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(一)出会い

「ああクソ!」

 ソウは吐き捨てるように舌打ちをして、森を駆けていた。


 数か月前。大規模討伐作戦中に起こった転移事故に巻きこまれたソウが目覚めたのは、未知の魔幽(まゆう)大陸だった。旅人ナギの案内により、機国(はたぐに)から白の境界線に足を運び、遊覧都市ドリミアルから魔導遺跡バリアブルへ。何度も命の危機や想定外に見舞われながらも、どうにか三人そろって本大陸に戻ってくることができ、ここからいよいよソウの故郷である憂国(うれいぐに)へ向かう旅路がはじまった。

 本大陸は魔幽(まゆう)大陸とちがって魔種の生息数は少なく、また魔狩協会からの支援を受けられるようになったこともあり、いくぶんか道中は楽になった。こうして、故郷までの旅もようやく安定する――かと思いきや、それはまったくの勘違いだった。

 主に、とんだ()()()()()()()のせいで。

 それはさかのぼること数十分前――、

 ソウはナギ、黒影とともに水瑠(すいる)地方織国(おりぐに)へ向かっていたところ、道中で二体の魔種と出くわした。それはヤマクジラと呼ばれるもので、言ってしまえばとても大きな猪だ。ソウの背丈をゆうに超えるそれは、大きく横につきでた牙をもち、走る木こりとも呼ばれている。ヤマクジラがひとたび走れば道ができるとはいうが、実態は森林の乱伐でしかない。

 ひさびさの大型魔種を目の前にした黒影は、いうまでもなく特攻。ソウもあわてて魔導武具を抜き対応したが、うち一体は傷を抱えたまま逃げだしてしまった。手負いのヤマクジラを追ったのは、黒影だ。

 ランクSの魔狩である彼女なら一人でもじゅうぶんに魔種を討伐できるだろうという確信はあったものの、被害は最小限に抑えなければいけない。ソウは目の前の荒れ狂う一体を急いで討伐し、あとをナギに任せ、黒影の援護をするべく走った。

 いっぽうで、手負いのヤマクジラは黒影よりもひと足早く、ある一団をめがけて見境なく突進した。派手な馬車へまっすぐにつっこんでいく光景を遠目にして、ソウはひやりと背筋を凍らせた。しかし、その前に立ちはだかったのは、一団を護衛する冒険者たちだ。彼らは馬車を走らせながら的確に応戦し、ヤマクジラはほどなくして倒された。……魔狩として、仕留め損なった魔種を冒険者に、というのは多少体裁が悪いものの、人的被害が出ていないなら、それに越したことはない。

 そこまではよかった。問題はそのあとだ。

(あんの、バカ!)

 ソウは魔導武具の血をはらいながら、足を速める。

 樹々の向こう。ひらけた山道で、あろうことか黒影が冒険者の少年へ大太刀を振りぬいた。

(大問題だぞ!)

 魔狩は第一に人命救助。公平で等しく、人を護り、助けなければならない。さらにいえば、魔導武具はそれひとつで戦況を変えられる、いわば脅威にもなりうる危険なモノだ。だからこそ資格と制約が与えられる。

 それを、悪人でもなんでもない――悪人であっても、魔狩としてはご法度(はっと)だが――一般人へ向けた、となれば、免許剥奪(はくだつ)はおろか、魔狩全体への信用にかかわる話だ。さらにいえば、相手は冒険者。冒険者と魔狩の折り合いが悪いことは、たいていの魔狩なら知っている。過去にも、冒険者と魔狩の間で問題が起こった例は少なくない。

魔導武具(マナシリーズ)、起動」

 ソウは魔導武具を起動させた。パリ、と光が弾けて、視界をかすめる。煮え立つような泡が、奥底から肌の内側まで、逆流するようにねじれ、ぶぁ、といっきに広がると、ゾワゾワと表皮を掻くように神経が尖った。

 〈白の境界線〉で〈雷撃〉が暴走してから、今日の今日まで。けっきょく、第二段階目の収束訓練を終えることはかなわなかった。もちろん、第一段階の制御訓練――雷撃の範囲を、あらかじめ規定して、放出する――はものにしているのだから、こうして淡々とあつかうことに問題はない。だが、それでも不確定な要素があることはたしかだ。不安がないといえば嘘になる。

 ソウは体内の不快感を飲み下しながら、さらに内圧を高めた。

(ぎりぎりまで、もっていく)

 ぶるる、と手もとがふるえる。ソウはそのようすを他人事のように一瞥して、柄を握り直した。まだ。まだもう少し――。

 熱がはじけるように、ソウの体温は急激に上昇した。奥歯を噛む。体内で渦を巻くように、痛みが内側で線を引きはじめた。

 すぐ先で、黒影が、冒険者の少年へむかって大きく振りかぶったのが見えた。ソウはわずかに目を細めて、しずかに息をはいた。

 息を大きく吸う。

 この状況下でもっとも重要なことは――、

「黒影ええええええええええええええええええええええええええええ!」

 大太刀を振りおろさんとした黒影へ、ソウは雷撃を放ちながら特攻した。いつもより幾分か派手に散らしながらも、もちろん、その場にいる人間には被害がおよばないように。労力のいる作業だが、これはしかたがない。

「ソウ! 邪魔をするな!」

 彼女は激昂(げきこう)して、斬り返してきた。それは、ソウにとって実に都合がいいものだった。ソウは全身に必死さをにじませながら、あえて語調を荒げる。

「見ず知らずの人を斬りつけるな! 君が斬るのは魔種であって人じゃないはずだ!」

 とうぜん、これはただの()()だ。

〈黒影〉という魔狩が、魔狩としていかに異質であり、それが本来あるべき魔狩の姿から逸脱しているかを証明すること。それがすなわち、魔狩の社会的信頼と立場、その価値を(おとし)めないことにつながる。

「そんなことはどうでもいい!」

「どうでもよくない! ちゃんと謝りなさい!」

 言いながら、ソウはもう一本の片刃曲刀をうちこんだ。

 正直なところ、黒影を相手にしたいとはとうてい思えない。実力差は歴然。相手はランクSの魔狩だ。いまやっている演出は茶番といえるだろうが、しかし戦いで黒影相手に手を抜くことは許されない。一瞬でも油断すれば首が飛ぶ。

 彼女は激昂していた。ふつうの人間ならそれで太刀筋が狂いそうなものだが、黒影にはそれがない。冷静さを欠いていても、いっさいまちがうことのない命を狩るための刃だ。黒く鋭い一閃を紙一重でかわす。同時に諸手の武器を捨てる。重心をすべらせて腕をとり、黒影を投げ倒す。

 瞬間、ソウは叫んだ。

「そこの人!」

 赤髪の少年が、はっとしたように肩をあげた。

「早く! なんでもいいから縛るもの!」

「お、おう」

「急いで!」


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