(六)目覚め
「いやぁ、それにしてもご無事でよかったですよぅ」
ナギに薬草汁を渡されたソウは、苦笑をうかべて椀を受けとった。
黒影の自暴自棄によってひきおこされた魔素交合によって、ソウの意識は混濁し、一時的に気を失っていたらしい。目覚めたときには涙を浮かべたナギに抱きしめられて、さきほどまでさんざんどうなることかと泣きつかれていた。
ソウにとっては半ば事故のようなものだったが……結果的に彼女の体内に蓄積された瘴素が減少したおかげで、黒影の容体がうんと良くなったのは、不幸中の幸いだった。まだ床に伏している状況ではあるものの、ナギの見立てでは、数日しっかり養生すれば動けるようになるだろうとのことだった。
「ほら、しっかり飲んでください。ソウくんまで瘴気症で倒れちゃったら、大変じゃないですか」
いまのところ身体に瘴気症の兆候は見られないが、だからといって対策を怠っていいわけでもない。多少苦いのは我慢して、椀を傾けていっきに薬草汁をあおっ――、
「しかし、黒影ちゃんも大胆ですねぇ。まさかソウくんにくちづけするなんて」
「げっほごほっ」
ソウは盛大にむせた。嫌な苦みが口のなかいっぱいに広がって、鼻の奥がツンと痛む。ナギの発言に指摘をいれたいのはやまやまだったが、変なところに引っかかったせいで、しばらく何も言えなかった。どうにか口にできたのは「ナギさん、お願いやめて」というしわしわの懇願で、何回も咳きこんだおかげで咽喉がおかしい。
「んもう、ソウくんどうするんですか。そんなようすじゃ、一生恋人なんてできませんよ?」
「俺はもういいよ……」かすれた声でうなだれる。
「枯れるにはまだ早いですよ⁈ 結婚だってしてないじゃないですか」
ナギのツッコミを右から左に流して、飲みきれなかった残りの薬草汁を口に運ぶ。結婚という言葉のせいで余計に苦くなった気がした。
「あ、黒影ちゃん」
ナギの声で、ソウは黒影が目覚めたことに気づく。ぱたぱたと駆け寄っていく背中を視線だけで追う。黒影は、気だるそうに上体を起こし、いちど頭を振ってから、静かに息をはいた。
「調子はどうですか?」
「どうもこうもあるか」
「もう、無茶するからですよぅ」
ナギはあきれたらしかった。
「はい。黒影ちゃんもお薬飲んで、しっかり休んでください」
さしだされた椀を受けとった黒影は、それをひといきに飲み下した。さすがの彼女も、苦い薬をじっくり味わうことはしないらしかった。
「で、黒影ちゃんは、ソウくんのこと、アリなんですか?」
「叩っ斬るぞ」
黒影はすげなく言葉をつきかえした。
「おんやぁ、もしかして照れてるんですぅ?」
「黙れ気色悪い。キサマの笑みは病み上がりに毒だ」
にまにまと向けられた笑みを辛辣に一蹴して、黒影はこちらに視線を投げた。
「ソウ、この綿毛をどうにかしろ。キサマはまともな説明をしなかったのか」
「自分でまいた種でしょ。俺は関知しない」
冷めた声で返す。あいにく、事実以上に説明のしようがない。
「二人とも冷たいですよ! もっとこう、照れとか初々しさとかないんですか。初めてのちゅーじゃないですかぁ」
(初めてではないよなぁ)
ソウはなかば、あきれ気味に黒影と視線をかわした。おそらく黒影も似たようなことを考えていたのだろう。彼女は眉間にシワを寄せている。訂正を口にしなかったのは、わざわざ数える気もなかったからだろう。それについては、ソウも同感だった。
互いの無言を前に、ナギは、はっと声をあげた。
「まさか、もうすでに……っ!」
(なんでナギさんって、こういう時だけ察しがいいのかなぁ)
ソウは息をついて、近くの水筒を手に取った。薬草の苦みが残る椀に少量の水を注いで、ゆすぐように回す。ナギがツカツカと寄ってくるのは素知らぬふりをして、いっきにあおった。
「いつ、いつなんですか! 二人の初ちゅーは!」
「めんどくさ……」
思わず心の声が口をついて出る。
「ソウくん、これは重要なことですよ。いつから黒影ちゃんとそんな関係に。まさか天幕で押し倒したときからですか?!」
「だからそういう関係じゃないって」
「じゃあいったいどういう理由でくちづけなんてするんですか!」
「べつにどれも俺からしたわけじゃないし……」
「黒影ちゃん?!」
ぐりんと話題の矛先を変えたナギを前に、黒影の殺気がソウをギンと睨んだ。
(あ、まずった)
失言だと悟ったが、口から出たものを戻せるはずもなく。黒影の元へ踵を返したナギが「どれもって、どういうことですか」「つまり何回も?!」「ソウくんと!」と詰め寄っている。黒影の表情はいらだたしげに歪み、三白眼は殺気をかたどってこちらへ注がれている。余計なことを、という恨みがましい声がいまにも聞こえてきそうだ。
(よし)
ソウは薪を集めるという至極てきとうな理由をつけて立ちあがり、ほとぼりが冷めるまでその場から退散することに決めた。
***
日暮れを迎えた一行は、久々に三人そろって焚火を囲んだ。夕飯は燻製肉と、栄養たっぷりの団子汁だ。しばらく楚々とした食事をしていたせいか、ナギの手料理にはいつも以上に食欲をそそられる。ナギは燻製肉を切り分けながら言った。
「まぁいろいろと想定外はありましたけど」
含みのある言葉に対して、ソウはとくに反応を示さないことにした。いつもに増して不機嫌な黒影がいっそう口を曲げたようすを見て、ナギはこれ以上つつかない方がいいと懸命な判断をしたらしい。
「ここまでくれば、もう大丈夫です。あとは、黒影ちゃんの体力が回復するまで待って、流国まで一直線、ですよ!」
「ようやく、だね」
ソウは胸をなでおろした。――どうにか霧晴が終わるまでに抜けられそうだ。
「ナギとしては、すこし寂しいですけどね」
「たしかに」
ソウもあわせて苦笑する。ナギとは魔幽大陸を抜けるまでの間柄だ。受け取った夕飯を前に、この温かい手料理もあと数えるほどしか食べられないのだと考えると、惜しい気持ちもあった。
ナギは黒影のぶんの団子汁を取り分ける。黒影はそれを受けとって、すぐ脇に置いた。ナギはお玉杓子で鍋をかきまぜて、その片手間に残った椀を手に取る。
「でもでも、お二人が良ければ、なんですけど。水瑠地方にはいってからも、いっしょに旅ができたらなぁって……」
「いいかげんにしたらどうだ」
低い声が、はにかむナギの言葉をさえぎった。
ブーツの踵で地面を叩いた黒影はナギの前に立つと、大太刀の柄に手をかけて旅人を見下ろした。
焚き火の向こうで相対する黒影とナギのただならぬようすに、思わずソウも立ちあがる。状況がわかっていないのは、渦中にいるナギも同じらしかった。
「く、黒影ちゃん?」
ナギはいっそう怯えたようすで、両手をあげた。
「えっと、ごめんなさい。あの、ナギ、なにか怒らせちゃいました……?」
「ちがう」
黒影は、翡翠色の奥底を睨んだ。
「いるのだろう。出てこい」
「黒影、」ソウの制止を無視して、 黒影はナギの襟もとをつかむ。
「マヌーゲルで二回。〈白の境界線〉で二回。ドリミアルで一回。キサマは話したな。あのときに斬ってやることもできた」
ぐぅと顔を近づけ、黒影は凄んだ。
「いまから三秒以内に出てこい。さもなくば――、」
その瞬間、ふつと糸が切れたように、ナギの腕はだらりとちからを失った。翡翠色の瞳はぼうとし、そのまま意識を失ってしまったかのようにぴくりとも動かなくなる。
「ナギ、さん……?」
声にも応じず、その翡翠色にはなんの思考感情も宿っていない。息をしているのかさえ疑わしく思えたときに、亜麻色のまつげがパチとひとつまばたきをしてみせた。翡翠色が黒影をとらえ、ソウを目視し、場を一瞥する。黒紫の紋様が刻まれた左手からゆったりと持ちあがって、彼の腕が動いた。旅人の指先は、それまで泣きそうにうるんでいた自らの目じりを、ただの作業、とでもいうようにぬぐってみせた。
冷たいため息が聞こえた。
「斬らなかったのは、俺が必要だったから」
ナギと同じくちびるが薄い弧を描いた。
「そうでしょう、黒影ちゃん」
訊ねるように首をかしげる彼は、黒影の敵意を目の前にしていながらなんの怯えもいだいていない。ソウは目をみはった。
彼は茶化すようにくちをとがらせる。
「んもぅ。もう少ししたら、お二人の前から、ちゃんと消えようって、思ってたのに。間が悪い――いえ、黒影ちゃんのことですから、あえて、ですかね?」
いたずらっこな笑みは、たしかにナギのものに見える。だがとつじょとして現れたその違和感は、その身体がナギそのものでありながら、一言一句がナギのものではないと主張しているように思わせた。
「どういうこと?」
疑問がわいて出た。
「ふむ……こまりましたねぇ。さて、どう説明すべきか……ええ、こまりました」
独り言ちた彼は、顔をあげると黒影をまっすぐに見あげた。
「ひとまず、この手をはなしていただいても?」
「……」
黒影は眉間のシワを深くした。
「大丈夫ですよ。ご存知のとおり。こんな至近距離、お二人にはかないっこないんですから」
彼はひらひらと両手を振り、おどけてみせる。
「それに、俺がなにかをしようとしても、微細な魔素の流れがわかる黒影ちゃんなら、どうにでもできるでしょう?」
彼は泰然と言いきった。
しばらくの沈黙を経て、黒影がようやく手をはなす。ようやっと自由になったと言わんばかりに立ちあがると、新鮮な空気を身体にめいっぱい取りこむように、彼はうんと身体を伸ばした。
「そんなに怖い顔しないでくださいよぅ。〈ナギ〉から俺を引きずりだしたんですから、これくらいは許してください」
「君は……ナギさん、なの?」
この質問が正しいのかはわからなかった。
彼はぴたりと動きを止める。
「難しい質問ですね」
声色から言葉の調子まで、よく見知ったナギのものだ。
彼はナギの姿で、目もとをぎゅう、と寄せた。
「そもそも〈ナギ〉は他人がかってにつけた愛称のようなもので、俺にとっても、また俺にとっても、本質的には意味がないものなのです。まぁ、その愛称に俺が執着していることもまた事実ではあるのですが」
うんうんと唸って――、
「さて、質問にお答えしましょう」
明朗とほほ笑むその翡翠の瞳には、明哲な光がある。彼はナギと視線の動かしかたがちがうようだ。
「〈俺〉が〈ナギ〉であるかどうか、ということについて――お二人がどのように定義されるかにもよりますが、およそちがいはないでしょう。見てのとおり身体は同じであり、また本質的にも俺と〈ナギ〉は同じものですから。
しかしそうですねぇ、日頃からお二人と接しているものを〈ナギ〉とするならば、俺はおそらく、あなた方にとって異質なものに見えることもまた事実でしょうね」
ふむ、と彼は思案した。
「まぁ、二重人格のようなもの、とでも思っていただければ」
「キサマの目的はなんだ」
「生存。それ以外にありません」
明確に彼は答えた。
「さらにいうならば、俺は生存を脅かされないかぎり、あなた方の敵にはなりえないということです」
「……」
「信じられませんか? それは悲しいですねぇ」
うっすらと笑む彼を、黒影は鋭く睨めつける。
「粘性魔種が現れたとき、なぜともに行動をするワタシたちへまず話をしなかった」
「それは〈ナギ〉の考えによるところが大きいですね。〈ナギ〉は違和感を覚えたものの、それがなにかまではわからなかった。
黒影ちゃんはだいたい起きていますし、異変にだってすぐ気づく。なにより、強いですからね。ですから、〈ナギ〉は二人なら大丈夫だろうと信じて、多くを救える道を選ぼうと行動したわけです。〈ナギ〉の善性と甘さが悪い部分で働いてしまった事例でしょうね」
そこまで淡々と説明した彼はふむとうなずいた。
黒影へ向けて、口もとに弧を浮かべる。
「では俺はこう言いましょう。黒影ちゃん。同じことですよ。俺も〈ナギ〉も、いままでのあいだに、あなた方を殺すことは簡単にできた」
――殺す。ナギの口からはまず出てこない言葉だ。
「たとえば、最初に会った頃を思い出してください。お二人へご飯を渡したときに、ソウくんは〈ナギ〉と黒影ちゃんが先に食べるのを見てなにも起こらないことを確認してから、はじめて口にしましたよね? それは〈ナギ〉を警戒していたから。それは正しい疑心と言えるでしょう。だって、〈ナギ〉はそれらに毒を混ぜることもできたわけですからね。もちろん、そのあとだって。
ほかにも、旅に不慣れで言葉に不自由なお二人を嵌めてしまおうと思えばいくらでもできたことなのです。それをしていないことこそ、俺が――ひいては〈ナギ〉が、現状、あなた方の敵ではないことの証明です。そしてそれは、あなた方が俺や〈ナギ〉にとって有益な協力者であるということでもあります」
彼は両手を広げた。
「さて、」
人差し指が、ぴんと上向いた。左手の紋様が、彼の横でゆらりと円を描く。
「ここで俺から提案があります」
「提案?」
「なに、むずかしいことではありません。魔幽大陸を抜けてからも、〈ナギ〉と旅をしませんか? もちろん、お二人に同行する形です。通訳はさほど必要としなくとも、〈ナギ〉の社交性や、俺がもつ各地の情報は、お二人にとってとても有益でしょう。
いままで通り、この身体を危険から守ってくれれば――ああ、それから、追加でひとつ。俺のことを他の誰にも黙っていてほしい、というのは、ありますが。もちろん、俺はソウくんのことをおいそれと人に話すつもりもありません。おたがいに秘密を守り、有益な形で協力し合う。悪くないと、思いませんか?」
「たしかに、悪い条件じゃないけど……」
ソウは黒影を見た。彼女は黙っていた。
「ナギさんは、君のことを知ってるの?」
彼は人さし指をくちもとに寄せた。
「ご覧になったのでは? ドリミアルで〈ナギ〉が我を見失うさまを」
記憶を巡らせる。〈小指の城〉でナギが、ガラスに映った自らを問いただすようすが思い起こされた。――あのとき、ナギは自分のなかにいる彼に問いかけていたのだろう。
ソウは彼に視線を戻す。
「確認。ほかの誰にも、っていうのは、ナギさんも含まれるの?」
「ええ」
彼は嬌笑をうかべた。いまのやりとりから察するに、ナギ自身は、彼のことをはっきりと自覚していないことになる。
「ああ、安心してください。〈ナギ〉が見聞きしたことは俺にも伝わりますから、同じ説明をする手間はないと思っていただければ」
つまりは、一方通行か。ソウはわずかに目を細めた。
「〈ナギ〉は、おそらくあなた方が思っているように明るくほがらか。慈愛に満ちた性質といえましょう。まぁ俺が保証するといったところで眉唾ものでしょうから、そのあたりの判断はお任せしますけれど」
「ずいぶん他人事なんだね」
「それなりに」
彼の裏はいまいち読めない。
「しかしながら、〈ナギ〉の精神は見た目ほど安定しているわけではありません。いわばその心の安寧は忘却に寄るものであり、じっさいはふつうと変わらないぐらいに脆い。とくべつ強いわけじゃないんですよ」
ソウはハッとした。
「ナギさんが、補給地点であったことを忘れていたのは……」
翡翠色は暗澹と笑った。
「ですから、下手に事実を知ってしまえば〈ナギ〉が崩壊する危険性があるわけです」
そこで彼は息をついて、やや面倒くさそうにうしろ頭をかいた。
「んまぁ、多少〈ナギ〉がどうなったところで、とも思いますが……とはいえ、そうなってしまうと不便きわまりないので、俺としてはできるだけ避けたいんですよねぇ」
「君は、ナギさんのことが大切じゃないの?」
「俺にとっては、〈ナギ〉がどうあろうと、ささいなことです。重要なのは、この身体が生存していること。生存することそれ自体なのです」
「それに、ナギさんの自我はふくまれない?」
「ええ」
彼ははっきりとうなずいた。
翡翠色に動揺は見られない。
「もういっこ訊いてもいい?」
「かまいませんよ」
「君のことはなんて呼べばいいかな」
その瞬間、彼はすっかり目を丸くした。この質問は予想していなかったらしく、きょとんとあどけなく首をかしげている。
「俺はただの一部に過ぎないので、愛称などありませんし、とくべつ必要とも思いませんが……」
呆けた表情で言った彼は、「ああ」となにかに納得したように声をあげた。
「そうですね。便宜上、俺に呼称があったほうがいいことも、また事実でしょうか」
言うなり、彼はブツブツとなにか呟きはじめた。
「Hmm... storage, management, librarian... was there anything else?」
魔鉱技術語に近い響きだったが、すべてを聞きとることはできなかった。彼はいくらか口にしてから、ピンとくる響きに至ったらしく、指を立てた。
「であればarchiveからとって、アークとでも。ああ、敬称は不要です」
「アークだね。よろしく」
「よろしくお願いします」
ソウが手をさしだすと、アークは握り返した。ナギと同じはずの手がこうもちがうように思えたのは、彼の存在を知ってしまったからだろうか。
はなした手を見つめて、思い返す。いままでのどれがナギで、どれがアークの言葉だったのだろう。いままでそんなことは思わずに過ごしてきたのだから、いまさら思いだしたところで見分けられる自信はなかった。
「最後に、もうひとつ訊いてもいい?」
「答えられる範囲でしたら」
「ねぇ、アーク。君はどうして旅をしているの?」
彼はまた、きょとん、と首をかしげた。なにをおかしなことを訊いてくるのだろう、とでも言いたげな顔だった。
「〈ナギ〉がそのように望み、行動するからです。〈ナギ〉は愛称に執着し、そして旅人であることにすがっている。俺はどれも、さほど重要ではないと考えていますが、同時に、〈ナギ〉の行動を阻む理由もまたない。俺はただいつも、ほとんどのものごとを傍観するだけです。それだけなのです」
「俺たちを助けてくれたのも?」
「ええ。〈ナギ〉が望み、またお二人が有益であるからです」
ソウは訊ねた。
「アーク、君はいったい、何者なの?」
「ふむ、ナギは自らを亡霊と表現していましたね。これについても俺は、さほど重要ではないと考えますが、面白くはあります。であれば……」
アークは笑みを含ませた。それは悠然としていながらも、どことなく気を塞いでいるような翳りを感じさせる。
「であれば俺は、借りものの自我、とでも」
いってしまえば、らしくない。
ナギらしくない。
「それじゃあ、俺はそろそろ〈ナギ〉と交代しますねぇ」
パッと明るく笑いながら、アークはナギらしく、ナギのように言ってみせた。しかしふと、思いだしたように表情をとどめる。
「ああ、俺は基本的に表に出てきませんので、本当に必要なとき以外は呼ばないでください。他者との一般的な交流は、ナギに任せているので」
手をひらひらと振り、
「それでは、またそのうち」
言うなり、彼の視線はうつろをさまようように、ぼう、と意思を失った。
数秒の沈黙。ややあって、ぴくりとまつげが跳ねると、亜麻色のまつげはぱちぱちといくらかまばたきをくりかえしながら、周囲を見渡した。茫洋とした翡翠色は、ソウの顔を見、黒影に視線を向け――、
「えっと、ごめんなさい。なんの、話でしたっけ?」
ナギはすこしこまったように、はにかんだ。




