(三)赤眼の少年
立ち話もなんだし、と切りだして、ソウは休憩がてらにひととおりの事情をかいつまんで話した。態度はそれぞれだった。
赤髪の少年――ウォーブラは、あまり興味がなさそうなようすで、しかし無下にするつもりもないようにうなずいた。いっぽうで、イオは痛ましそうにあいづちをうち、同情の声をくれた。アサヒはお茶を運んでくれたが、先ほどの一件を終えてからは、ナギに声をかけることはおろか、意図的に距離を取っているようなようすだった。態度を見るに、なにもない、ということはまずありえないように思えたが……。ナギは終始、いつもと変わらない調子でおしゃべりに興じていた。
会話の中で得られた情報は、ソウにとって有益だった。まず、彼らは魔狩にたいしてそれほどの反感を持っていないこと。イオは元魔狩であるていど事情に詳しく、また、他人に対してかなり同情的だったことだ。
その後、ソウは彼らが護衛している〈太陽一座〉の座長と道すがら話をすることにした。迷惑をかけてしまったことを謝ると、座長は笑いながらゆるし、大変だったな、と背中を叩いてくれた。踊り子たちはときおり顔をのぞかせては、すぐにまた女同士でかしましく会話に華を咲かせていた。
一座の馬車に連れだって山道を進んでいると、おもむろに日が翳った。見れば、飛行型の魔種が、上空で渦を巻いている。ソウは座長へ馬車を止めるよううながした。後方からイオの声が聞こえ、警告とともに一座の身の安全を指示する。彼女はこういった指示に手慣れているのだろう。的確ではやい。元魔狩というのもうなずける話だ。
「おや、あれはレンジャーホークの魔種ですねぇ。季節柄群れでの移動でしょうか。となれば――、」
朗笑するナギ。それを狙って滑空する白いなにかが視界をかすめる。
ソウは視線でそれを追った。曲刀を抜く、刹那。
鮮烈な、赤。
流麗な軌跡を描いて、少年の白刃が魔種を裂いた。繁吹く血よりもなお赤く鮮やかな色が、一種の完成された芸術のように刹那を支配する。赤髪の少年……ウォーブラは、立ちあがる。なびいた前髪のすきまから、赤い赤い隻眼がのぞく。口端が片方だけ、ぐあ、と大きく開いてつりあがる。
(――……ああ、そうか)
ソウはその瞬間、理解した。なぜ、黒影がウォーブラへ大太刀を振りおろしたのか。……考えてみれば簡単なことだった。まのあたりにして、理解した。
彼は、戦いを楽しめる側の人間だ。
ソウはふりかえることをやめた。ウォーブラがナギを退避させたからだ。さらにその向こう――後方では、イオと竜人族のリヴィが、滑空してくるレンジャーホークを次々と迎撃している。彼らの役割は明確だった。四人のなかでもっとも自由が利くウォーブラを主軸にした戦い方で、竜人族のリヴィはそれに合わせて息をするかのように、冷静に敵を斬っている。戦場の判断・指揮をイオが下し、採集家アサヒはおちついたようすで、場を見ながら護衛対象を誘導・退避させていた。
(うらやましいくらいの連携)
ソウは黒影を見やった。彼女は後方の荷馬車のうえで、この状況をつまらなさそうに座視しているだけだった。どうにも、これらを相手にする気はないらしい。黒影らしいが、こちらとしては手数がほしいというのが正直なところだった。もっとも、彼女を説得するほうがもっと労力のいる作業になりそうだが。ソウは内心、ため息をついた。
上空で渦を巻くように飛ぶ群れのうち、ほろ、ほろりと、何匹かが森へ落下している。そのうちに、森の中から猛烈な勢いでレンジャーホークがとびだしてくる。つまり、上空にいるのは陽動で、地面すれすれを滑空してくる個体が本命というわけだ。
淡々とレンジャーホークを殺していく時間。
ふわり。舞うように現れたかろやかな気配は、赤。
「よぉ、魔狩さん。相方はどうした」
迫ってきた白を流麗に裂いて、ウォーブラは獰猛に笑った。
「助かるよ!」
ソウは笑みをかえした。
「黒影はそこでふてくされてる……っよ!」
ソウはウォーブラと背中を合わせるように立つ。
「仲間じゃねぇのかよ?」
「俺は仲間だと思ってるし、手のかかる妹みたいだとも思ってるんだけどね」
瞬間。ゴン、とにぶい音が響いた。黒影がかたい靴底で、魔種を踏みつけた音だった。馬車の天板で立ちあがった黒影は、
「誰が妹みたいだ。気色の悪い男だな。殺すぞ?」
といいながら、さらにぐりぐりと執拗に魔種をいじめ、殺意をにじませた。ギィ、と汚い声をあげる魔種にいらだったのか、さらに踏みつける。
「ごめん黒影、訂正するよ。性分なんだ。危なっかしくて放っておけないだけだから、殺気ださないで手伝って! お願い!」
「断る」
黒影はかたいつま先で魔種を蹴り落し「雑魚が」と舌打ちをした。
(機嫌悪いなぁ)
ソウは曲刀を逆手に持ちかえて、死角から迫ってきた気配をそっけなく貫いた。同時に、ウォーブラは後ろ手に薙刀をつきだし、斬りはらう。赤い隻眼と視線が交錯した刹那、ソウはかるく笑った。
「君、黒影が気に入るのがわかるよ。強いね」
「てめぇもな。優男にしちゃ、ずいぶん容赦ねぇもんだ」
「はは、そうかな」
ソウは笑い流した。
「けっこう必死だからかも」
「必死な男が、そんなふうに笑えるかよ」
また、赤がひるがえる。薙刀の柄を彩る流麗な紋様は、まさに彼の戦い方をあらわしているかのようだった。ソウはウォーブラの気配を追った。風だ。彼は風だった。どの動きも流れをもっていて、かろやかに美しい軌跡を描く。だが無駄はない。無骨でもない。――まるで、即興の演武だ。
ソウはこの流れに乗ったほうがいいだろう、と考えた。芸術的なものごとはともかくとして、役割をこなすだけなら、なんてことはない。目の前の危険を排除する最善を選択するだけだ。ソウが魔種を殺すたびに、ウォーブラが白を裂くたびに、赤が視界を染めた。けれども、彼の鮮烈な赤色は血よりもなお鮮やかに、ひるがえり、風を起こした。
「こまったなぁ。数が多くてどうしようもない」
「お前の雷は使えねぇのかよ」
「疲れるし、あとまきこみたくないんだよね」
ソウはこまったように言ってみせた。
「ああ、でも」
見上げる。
どのみち、上空の群れを排除しなければ、むだに労力を消費するだけだ。
「誰もいない、上空なら」
その、瞬間。ウォーブラは獰猛な笑みとともにソウを呼んだ。
「来い」
たった一声。彼はかけだし、ソウはうなずいた。続けざまに、ウォーブラはイオを呼ぶ。飛来するレンジャーホークを裂いて彼は叫んだ。
「打ち上げろ!」
ソウはその瞬間、イオが片足を大きく引いて、大鎌を低くかまえたことを理解した。簡単なことだった。いま自分がなすべきことは――、
「ソウ、行けるね!」
「ああ、任せて」
ソウはかるく跳んだ。ぐるりと旋回した大鎌が風を斬り――ソウを上空へ押しだす。それを足場に、さら上へ。この身は中空へ投げ出されたように、寄る辺がなくなる。旋回していた魔種は羽音を混乱させながらも、すぐにこちらを敵と認識して甲高く鳴いた。まもなく、鋭い爪とくちばしが陽光で次々と尖る。
りん、と鈴の音が響く。
ただ、考えていた。
なりゆきで魔種の迎撃に協力することになったが、はたして彼らは〈自分と護衛対象をおびやかした魔狩とその仲間〉を快く受け入れてくれるだろうか。同じ人間だと認識し、情をかけてくれるだろうか。
(……やっぱりもうひと押し、欲しいな)
だとすると。
ソウは片刃曲刀の柄を順手に持ち、うすく口をひらいた。
「魔導武具、起動」
白い羽がほほをかすめる。痛いな、と思ったが、それももはや他人事だった。
「――通り名は〈迅雷〉」
迎撃をかわす。身をひるがえす。
「魔狩、開始」
白が、閃く。
激しい光だ。黒影がなにを言っていたような気がするが、それは雷撃の轟音で聞こえなかった。
ややあって、宙を泳ぐように身体は落ちていく。焦げた匂いがする。黒くなった羽と肉もいっしょくたに、光の残滓が弾けた。
(念には念を入れておくか)
ソウは身をひるがえして着地した。
「……」
立ちあがって、ふりむく。かけよってきたイオを前に、笑みをかえした。
「助かったよ。イオさん、ありがとう」
夜をむかえて、ソウはナギ、黒影とともに夕食を作り、さらに、イオたちの談笑にまぜてもらうことにした。空腹も満たされ、ほどほどに場が和んだころ。ソウは、首都ユウメまでいっしょにどうか、と提案した。つまりこれは、護衛の手伝いだ。
このことについて、ソウはあらかじめ座長に話を通してきた。
あとは、この四人がうなずいてくれるかどうかだ。
「もちろん自分たちのご飯は自分でするよ。報酬はいらない……っていうか、協会から給料出てるし、もらったら規約違反で免許剥奪になっちゃうからね。ユウメまで一週間くらいだけど、どうかな?」
イオと竜人族のリヴィがうなずいて、彼女らはウォーブラに反応を求めた。ソウはリヴィの反応を意外に思ったが、さきほどの戦いで戦力とみなしてもらえたのだろうか。
ウォーブラの視線は、アサヒへ向いた。
「どうだ、アサヒ」
ウォーブラの問いに、アサヒはフードの下で
「皆さんにお任せします」
とかたい声で言うだけだった。
「大人数は楽しいですねぇ。あ、お茶のおかわりいただいても?」
ナギもまた、旧知というアサヒにたいして、とくべつ声をかけたり、思い出話に花を咲かせたりすることもない。
ウォーブラはそんな二人を見て、どうにもこまったような顔で息をついている。ややあって、彼は視線をこちらにもどす。戦いのときとはちがって、どこか気だるげで眠そうな……いってしまえば、やる気のないような表情だった。
「あんたらになにか利点はあんのかよ?」
「うん。そこ。じつは昼にヤマクジラを一匹とり逃がしちゃって、君たちがそれの対処してくれたんだよね。で、そこに追いかけた黒影が斬りかかっちゃって……本当にごめんね」
ソウは非礼を詫びた。
ウォーブラはあぐらをかき、頬杖をついたまま、
「かまわねぇよ。怪我もなかったしな」
と言う。察するに、ほんとうに頓着していないのだろう。ソウはあらためて謝り、感謝を述べた。
「で、その罪滅ぼしっていうのもなんだけど、謝罪とお礼を兼ねて俺と黒影が護衛の手助けをするよ。もちろん、魔種の素材はそっちで回収してもらってかまわない。それだけのことをしてしまったからね」
「待て、ソウ。ワタシがこいつらの護衛だと?」
「黒影。謝れないなら文句言わない。君を止められなかったのは俺の落ち度だ。けれど、君の行動の結果、彼らを危険にさらしたことも事実なんだ。ちゃんと彼らに頭を下げてからじゃないと、その抗議は認められない」
ソウはきっぱりといいきった。黒影は舌打ちをして口を曲げると、沸然と立ちあがった。
「黒影」
呼びとめると、彼女はこちらに視線をよこした。
「日付が超える前にもどる。それでいいな」
「うん。遠くまで行かないように。気をつけていってらっしゃい」
暗闇に消えていく背中を見送る。
その後もいくらか話をして、彼らは黒影が女性であることや、まだ年のころが十六だということに驚いたりしながらも、同行を歓迎してくれた。
ただ一人。アサヒだけは、ずっとすまし顔をしたままでいて、そのうちに「周辺を見回ってきます」とだけ言って、その場をあとにした。




