(二)冒険者
「すみませんでした。ツレがご迷惑おかけしました」
ソウは深々と頭を下げた。ちらと横目に見ると、ぐるぐる巻きに縛られた黒影は楽しみのじゃまをされたことに腹を立てているらしく、不機嫌な顔のままいっさい黙ってしまっている。
相対するのは四人組の冒険者と、彼らが護衛する旅芸人の一座だ。ソウは自分が魔狩であることや事情があって旅をしていることを簡単に話し、「ほら、黒影もあやまって」とうながしたが、黒影は案の定、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
「ちょっと待って。黒影って、まさかあの〈黒影〉かい⁉」
大きな声で反応したのは冒険者の一人で、額に傷のある褐色の女戦士だった。背丈はソウより少し低いくらいで、恵まれた上背があり、折りたたみ式の大鎌をじゅうぶんに振りまわせるだけの筋肉ははっきりとした陰影がある。
「なんだよ、イオ。知り合いか?」
赤髪の少年が、うろん気に問う。
「黒影っていったら、いまや魔狩で知らない人間なんかいないんだよ」
紅をさした唇が大きく開いたり閉じたりし、よく通る声がせわしなく響いた。
「ここ数年で急に話を聞くようになった、幻のランクS。姿、性別――なにもかも不明で、協会の命令があっても誰とも組まない孤高の魔狩〈黒影〉!」
仲間へ言い放ったイオの、獣の爪でつくられた生成り色の耳飾りが揺れる。彼女の視線がこちらへ向いた。
「ソウって言ったっけ。それ、魔導武具だろう? ……ってことはBランク以上じゃないか。何科だい? 担当地区は?」
イオは興奮したようすで詰め寄ってくる。ソウは物腰をやわらかく、ひかえめに答えた。
「憂国担当、普通科所属ランクB〈迅雷〉。……君は? 魔狩の事情に詳しいみたいだけど」
「あたしはイオ。ランクCの元魔狩。前線から退いて、いまは冒険者さ」
目じりに引かれた赤い色に細かな笑いシワが浮かぶ。イオは手をさしだした。手を握り返し、ソウもまた笑みをうかべる。
「どうりで」
元魔狩なら話がはやい。周りの反応を見るに、彼女は元魔狩であることを仲間に隠していない。これは不幸中の幸いとも言えた。冒険者の多くは魔狩のことを快く思っていない。だが、元魔狩が仲間にいるのであれば、その印象もまたちがってくるだろう。魔狩のもつ魔種への知識や対応力は頼りにされるはずだ。もちろん、礼節をわきまえ、魔狩であったことを笠に着るように不遜な態度をとっていなければ、の話ではあるが。
「魔導武具……」
そっと寄ってきた気配に、ソウは視線を下げた。木陰から発せられたような声は、目深にかぶったフードの奥からこぼれたものだ。
「それが、魔導時代に作られたというものですか?」
森に溶けこみそうな深緑の外套が、興味深そうに揺れる。口調はていねいでおちついているが、ずいぶん若そうだ。
「気になる?」
くすと微笑みを返すと、小柄な冒険者は伸ばしかけた手をハッと止め、フードの先をひとつ下げた。同時に、そのつま先がわずかに動いた。
「すみません。採集家をしておりまして、つい」
わずかに覗いたくちもとが繕うように弧を描く。整った微笑は定形。採集家は興味で忘れかけていた冷静さをとりもどし、一線を引いたように思えた。
「さっきの雷みてぇなのは、この武器か?」
赤髪の少年が乱雑に問う。少年のそのすぐ脇には竜人族の青年が立っているが、彼は片手を腰の直剣から離さず、またその切れ長の視線はこちらの話題に注がれていない。彼は、しばしば黒影を冷たく監視しているらしかった。竜人族の象徴とも言える翼はなく、耳の上からすらりと立ちあがる優美な二本の角と、硬い竜鱗に覆われた尾があるだけだ。
ふと目が合うと、竜人族の青年は冷淡に目を細めた。
(一枚岩、ではなさそうかな)
ソウはその警戒に気づかないふりをして笑みを返した。
「リヴィ、あんまり睨むなよ」
あきれたように少年が軽くいさめる。リヴィと呼ばれた竜人族はなにもいわず視線を外した。ソウは「無礼を働いたのはこっちだし、警戒するのもあたりまえだよ」と気にしていないことを伝えながら、彼らをさっと一瞥した。
元魔狩の女戦士と顔の見えない採集家に、翼のない竜人族……これだけでも異色の組み合わせに思えたが、いちばん目立つのは他でもなく、目の前にいる赤髪の少年だ。彼が担いでいるのは、背丈を超えるような長い柄の武器だ。少年と同じ色をした赤い模様が施され、天へ向けられた切っ先まで見ると、槍のようにも思えたが、その穂先は曲線を帯びている。たしか、薙刀と呼ばれる武器だっただろうか。
目を惹くのは、なにも武器だけにとどまらない。
成人しているかどうかも怪しいぐらいの背丈を包むのは、裾の短い上着と長い一枚布で作られた末広がりの腰巻。ゆったりとした下衣の裾はひざ下で終わり、生地の薄い靴はその身軽さを際立たせている。その身なりはどことなく空国の民族衣装を思わせたが、決定的にちがうのは、それが白色を基調とした装束であることだ。白色の服を着るのは一般的に、命へ関わる仕事に従事する者がほとんどだ。それでも、やはり忌み嫌われている色であるからか、好んで着る者は少ない。これについて少年なりの考えがあるのかは知らないが、ふつうでない……いや、〈ふつう〉でいようとしない姿勢でいることに、ソウはただならぬ関心を覚えた。
くわえて、少年は隻眼だった。右目を覆う包帯が、まだ幼さの残る顔立ちをことさら異様に仕立てている。視覚の一部が欠けている状態で黒影の猛攻をしのぎきった実力者。――とてもじゃないが、正面から戦いたくはない。
(できれば、穏便にすませたいけど)
ソウは魔導武具をさしだすように見せて、さきほどの質問に答えた。手の内を明かすように簡単な説明を加える。
イオが魔導武具について注釈を加えると、旅芸人の一座も興味深そうにうなずいた。〈太陽一座〉と派手に装飾された馬車を抱える彼らは、座長とその奥さんを中心に、楽師と年頃の踊り子が三人という構成で、ごく小規模なものだ。
盛り上がる踊り子の甲高い声もほどほどに、イオが訊ねた。
「それで、さっき言ってた事情ってなんなんだい?」
「ああ、それは……」
ソウがくちをひらいたとき。
「ソウく~ん、黒影ちゃ~ん」
上の山道から、荷物を抱えたナギが降り――もとい、転げおちた。ナギは地面にひしゃげたまま、顔だけをばっとあげて、
「寂しかったんですよもぉぉぉ置いていくなんてひどいじゃないですかああああああ」
と泣いている。
(……忘れてた)
「いきなり荷物置いて走り出すんですからああああ。ナギ、迷子になりますよ? 遭難しちゃいますよ?」
ソウはごめんごめん、とあやまりながらナギへかけよった。
「荷物、もってきてくれてありがとうね」
どうどうとなだめ、ハンカチをとりだしながら目もとをぬぐってやる。
そのときだった。
「ナギ、ナギさん……?」
ふるえたその声が誰のものか、ソウには一瞬わからなかった。ふりむけば、愕然と立ち尽くす採集家がフードの下でくちびるのかたちを崩し、ふるわせている。
ナギは身体をおこして声の主をぼんやりと見あげ――、
「えっと、あの……、どこかで会いましたっけ?」
まったく覚えがないというように、へら、と笑った。
瞬間、ひゅうと吹いた風が深緑の外套を揺らし、その影を深くする。採集家のまとう空気は冷ややかなものにさしかわり、それにともなって紡がれた声は、いっさいの情を氷点下へつき落としたかのように硬く尖ったものだった。
「あいかわらずニワトリの頭のようですね、お師匠さま」
「「お師匠さまぁ⁉」」
イオと少年が声をあげる。
ソウもまた、内心彼女らと同じようにおどろき、また表情で示した。
ナギは採集家のようすに、ようやくただならぬ気配を感じたらしく、あわてて立ちあがった。
「ああ、覚えてますよ! ええ、うん、ほら……」
翡翠色がふらふらと視線を泳がせる。
「えっと、あれ、もっとこう、なんか……」
ナギは冷然と立ちはだかる採集家を見やる。
「えっと、こんなところで会うなんて偶然ですね! 元気してました? あれから何年経ちました? あのとき憂国で迷子だった君が……いやはや、すっかり大きくなりましたねぇ! あははははは!」
ナギは気さくに採集家の肩を叩いた。対して採集家はその瞬間にナギの襟首をとり、自分よりも大きくたくましいお師匠さまの足もとを刈って引き倒す。冷然と見下ろし、二回。手をはらって、
「お師匠さまはご存命でしたか」
と、冷たく言いはなった。
「物忘れがよりおひどくなられたようで何よりです」
ていねいな語調をそのままに、採集家の言葉の節々へそれまで存在しなかった棘が現れる。仲間もこういった姿を見るのがはじめてだったらしく、近づくに近づけないようすだ。イオは開いたあごを戻すことを忘れ、少年は表情を引きつらせ、さらには、それまで寡黙でいた竜人族のリヴィも、大きな背と長い尻尾を丸めてイオの影に隠れている。
「僕はあなたと出会った時とほとんど変わっていませんが、いったいどなたとお間違えに?」
「お、思いだしましたよ! 武術が得意なサクヤくんですね!」
自信満々なナギの言葉につき返されたのは、盛大なため息だった。
「そこまで記憶がトチ狂いましたか。……サクヤと僕が同時期にあなたの師事を受けていたとはいえ、記憶の混同も甚だしい」
あきれきった声色には、ある種の怨嗟も含まれているような気がした。
「あ、アサヒ……?」
少年に名を呼ばれた採集家アサヒは咳ばらいをすると、くちもとを定形の微笑へ整えて仲間のほうへ向いた。
「すみません。ご紹介が遅れましたが、このふざけたボンクラはナギ。僕は一時期、彼から師事を受けていました」
「あははは、それほどでもぉ。ナギはしがない旅人のようなかんじです。よろしくお願いします」
アサヒの態度を気にとめるふうもなく、ナギはあっけらかんと笑った。




