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(一)邂逅・再会




――――――――


領空内に飛来物を確認 座標を特定

莫大な魔導元素反応を感知 解析します

解析が終了しました


個体名 該当ありません 目標をそれぞれα,βと仮定します


目標α /脅威度3 問題ありません

目標β /脅威度8 排除を推奨します


排除を実行しますか?

実行は破棄(キャンセル)されました


…… …… 

領空内に放出された魔導元素を利用して転移型魔導門の起動が可能です

転移型魔導門を起動しますか?


――――――――







 声がする。

 茫漠(ぼうばく)とした意識のなにもかもが、ねじれる渦の中にある気がした。鈴の音がしたから、起きあがらなければいけない、と思った。自分は立っていなければいけないのだから。そんなときに、ソウはいつも、もうひとつのまなざしを感じていた。日陰が風にゆらぐようなありさまで、ある思考が自分をじぃと見つめている。それは言う。

 こんなふうに焼けただれた脚に、なにか意味があるだろうか。

 これほどみにくい痕をのこしてあがく手のひらには、ちゃんとそれ相応のなにかが残るだろうか。

 ちがう。それはちがう。なぜなら、たったひとつの大事なものを護るために生きてきたのだから、この痛みは、ただその過程にあっただけの代物だ。

 けれども傷痕は叫ぶ。まるで、いまだに生々しく血をあふれさせているような顔をして、濁々(だくだく)とこう叫ぶ。アンタは知っているはずだ。()()()()、誰の願いもきかずに、奪われるものだ。いくらひとひらを護ろうと努力を重ねても、けっきょく、そんな理不尽が起こるのは、あたりまえにあることで――だから、この途方もない努力は、そもそもその理不尽に対してなんの意味もなさない。


――知ってるよ。そんなこと。とっくの昔に、理解(わか)ってる。


 理不尽なものごとはたしかにある。けれど、だからといってそれだけを見てうつむいてしまったら、本当なら自分の手で護れたはずのことまで、理不尽のせいにしてしまう。

 たとえば。

 自分の感情を大事に抱きかかえたとして。たとえば自分のなかにある悲しみに浸ってうちひしがれたとして――だれかが、自分のかわりに、このなによりも大事なものを護ってくれるだろうか。助けてくれるだろうか。

 敵になりうるのは社会だ。常識だ。あたりまえとふつうが正義の御旗のもとで、社会という大きなちからを振りおろす。そんなものを前に、だれが自分たちのために戦ってくれるだろう。

 ()()()()()()()()()()()

 だから、そうならないように気をつけて生きなければいけない。茫漠なふつうのなかで、さもあたりまえな顔をして。みんなが悲しい顔をしたら同じように悲しんで。社会に根ざすたくさんのふつうのなかで、安全圏を見繕う。そこにいなければ排斥されてしまうから。だから、そのために立っていなければいけないし、この目でいろんなものを見なければいけない。行動して、つくって、変えていかなければいけない。それがたとえ、自我を摩耗していくような途方もない行為だとしても。

 そうやって、生きてきた。

 叫ぶ声は、どこからか聞こえてくる鈴の音にかき消されて消えていく。それはとても都合がよかった。声が聞こえなくなれば、もう、それ以上不必要なこと考えなくて済むからだ。

 そうして、なにか大事なものを、ひとつ捨てた。

 うすぼんやりと流れる輪郭のない世界のなかで、ソウは、かつてうち捨てたなにかの輪郭だけを、ふと思いだした。

 指先は動かない。それは、手のひらに赤い八打ちの紐が巻きついているからだ。それを見てソウは安堵した。自分はちゃんと、ソウという人間で、その自覚がある。護るべきものを見失っていない。

 でもどうして。

 こんなにも懐かしい声に、くずおれてしまいそうになるのだろう。




《――……、》


 誰かに、呼ばれている気がする。

 懐かしいような。けれども、まったくしらないような。

 いま、誰かの手が触れた。分厚い手だ。父さん? いや、ちがう。

「!」

 ソウは目をひらいた。息をふきかえすように咽喉(のど)がひらく。触れた気配をガッとつかんだ。肉の詰まった重みを、靴底で蹴りあげるようにして投げとばす。身体をはねあげ、すぐさま二刀一対の魔導武具をかまえた。

「誰!」

 目覚めたその場所は、風通しのよいホールのように思えた。吹き抜けのような縦に広い空間で、見えるところには窓などといった外のようすがわかる構造物はなく、かわりにいくつもの通路とつながっている。ぐるりと壁をつたう階段と通路がむきだしになっていて、ようすを見るかぎり階層がいくつもあることや、いくつもの空間がこのホールにつながっているのだろう、ということが推察できた。

 硬質なフロアタイルの上で身体を起こしたのは、がっしりと体格のいい壮年の男だ。皮の厚い手で無精ひげをさすりながら「そんようすじゃ、大事なさそうじゃな」と、彼は言った。灰色の混ざった髪がばらりと無造作に揺れ、輪郭のはっきりとした金色のまなざしがソウを映す。

 ソウは声をあげた。

「レヴド」

「ったく、ひさびさに()うたんに、ずいぶんなあいさつじゃ」

 レヴドはやれやれと壁際に立てかけていた半月斧を担ぐ。小さい歩幅でかけよってくる少女……エフが、レヴドを心配そうに見上げた。彼は心配するなと言うように小さな頭をなでる。

「二人とも、どうして」

「おめぇこそ、流国(ながれぐに)に行く()うとったが」

「それは……、って、ごめん!」

 ソウはハッとして頭をさげた。動転していたとはいえ、まさか知り合いを思いきり投げてしまうなんて。けがはしていないだろうか。二人の元へ行こうとしたとき、音もなく、目の前を漆黒がさえぎった。黒影だった。彼女はレヴドに大太刀の刀身を突きつける。……彼女は二人と面識がない。警戒しているのだろう。

「黒影。二人は俺たちを助けようとしてくれたんだ」

 ソウの言葉を無視して、黒影は黒い切っ先をとがらせる。彼女の全身からは、おびただしいほどの殺気がにじんでいた。

「キサマ、何者だ」

「やめられぇ。そねぇ状態で()りおうたら、身体がもたんじゃろうが」

「事と次第によっては殺す」

「……」レヴドは険しい表情のまま、口を引き結んだ。

「答えられんのか。であれば」

「けんか、だめ!」

 にらみ合う二人のあいだでエフが声をあげる。レヴドをかばうように小さな両腕を懸命に広げ「だめ」ともう一度言った。黒影はそれを冷淡なまなざしで見下げる。

「ガラクタか。すっこんでいろ」

「いや!」

 エフは首を横に振った。

「けんかは幸せじゃないって、ママが言ってたもん!」

「よほど」

 ぎらり。黒刃の切っ先が白く光る。

「死に急いでいるらしい」

 ゆるやかに矛先が下げられ、黒影の殺意が尖った。瞬間、ギンと刃が打ち合う音が弾け、黒影の大太刀は大きく跳ねあげられた。レヴドの半月斧がエフを守らんとした結果だ。彼はそのまま薙ぐように払い、黒影はとびのいた。

「エフに手ぇだすんなら、話は別じゃ」

 低い声は足もとからこちらへと伝わってくるような重みがあった。ランクSの魔狩を前にひるむこともなく、彼は半月斧をかまえている。黒影もまた、舌打ちをして大太刀をかまえなおす。いつもとちがうのは、彼女が強敵を前に笑っていないことだった。このことは意外だったものの、それよりもいまは、この一触即発の状態をどうにかしなければならない。

「武器をおさめて」

 ソウは冷静に割りいった。

「黒影。彼はレヴドで、そっちの子はエフ。彼らは、〈バベットウィアー〉で俺がお世話になった冒険者で、悪い人じゃない。見ずしらずの人を警戒することは、必ずしも悪いことじゃないけど、君はどうにも短絡的すぎる。まず話を聞いてほしい。それと、人をガラクタ呼ばわりするのは褒められるものじゃない」

 そこまで言って、ソウはレヴドに向き直った。

 ソウは自分と黒影の無礼を真っ先に詫び、こちらの状況をかいつまんで説明する。そのあいだじゅう、ひりつく敵意は依然として存在していて、黒影はひと時も大太刀をおさめようとはしなかった。

 どうにか黒影をなだめ、最終的に武器をおさめてもらったものの、彼女はやはりみじんも敵意を隠さないまま、レヴドとエフをきつく睨んでいた。

 対してレヴドは、ソウを前にすると態度を軟化させた。エフを背中にかばうようにして、黒影のきつい視線から守りながら、彼はこの場所がバリアブルの地下区画であることを告げる。

 バベットウィアーで話していたように、彼はこの場所で、自分の知人と、エフの母親を捜していたところだったという。どうして地下かと訊ねると、理由は大きく二つあると言った。


 ひとつは、地上区画は、探索している冒険者が多く、情報が手に入りやすい。冒険者をやっている女は、そう多くなく、それこそ――たとえ、それが遺体であったとしても――比較的わかりやすいのだと。そして、いまところ、エフの母親らしい冒険者の情報はなかった。

 ふたつめの理由としては、行方不明になる冒険者の多くは、地下に潜っていった者たちで、レヴドは、エフの母親が()()()()()()()()、この地下に潜っていった冒険者のなかにいるのではないか、と考えたそうだ。

 そうやって探索をしているさなかで、ソウと黒影が倒れているのを見つけたという。

 ソウは、意識を失う前に光がひらめいたことを話した。このときの感覚は、大規模討伐作戦で〈転移型魔導門〉にまきこまれたときに酷似していて、状況から見ても、おそらくそうだろう、ということには黒影もうなずいた。

「しっかし、転移型魔導門たぁ……」

 レヴドはかたい顎髭をぞりぞりとなでながら、考えごとをしたらしかった。

「なにか気になるの?」

 訊ねると、レヴドは「そりゃおめぇ」と大きく声をあげた。

 いわく、太古の魔導技術文明を遺したこのバリアブルは、その形をいくらかのこしながらも、機構は破損していてまったく機能していないのだという。

 過去の調査によると、それらの機構を制御・作動させていたのは、バリアブルの巨塔それそのものであり、魔導時代終焉とともに、見る影をなくしてしまったそうだ。

「転移型魔導門が起動したっつぅことは、こん遺跡ん中で、巨塔たぁべつに、魔導機構が独立して生きとる箇所があるいうことじゃ。それも、魔素資源の供給があるか、自力で魔素を発生させるしくみを持っとるか……」

「じゃあ俺たちも、もどれる可能性はあるのか」

「もどる?」レヴドは怪訝(けげん)な表情をした。

「もうひとり、ドリミアルに仲間がいるんだ。ほうっておけないよ」

 レヴドは納得したらしい。

「どこかあてはないかな?」

 ソウの問いに、レヴドは険しい表情をうかべた。ふところから紙を取りだして、ばらりと広げたそれは、この遺跡の内部地図だという。彼は今いる縦穴と、そこから地上につながる道を示した。

「正直なところ、こんまま地上に出てからドリミアルに戻ったほうがええ。未探索の地下じゃ。なにが起こるかわからんし、瘴素濃度も高ぇ」

 ソウはすこし考えて、うなずいた。すこしでも危険がすくなく、確実にもどれる方法があるなら、そのほうがいいように思えたからだ。

「明日地上まで案内しちゃるけぇ、今日はもう寝られ」

「ごめんね、君たちの目的だってあるのに……」

「そねぇ気にすんな。俺らもどのみち補給でもどるけぇ、ついでじゃがさ」

「ありがとう」

 ソウが微笑むと、レヴドは「んにゃ」と照れ隠しなのか、灰色がまざった無精ひげをなぞりながら、ぶっきらぼうに視線をはずした。

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