(四)飛来する魔竜
ごう、と風が吹きぬけた一瞬。〈小指の城〉の最上階――そのテラスは、藍色だけになった。夜が訪れたのか錯覚したが、それはちがった。
なにかが陽をさえぎったからだ。
ソウがこのことを理解したのは、展示されていた魔導バイクがつぎつぎと影にのみこまれ、そしてふたたび、夕暮れとおなじ茜色にきらりと輝いたときだった。
きゃあ、と誰かが声をあげる。つばの広い帽子が巻きあげられ、あっというまに空へ飛ばされる。
浅い藍色が混ざりはじめた空模様。なめらかな中央制御塔へ一直線に向かう大きな白は、夕日を受けて赤く燃えているように思えた。
「魔竜⁈」
ソウは驚愕の声をあげた。
となりにいた黒影は、相反して「ほう」と口のはしをあげた。咽喉の奥でクツクツと笑いながら、担いだ大太刀をわずかに揺らす。
「またずいぶんとでかい。斬りがいがありそうだ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
「ソウくん、黒影ちゃん!」
ふりむくと、乱れた亜麻色の髪が目に入る。階段をのぼりきったばかりなのだろう。肩で大きく息をくりかえしながら、翡翠色の瞳は、魔竜の後ろ姿、そして中央制御塔を順番に見やった。
「大変です、このままでは」
「ナギさん。この辺りに投石機や竜種迎撃用の据置式大型弩砲は?」
「ありません。あるわけがないのです! なぜならドリミアルには魔種が入れないよう防衛機構が常に作動しているはずで」
「じゃああれは」説明をさえぎって、ソウは魔竜を示した。
「不測の事態としか説明のしようがありません!」
彼は早口で言った。
「おそらく、莫大な魔素資源を狙っています。もし魔竜に対して緊急用の防衛装置が起動しなければ、魔素供給の停止、交通・通信網の遮断と、上空の魔導客車の墜落――それどころか魔素供給でなりたっているあらゆるものが停止。つまるところ、生活基盤の壊滅を意味します! しかもここは白の境界線のただなかにある孤立都市、ほかの国々に比べ、補給および復旧は格段に劣る!」
「止めなきゃ!」
「どうやってですか。ここから飛びおりたって魔竜に届きませんよ」
「雷撃でどうにか」
「ここにいる全員をまきこむおつもりですか!」
「けどこのままじゃ――、」
ソウは目を瞠った。その瞬間を皮切りにテラスへ駆けこむ。目についた魔導バイクのハンドルに手をかけ、右手でブレーキをかけたまま、サイドスタンドを右足で蹴り上げてまたがる。右足でブレーキペダルを踏みながら、クラッチ、前輪ブレーキを握り、ニュートラルを確認し、つるりと光沢を帯びた魔導刻印に触れると、重低音とともに、エンジンが始動する――大丈夫。動く。
どう、と駆動が身体の奥を揺らした。
「まさか、あまりに危険です! それは初期型の飛行型魔導バイクですよ! あまりに無謀すぎます。それに魔導機器と相性が悪いと言っていたのはあなた自身で」
「じゃあ他に方法があるの」
ソウは叫んだ。
「俺はこんなところで、魔竜を見逃して、この街が孤立して――下手したら、十年も家に帰れなくなるなんてごめんなんだよ」
「命とどっちが大事ですか!」
「命に決まってるだろ!」
「なら、」
「黒影! あれを追う。後ろに乗って!」
ソウくん、と必死に呼び止めるナギを無視して、ソウは魔導バイクのギアをローにいれた。
「運転、できるのだろうな!」
ひとつ数える間に、黒影はソウの後ろへとび乗った。
「正直、学生時代に授業でちょっとやっただけ。初期型だし、自信はないね」
ソウはクラッチを半クラッチへ以降すると同時に、アクセルをあけ、魔素をより多く流しこむ。
ふ、と黒影の長い髪がソウの肩口へたれ、細い腕がこの腰元を抱く。
「くだらん殺しかたをしてくれるなよ」
「わかってるさ」
耳元で低く、黒影が囁く。その声は、耳の奥よりずっと、もっと深い場所に沈んでゆくようだった。
「ワタシたちは、殺しあう」
「ああ」
きっと、黒影は笑っているのだろう。
ソウは魔導バイクのなれない振動のなかで、黒影の熱を背に感じながら、ハンドルを握った。
「「――約束だ」」
魔導バイクにまたがって、
たった二人。
空へととびだした。




