(一)中央制御塔
魔鉱客車を降りたソウは、人ごみのなかを慣れたように歩くナギの背中を追いながら、黒影がはぐれたりしないだろうかと気にかけていたが、それはただの杞憂だった。
黒影はもともと上背があるから簡単に呑まれることもなく、また、背丈の高いソウをうまく盾にしてついてきている。こういうところで、彼女は要領がいいのだろう。
人の波を歩きながら駅舎の魔鉱掲示板を見やると、いくらか、赤い光が明滅している。その光こそ、ソウたち三人が今日の予定にいれていなかった中央区島の観光に訪れた理由だった。
《古城区島方面 運転見合わせ》
《現在一部路線 魔導機構点検中》
今朝がた、朝食をすませて宿泊街の駅に訪れたときには、すでに一部路線は運転を見合わせていた。当初〈小指の城〉に行こうとしていた三人は、これではどうにもならないと頭を悩ませた結果、予定を変更し、こうして中央区島へ訪れたというわけだ。
駅舎を抜けると、見上げるほど高い塔が姿を現した。
「というわけで、ここが中央制御塔です!」
ナギがくるりと身をひるがえし、両手を広げる。
「上階では気象の観測研究、地下階では廃棄物を利用した動力源の生成や、水耕栽培などをふくめた最新の農耕技術実験などをおこなっていて、その特性上、厳しい管理体制が敷かれていることは言うまでありません。しかし」
ナギは亜麻色の髪を大きく揺らした。
「ドリミアルの象徴でもある中央制御塔は、地元住民にこよなく愛され、観光名所としても人気が高いのです。まさしく、ドリミアルのシンボルタワー!」
ようやく白んできた空から、陽光がこぼれ、塔の光沢をきわだたせた。つるりとした骨組みをらせん状に束ねたようすが特徴的で、華美な装飾性はなく、しかしながら洗練された美しさをそなえていた。表面は透き通った暗色。その内部を、無数の光が規則正しくめぐっている。こうして間近に見上げると、その大きさは想像以上で、見上げても足りないほど高い。ガラス張りの自動開閉扉は、観光客が訪れるたびに門扉をひろげ、次から次へ人々を吸いこんでいった。
「予約が必要な見学会以外にも、一般的にひらかれている場所もあるので、そこを散策して、お昼ごはんを食べましょう」
***
中央制御塔の内部は、外で見た印象よりもはるかに開放的だった。観光客はもちろんのこと、それを明るく歓迎する人々の姿は活気に満ちている。休憩がてらに甘味を挟みながら、各階を散策し、――ソウ達は、七階の室内庭園に訪れた。
おどろくことに、七階は室内にもかかわらず、まるで外にいるかのように澄んだ空気と豊かな大地の香りがあった。球面天井には青空が投影され、自然光にかぎりなく近い暖かな光がさんさんとふりそそぎ、肌を温めてくれる。足元には青々とした美しい芝が広がり、道ばたを流れる小川には、小さな魚たちが泳いでいる。豊かな青色を歩くことを、ソウは楽しんだ。故郷とはちがうが、それでも、こうした緑と水のうららかな光景に触れるのは、久しぶりだったからだ。
「本当に外にいるみたい」
「ね。すこいですよね」ナギが明朗と笑った。
しげしげと観察しながら、ソウの興味はこのドリミアルの魔導機構に向いていた。故郷の憂国は、周辺諸国にくらべるとそれなりに発展した国だが、それをさし引いても、このドリミアルの魔導機構の発展ぶりは圧巻だ。この人工庭園をふくめ、魔導機構は地元住人にとって欠かせないものであり、あたりまえに利用されている。それこそ、ソウがいちいち感心しているものごとは、この都市の子どもから老爺老婆までとうぜん知っている。
(あれ、でも……)
庭園の端から、ドリミアルの都市を見渡したソウは、まばたきをした。
(これだけの機構なら、日ごとに消費する魔素資源は莫大なはずで……そのぶん、魔素や排出瘴素に寄ってくる魔種もいておかしくない。なのに……)
たいてい、街にはいくらか魔種対策のために防衛装置が備えてある。たとえば、投石機や据置式大型弩砲だ。しかし、この街には目立ってそういうものが見あたらない。
「ねぇ、ナギさん」
おもむろに、ソウは訊ねた。
「ドリミアルは、魔種に襲われたりしないのかな。まわりは〈白の境界線〉は魔種だらけだし、魔素や瘴素に寄ってくることもあるはずだよね」
「魔種に襲われないのは、この飛び石のような地形のおかげですね」
「飛行型の魔種は?」
「それについては、魔導技術による防衛機構――、ちょうどいいですね。あれを」
ナギが向こうの空を指さした。ソウと黒影が視線をむけると、はるか向こうに、ごま粒ていどの影が見える。飛行型の魔種、だろうか。ややあって、細い光がきらりと影を捉える。明滅。その小さな影はすっかり消えてしまった。
「魔導技術による防衛機構によって、半自動的に魔種を補足・迎撃できるのですよ」
「防衛まで、魔導機構で?」ソウは目を丸くした。
「ええ、ですから、ドリミアルは技術者が多いのです」
「いいなぁ、憂国にも導入できないかなぁ」
「魔狩の仕事がなくなっちゃいそうですね。――ただ、導入するにしても、魔素資源をどこから得るか、ということが一番むずかしいかもしれません。機構を制御する魔導術式が複雑になり、かつ大掛かりになるほど、たくさんの魔素資源が必要になるので」
「憂国は無理かも。魔素資源はほとんど輸入にたよってるから」
ソウは冗談半分に肩をすくませた。
その後、ナギがたまたま話しかけた老夫婦は、毎日この時間、健康のために散歩に来ているのだと和やかに笑った。彼らはここのバーガーを食べていくことを強く勧めた。たしか、バーガーはバンズと呼ばれるパンに、平たく焼いた牛ひき肉を挟んだもの……だっただろうか。ライが読んでいた雑誌に、そんな記述があった。ソウが過去の記憶をさらっているうちに、老夫婦はほかにはない美味しさがあると話し、さらに、若いころに二人でよく食べた思い出の味だ、と語った。
せっかく勧めてくれたのだからとその足で三人、店に向かう途中、ナギに呼ばれたソウは足を止めた。
「これですよ、これ」
ナギは、両手を広げ、その背丈より高い直方体を示した。つるりと表面を光らせるそれは、うすく透ける暗色で、その内部には光の線が規則正しく、無数に走っている。どことなく、この中央制御塔の外観を想起させる印象だった。おそらく、なんらかの魔鉱機器、あるいは魔導機器だろう。その表面――ソウの肘よりすこし低い位置で、渦を巻くように光が煌めく。光の粒が収束すると、それらは一本の線となり、手のひらのかたちをふたつ描いた。
「これぞかの有名な〈運命占い〉です」
ナギの言葉に、ソウは、へぇ、とうなずいた。
「なんとこの水晶部分に手のひらをあてると、その人の性格や深層心理、健康状態から金運、はては運命までもが、わかっちゃうという話です!」
「バカらしい」
胡乱げに言い捨てる黒影を前に、ナギは、
「チッチッチ」
と指先を振った。
「わかってないですねぇ。こういうのは、たとえ当たっていなくとも雰囲気で楽しむ娯楽なのですよ!」
ナギは有無をいわさず黒影の腕を引っ張ると、左側の手形へ。眉間のシワがいっそう深くなった黒影を素通りし、今度はソウの手をとった。
「ソウくんは右側にどうぞ」
「あ、俺もやるんだ」
「あたりまえじゃないですか」
言われるがまま、ソウは右側の水晶をふちどる手形に手のひらをのせる。ナギが離れたところで、ふぉん、といかにも、それらしい効果音が音響装置から響いて、光の粒が一度表面で拡散し、ひと息に集まった。収束した光が線となり、やがて波に変化する。内部で魔素回路がおびただしく光を運び、表面をすべる波が中央で重なる。
それらを横目に、ソウは訊ねた。
「で、ナギさんはどうしてそんなに楽しそうなの?」
「つまり、ですね」
もったいぶるナギを、ソウは半眼で眺めた。
「これで相性診断ができるわけです!」
「ああ、まあそういう話だよね」
「んもう、だからソウくん、ノリが悪いですよぅ。これでも、ちゃんとした測定器なのですよ」
「へぇ」
ソウは話半分にうなずいて――ふと、目をしばたかせた。
「ん? 測定器?」
「はい。測定器です」
「待って」
ソウは表情をこわばらせた。
「俺そういうのと相性わるくて、たいてい機器が壊れちゃうから――、」
そのとき、魔鉱パネルが不自然な点滅をした。
刹那。
《――……》
目を見ひらく。いま、なにか。
なにか、聴こえたような。
それはひどく懐かしい気がした。けれども同時に激しい違和感が生じ、懐かしさを迎合する心と、いますぐに逃げてしまいたい気持ちが相反し、おびただしく波うった。指先の神経が尖る。ちからが入る。ちがう。なにかがおかしい。ざわり。総毛だつ。この感覚には覚えがあった。これは体内魔素への干渉だ。たしかに、測定器ならこういったことがあってもおかしくはない。けれども、いままで経験したものとはまるで感覚がちがう。魔導武具とも、黒影とも、まるで異なるものだ。無機質で無遠慮で、それでいてもっと直接的な――、
《測定できません。正しい位置に手を置き、再度実行してください》
機械的な合成音声に、意識は現実へ引き戻された。
ナギは目をしばたかせ、ソウと黒影に手を置きなおすように言った。
「ごめんナギさん、俺、こういうのと相性悪くて。壊しちゃったらよくないし……」
ソウがしぶると、ナギはけらけらと笑った。
「なに言ってるんですか。相性が悪いのは、直接魔素を流しこまなければいけない魔導機器のほうでしょう? つまり、機器を使うときに、使用者の魔素を必要としない魔鉱機器なら、問題ないはずです」
ナギはソウの手を置きなおした。
「前、話を途中にしちゃってましたよね。たぶん、ソウくんが魔導機器と相性悪い原因って、ソウくんが保有している魔素の量だとナギは思うのですよ」
つまりですね。ナギは言った。
「ソウくんの魔素量に、魔導機器が耐えられないんです。魔導機器って、もともと魔導術が使えない人のためにつくられたものですから、最小限の魔素でいいように設計されてるんです。つまり、受け皿が小さい。だから、それ以上の魔素が一度に注がれると、機器が暴発しないように安全装置が作動して、故障しちゃうんです」
ソウの杞憂をよそに、ふたたび光が表面をすべりはじめる。――今度は、さきほどのように妙なことは起こらなかった。だが、やはり測定不能。そのあとも何回か測定しなおしたが、結果は「測定不能」から動かなかった。
最終的には、ナギ一人で測定してみたものの、それもまた測定ができず、故障かもしれないと、けっきょく係員を呼ぶことになった。係員はいくらか魔鉱機器を調べたあと、詳しく調べないと原因がわからないことを告げた。彼らはすぐに復旧が見込めないことを謝り、館内の飲食サービス券をさしだした。
ソウは「自分のせいかもしれない」と一度断ったが、係員は、そんなことはありえないと笑った。なぜなら、機器の不調はよくあることで、個人の魔素を必要とする構造ではなく、万一に使用者の魔素が機器に影響したとしても、いち個人で壊せるほどの動力基盤ではないという。さらにいえば、もしソウのせいであるなら、機器の魔素回路にその痕跡が残り、原因を特定するのも簡単だっただろう、と話した。
けっきょく、サービス券を受け取ることとなり、そのうちに技術職員が姿をあらわし、ソウ達は彼らが作業をはじめるのと入れ替わるように、その場から離れた。
その後、三人で昼食をとっているあいだに、〈運命占い〉が復旧したという旨の館内放送が流れた。ソウは内心安堵しつつも、植木の影で忘れられたように劣化した魔鉱機器を見つけたとき、自分の感情がそれだけではないことに気がついた。
(俺を呼んだあの声は――、)
あの瞬間に感じたどことない気味の悪さを、どうしてか忘れられずにいる。




