(一)正面玄関にて
ゴンドラから降りたその場所は、まるで星空の下にいるように錯覚させる。
ソウはエントランスホールの床一面を豊かに彩る象嵌細工に立った。よく磨かれていて、星空を模した球面天井が瀟洒で幻想的な光景をつくり出している。この空間がずっと下の見えないところまで、幽遠と続いているような……自分がどこに立っているのかさえわからなくなりそうだ。
「行きましょう」
ナギが温和な笑みを浮かべる。翡翠色のやわい微光と視線が合い、ソウもまた笑みを返した。足もとから向こうまで点々と淡く灯った魔鉱灯は、ここからの道筋を示すようだ。自動昇降機に乗ってさらに下ると、ドリミアルへと至る三連の大きな正面玄関が見えた。いよいよ近づいてくると、夜の冷たさを孕んだ風がほほに触れ、耳をなぞるように髪をさらって吹き抜ける。ソウは見上げるほど大きな正面口をくぐった。
「!」
光、光、光。光の明滅。光の色彩。鮮やかな光の氾濫だ。
圧倒されて、思わず大きく目を見ひらいた。
あまりにも鮮やかで、あまりにも眩しい。一面の、光と色の世界だ。開放的な夜空をとうぜんのように光の帯がかけめぐり、そこかしこに降りそそぐ。
ソウは、眼前の光景に目をしばたたかせた。
「すごい……これが遊覧都市ドリミアル」
「はい、そうです!」
飽和する光の色彩へ踊りでたナギはくるくると回った。ゆるやかに編みとめた亜麻色の髪も、なんの変哲もなかった旅装束さえも、いまは色とりどりの光に照らされて、彼が身をひるがえすたびにその色あいを鮮やかに変えてゆく。
「すごいね……こんな世界があるなんて、信じられない」
「正面口を出てまっすぐ前方にある建造物はスタジアム・オブ・フィーバー。いわば遊戯場であり、年中さまざまな催しがひらかれている、ドリミアル最大の娯楽場です。そのすぐ脇に抱えられているのが、メインストリートビル。こちらは複合型施設であり、一階は庶民にも優しいレストラン街。衣食住がそろい、そこから階が上がるごとにお値段もサービスの質もあがっていき――、」
ナギは人さし指を立て、腕を大きく振りあげる。
「上階にまで行くと、莫大なお金がとびかう賭博場。一文無しになりたいならここですね!」
「それはちょっとこまるなぁ」ソウは苦笑した。
「さらに、もうすこし歩くと、世界最大かつ最高峰の〈魔導遊園地〉。これこそドリミアルの象徴、夢の現実世界と呼ばれるゆえんです!」
夜空に、ひゅう、と細い音がこだました。それは流れ星を思わせる光の軌跡で、ひとつちがう点といえば、地面から空へ、大きく打ちあがったことだ。ドン、と大きな音が空気を圧倒する。弾けた光の珠は、花開くように夜空を彩った。ドン、ド、ドン。連続して光の花が咲き乱れる。端から細くほどけて、惜しまれるように消えるが、しかし、その寂しさに心移すよりもはやく、新しい光が次々と弾けた。
「これは、パレードの花火ですねぇ。いやぁ、あいかわらず盛大、盛大」
ナギが向こうを眺めながら、あっけらかんと声をあげた。
「さっきの映像もすごかったね」
ソウは到着の直前にゴンドラを包んだ光景を思いだした。案内放送とともにふっと暗くなったかと思うと、華やかで立体的な音響とともに色鮮やかな映像が展開した。ドリミアルが三大観光地と呼ばれる所以やそれぞれの名所が一面を彩り、まるで自分が映像のなかへ融合してゆくような心地で、躍動感にあふれる体験だった。
「そういえば……あの映像に映ってた人、ナギさんに似てたよね。ほら、とちゅうでなにかの施設……魔導建築かな。その廊下を歩いている人たちがいたでしょ?」
「? そんなのありましたっけ」
ナギは首をかしげた。
ソウもまた、首をかしげる。
「気のせいかなぁ」
「まぁ雰囲気が似てる人なんて、いくらでもいますよ」
「だね」
ソウは笑みを返し、黒影を見やった。彼女は切れ長の目を細めながら独り腕を組んでいた。色とりどりの光には目もくれず、なにか考え事でもしているかのようだ。
「どうしたの?」
「……いや」
黒影にしては、めずらしく歯切れが悪い。もっと言うなら、考え事にほとんどの意識を使っていて、返事が片手間になってしまったような印象を受けた。
「なにか白昼夢のような……懐かしい? 声。声だ。しかし、いったい……」
「おーい、黒影?」
目の前で手を振ってみるが、彼女の意識はみじんもこちらへ向かない。残念ながら、相手にしてもらえないようだ。ソウが肩をすくめると、そんなようすも気にせずにナギが声をあげた。
「もうこんな時間ですし、パレードを見るのは明日以降にして、まずは宿泊先を確保しましょう! と、いうわけで、移動のために切符を買ってきますね~」
「ええ」
待って、と引きとめるよりも早く、ナギは旅装束を軽快に揺らして人混みへ消えてしまった。
「まいったなぁ」
後ろ頭をかく。
「えっと、黒影。とりあえず、ナギさんを待っとく……で、いいかな?」
「うるさい黙れ」
ソウはふたたび、肩をすくめた。
罵倒が返ってくるなら、まぁ大丈夫だろう。




