り、母の墓参りに行った。母は父が新しく作った九楽家の墓に入った。他に訪れる者はおらず、一年ぶりに見た墓石はそこそこ汚れており、三人で丁寧に掃除をした。

 終わってから、ファミレスで簡単な昼食。父は魚の定食を頼んだのだが、米をほとんど残していたので驚いてしまった。俺は尋ねた。


「父さん、もう食べないの? 最近食細いの?」

「もうすぐ還暦だからな。めっきり腹に入らなくなった。直美、食うか?」

「食う!」


 ガツガツと米をかきこむ俺を見ながら、父は言った。


「直美は相変わらずだな……。母さんが死んで二十年か。お前らの育児は大変だったぞ」


 既に自分の食事を食べ終え、ドリンクバーで野菜ジュースを取ってきていた兄が言った。


「僕はともかく、ナオくんよく食べたもんねぇ。炊いた米が一瞬でなくなってたっけ。僕が買ったお菓子まで食べちゃってたし」

「成長期だったから仕方ないじゃん。今はカズくんの買った物には手ぇつけてないよ?」

「まあ、兄弟仲良く暮らしてくれてるなら何よりだよ」


 それから、父が今は一人で住んでいる実家に行った。


「お前らに言おうと思ってたんだが。ここにある物、キッチリ整理してくれないか? 父さん、単身用のマンションに住み替えようと思うんだよ」


 俺も兄も、学生時代からの物を置きっぱなしだ。特に兄。部屋を覗いてみたが、本でぎっしりである。子供時代の物から、大学で使った書籍まであるようだった。兄は半笑いで言った。


「まあ、そのうちするよ、そのうち」

「和美のそのうち、は信用できん。自営業なんだし都合つけられるだろう。直美と一緒に整理しに来い」

「はぁい」


 それから、リビングでゼリーを食べた。母の供え物で用意した物だ。ここには他人の目がない。俺は思い切って父に聞いた。


「母さんの実家。三綿家のこと教えて。蛇に関係があるんでしょう?」


 父は俺と兄の顔を見比べた。


「和美、その話したのか」

「ちょっとだけね。まあ色々あって」

「まあ、父さんも多くを知っているわけじゃないんだが……」


 三綿家は、美乃谷地区という田舎にあるらしい。ただ、父は一度も行ったことがなく、母も戻るつもりが毛頭なかったそうだ。

 そして、父と母が結婚するにあたって、三綿家が出してきた条件が、生まれた子供に「み」の音が入る名前をつけるということ。


「母さんと結婚したかったからな……その条件は飲んだよ。名付けは苦労した。それで女っぽいのになっちまった」

「ふぅん……で、なんで蛇なの?」

「知らん。母さんも聞いてほしくなさそうだったからな」


 謎は深まる一方だ。これ以上父に聞いても仕方がないだろう。今度は父の番だった。


「で、和美。お前、金を何に使ってるんだ」


 よくぞ聞いてくれた、と俺は膝の上で拳を握った。


「ああ、うん、貯めてるんだよ。夢があって」

「何だ。教えろ」

「えへへー。宇宙旅行!」


 リビングが一気に静まり返った。父はポカンと口を開けて固まってしまっている。兄は悪びれない様子で言った。


「ほらー。民間人も宇宙に行けるようになったじゃない? 身体が動くうちに行きたいんだよ。オービタル旅行とサブオービタル旅行っていうのがあって、さすがにオービタルは高いからサブオービタルに」

「カズくん……もういいよ……これ以上余計な単語覚えたくない……」


 へなへなと力が抜けてしまった。嘘をついたり演技したり、時には死者の意思と反することをして、それで稼いだ金の使い道がそんなものだとは予想もしていなかった。兄は調子よく続けた。


「一人じゃ寂しいからナオくんも行こう! あっ、父さんどうする? 三人分稼ぐとなると大変だけど」


 父は大きなため息をついて言った。


「もういい……勝手にしろ。くれぐれも九楽の名前に傷をつけるなよ」


 それからは、少しでも部屋の整理を進めろと父に言われ、明らかにゴミであるものを処分することにした。俺は背が伸びて着られなくなった服を放置していたため、それらはリサイクル屋に持っていくことにした。


「カズくーん、そっちどう?」

「考えたんだけどさぁ。本を売ったり捨てたりしたくないんだよねぇ。レンタル倉庫でも借りようかなって考えてた」

「あっ……それなら俺の物も入れさせてもらおうかな」


 その晩は実家に泊まった。父が引っ越せば、この家もなくなるんだな、としんみりしながら眠った。 


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