(一)再会
魔狩協会支部に到着したソウは、黒影とともに庁堂の受付でドッグタグを通した。
ユウメの協会支部は、ほかの建物と同じように基礎から屋根面へ至る通柱を用いた木造建築だ。玄関口ともいえるこの場所は、いってしまえば大広間のようになっていて視界に自由が利く。入口すぐに設けられた仕切りのない外部共有空間では、織国の警備隊と魔狩が複数で立ったまま打ち合わせをしていた。その反対側にある廊下から姿を見せた事務員は、資料を片手にそのまま急ぎ足で二階の階段を上っていった。明日から祭りがはじまるからか、庁堂内はせわしなく人の行き来がある。
支部長室に呼ばれるまでのあいだ、ソウは人の往来をそれとなく観察しながら案内板をながめたり、各情報誌を流し見していた。ある雑誌の記事にはバリアブルに新たな魔導機構が発見されたという話が大きく特集されていて、今後、霧晴に向けての調査準備がおこなわれることなどが記されている。
ふと、黒影はどうしているだろうと視線をすべらせる。彼女はだいたい、柱の影や、ひとけのないところにいる。しかし、その姿は意外にも、中央の魔鉱検索機の前にあった。
(めずらしい)
ソウは近くの柱へ身を寄せた。長いまつげを下げた黒影の視線は、検索機のパネルにそそがれている。彼女は慣れた手つきで細い指先をすべらせながら、めぼしい情報をさがしているようだった。ふしぎと彼女の周りだけが他のせわしなさから隔絶されているように思えた。ソウはそれを眺めた。――彼女はここでも、やはり異質だった。
視線をわずらわしく思ったのか、ひとときだけこちらに鋭い黒色が向けられる。ソウはそれに笑みを返しながら手をひらひらと振った。黒影は眉間のシワをいよいよ深くして、またパネルへと興味を戻す。きっと、いま舌打ちをしたのだろう。ソウはついおかしくなって失笑した。そのときだった。
「よ! 色男」
懐かしい声とともに周囲の喧騒がすべてもどってくる。堂内を満たす反響のなにもかもが、ソウを社会のなかに引き戻した。
「トビ」
ソウは目をまるくして、自然と手を差しだした。おたがいに手を交わし、次いで軽く抱き合う。これは、憂国ではどこでも同じように見られる光景で、身体に染みついた習慣でもあった。これくらいの短時間であれば、他人との接触が苦手でも、顔色ひとつ変えずに対応できる。
「どうしたの。こんなところで」
「どうしたもこうしたも、マブダチが生きてるって連絡が入ったから、実費ですっとんできたに決まってんだろォ」
「じゃあ仕事は?」
「有休だよ有休」
トビは、〈有休〉の部分を強調しながら言った。
「ったく、半年以上ぶりだってのに、変わんないねぇこの王子様め」
「それはおたがいさまでしょ」
ソウは笑ってみせた。
「なぁ、お前しばらくこの街にいるんだろ?」
「そうなると思う」
「なら明後日、飲みに行こうぜ。店は押さえておくからよ」
「俺お酒飲めないけど、それでもいい?」
小首をかしげると、トビは「バカ言え」と歯を見せ、人のいい笑みをうかべた。
「酒ひとつでマブダチを嫌うわけねぇだろうがよ」
「ありがとう」ソウはひかえめに笑った。
ちょうどそのとき、自分の名前が呼ばれた。
「ごめん。これから上に報告しなきゃならないんだ。またあとで」
「なぁ、お前」
「なに?」ソウは足を止めた。
「あのランクSといるんだろ。よかったらそいつもどうだ?」
おもむろに先ほどまで彼女がいた場所を見みやる。そこにはもう黒影の姿はなかった。さきに支部長室へ向かったのだろう。視線を戻して、苦笑してみせる。
「ありがたいけど、たぶん来ないよ。そういうの、苦手みたいだから」
「了解。あとでたっぷり話聞かせろよ。王子様」
「はいはい。じゃあ明日ね」
ソウは同僚との再会を喜びながら、かるく手を振って別れた。
黒影とともに支部長室で必要な報告をすませると、支部長から〈魔導遺跡バリアブル〉について、あらためて情報提供をしてくれないかと打診があった。必要な報告はすでに流国で済ませていたはずだ。理由を訊ねると、十年後の霧晴に向けた再調査計画が立ちあがっているらしく、この計画は今後、国際連盟や冒険者組合と連携しておこなうことになりそうだという。これはつまり、この再調査計画のなかにソウと黒影を調査隊の人員として組みこむことを想定しているのだろう。
黒影はやはり「断る」と一蹴し、それ以上いっさいの要求を拒むように口を曲げてしまった。――だろうと思った。
ソウは内心で黒影を了知しながらも、支部長にたいして苦笑をうかべて見せた。支部長もまた、ソウと同じように眉じりを下げると、ランクSは忙しいだろうからと理解を示しながら、無理強いをするつもりはないことを明かした。黒影はそれにも応えなかった。
支部長はそのことに肩をすくめるとその視線をこちらへ向け、返事はゆっくり考えてからでかまわないと言う。その後、ランク昇格の話題を混ぜながら、その他の補填についても充実していることを話し、可能なら参加するようにと言い含めた。
(つまり、黒影の参加は最初から考えてなかったってことか)
正直なところ、ソウはこのことについてあまり乗り気でなかった。生活できるだけのお金はいまのランクがあればじゅうぶんで、ライのこともあってこれ以上出張が増えることも好ましくない。だからと言って黒影のようにすぐ突っぱねるというのも具合が悪い。ソウは支部長の言葉を借りて返事を保留に。一度じっくり考えるという体裁を取ることにした。
夕方。ソウと黒影はナギと落ち合い宿へ向かった。
人がどっと増えるいま時期にどうやって宿を取ってきたのかとたずねると、ナギは得意げに「知られざるいい宿は意外とあるものですよ」と胸を張る。宿はこの格子状のつくりからやや外れた北西にあると言い、ナギは意気揚々と歩きはじめた。
「中心部から離れている宿は、空いていることが多くて宿代も手ごろなのですよ」
おおらかな背中についていく。つづく道は階段が多く、道はずいぶんと細かった。迷うことなく進むナギの背中は頼もしくもあったが、そこにはアークの気配が忍んでいるようにも感じられた。伸びた影に目を凝らす。亜麻色の髪がゆれる、上機嫌にこの街にまつわるさまざまなものごとを話す背中からはそれ以上、なにかを見つけることはできなかった。
夕暮れも夜にとけきってしまった頃に、三人は宿へ着いた。閑静な街はずれ。結愛屋と書かれた看板に、紙貼りの下げ灯りをまとわせた木造の宿は、ユウメの中心街を見守るようにしっとりと佇んでいた。年季が入ってくたびれてはいるものの、立派な門戸をかまえている。
宿の中へ入ると、さっそく三人を出迎えたのは段を高くした大きな絵だった。内装は小綺麗にしてあるが、設えられた調度品からもこの建物がこの地で過ごしてきた時間の長さをうかがえる。すぐ女将に案内されじっくり見ることは叶わなかったが、ユウメの街にある伝説をあらわしたものだろう。――ライなら喜んだだろうか。きしむ廊下を歩きながら、その時間を楽しませてくれる繊細な花の絵を横目にソウは考えた。いつか、ライを連れて旅行にいくのもいいかもしれない。女将と話をはずませるナギを眺めながらも、脳裏にはライの姿ばかりが目に浮かんだ。
これから一週間泊まる場所は、宿の二階にある二間の部屋だった。入口で履物を脱ぐようになっていて、個別のシャワールームはない。女将は男女別の浴場と露天風呂があることと、その利用時間を説明した。お手洗いは各階ごとにあるそうだ。客室の奥へ入ると、つづく二間を隔てるものは木組みの枠に紙を張った間仕切り――襖というらしい――であり、その表面をやわらかな色彩がなでていた。床材は草を緻密に編んだもので、息を吸うと独特の青い匂いとヒノキの匂いがさらりと肺をなでる。
お食事と湯浴みどちらになさいますかと女将からたずねられ、食事の話が出たついでと、ソウは明後日の晩ご飯はいらないことを伝え、ナギには同僚と食べてくることを話した。女将が部屋をあとにしたところで、ナギが意味深に「一晩いなくても、さがしたりしませんよ」などと、にやにや笑う。相手がただの同僚の男であることを伝えると、ナギはとたんにつまらなさそうな顔をして足をぶらぶらと投げ出すように歩きながら奥へ入っていった。
宿の食事はどれも、とても美味しかった。とくに昨晩の懐石料理は格別だった。薄切りの魚肉をたっぷりのダシ汁にくぐらせ、ユウメ野菜とともにいただく料理のほかに、漬物や旬の具材を使った和えもの、さら芋煮に串焼きと、どれも繊細につくられた小鉢がならんだ。最後にはダシ汁へ白米と溶き卵を注いだ雑炊を食べ、デザートの大福まで余すことなく堪能した。旅の疲れは敷布団にすっかり吸いこまれ、ソウは朝まで一度も起きることなく、朝まで熟睡した。




