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(四)密会

 ぬるい。ぬるい。

 生臭い鉄のにおいが散った。

 だが、そこに生きている実感が生まれようか。もっと鮮烈に生を見いだせなければ、世界は色()せたままだ。


 黒影は、夜に伏した獣の死体をすげなく一瞥(いちべつ)した。

「つまらんな」

 あまりにもわずらわしくて独り、こうして森へ出てきたものの、このあたりに魔種の気配はない。獣を斬ろうにも手ごたえはあまりなく、退屈しのぎにすらなりえない。

 水瑠(すいる)地方はやはり、〈白の境界線〉とちがって瘴素の薄いぶん、その点でいらだつことはなかったが、だからこそ異質なものにいちいち神経が逆立てられる。

「――いつまでそうしているつもりだ。斬り殺されたいのか」

 夜の暗がりを睨む。

 木々の影に息をひそめる気配は、黒影がなれ合いの場から離れてもずっとつきまとっていた。音を消すことについては慣れているようだったが、どうやら魔素のあつかい方はあまり熟達していないらしい。――つまらない遊びにつきあってやるほど酔狂でもない。

 黒影が殺気をにじませたとき、ようやく()()は姿を現した。

「お気づきでしたか」

 素顔の見えないソレはたしか、ナギの旧知という話だったか。名前は――いちいち覚えていない。黒影はいらだちをまぎらわせるように、刀身の棟を肩にくりかえし落としながら、うろんげにソレを見やる。

「キサマ、人族(ヒト)ではないな」

 呼吸がわずかに乱れた。動揺。次いで逡巡。ソレはかたい声で言う。

「……魔族では、ありません」

 両手をあげて、ソレは続ける。

「もちろん、貴女の敵になるつもりも誓ってありません」

「ワタシが敵と思えば、キサマは敵だ。そこにキサマのバカげた誓いなど入る余地もない。――失せろ。キサマの気配はいちいち(しゃく)にさわる」

 黒影が吐き捨てると、ソレはかたい微笑をたずさえたまま「失礼」とあやまった。

「僕は本当に、貴女を怒らせるつもりはありませんでした。ただ貴女のお話を伺いたくて。僕はいま、こまっています。多少あるだけの医術の心得では、救えないものごとに直面していて――。ですから、ご無礼は承知ですが、どうか貴女のことを、僕に教えていただけませんか?」

「キサマになにを話すことがある」

「貴女のその肌は――」

「瘴気症の後遺症だ。白亜化ではない」

「やはり、そう、でしたか」

 青年はほんのわずかに肩を下げた。望む回答が得られなかったのだろう。

「白亜化か」

「!」

 外套の影でこぶしをきゅっと握ったのが見えた。緊張と、わずかな期待。落胆することのほうが可能性としてずっと高いとわかっていながら、なぜ期待するのか。一縷(いちる)の望みを見いだすのか。青年はたいそうめでたい頭をしているように思えてならなかった。

「少なくとも、ワタシが知っているものごとは、一般的なソレとさほど変わらん。白亜化すれば、切除するほか救われないこと。それでも出血が多ければとうぜん死ぬこと。完全に白くなってしまえば、その多くが息絶えること。そして――、」

 黒影はそこで一度言葉を切った。

「用件はそれだけか。ならもうワタシの周りをうろつくな。気が散る」

 大太刀を一振りして鞘におさめる。ソレは「すみません」と謝ったが、もはやどうでもいいことだった。

「ナギにでも訊けばよかろう」

 息をつめたらしかった。胸元で握っていたこぶしを、さらにきゅう、と小さくして声をふるわせる。

「ナギさんは……いえ、お師匠さまは……」

 言いなおして、しかし、それっきり。ソレはすっかり口を閉ざしてしまった。

 とくべつ強くもない、気配がわずらわしいだけの存在にさほど興味が湧くことはなく。

「知識の面でいうならヤツのほうが詳しい。見当ちがいはほどほどにしろ」

 黒影は大太刀をはらうと、その場をあとにした。



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