(四)彼の話
ひとまずの休息を必要としたソウたちは、その場から離れ、山岳地帯のふもとへ身を寄せることにした。そこでは、惨劇から逃げのびていた多くの冒険者たちが寄りあって、一時的な集会所をひらいていた。黒影は着いて早々、天幕で毛布にくるまり、ほかの冒険者たちは快く迎え入れてくれた。とりわけ、ナギに対する反応は顕著だった。
ナギの姿をみた冒険者たちはみな、ナギが無事であることを心から喜び、中には両手をにぎり、涙を流しながら頭をさげ、感謝をしめす者もいた。いわく、ナギのおかげで、こうして逃げのびることができたのだという。
彼もまた、冒険者たちが無事なようすを見て安堵したように微笑んだ。そしてすぐに傷病者――とくに重症の患者や、瘴気症の初期症状がみられる人々の処置をはじめた。ソウもまた、それを手伝った。身体は疲れ果てていたものの、どうにも人手がたりなかったからだ。さいわい、ソウには瘴気症の初期症状はなかった。
ソウは傷病者の処置を手伝いながら、明朗とほほ笑む彼の横顔をしばしば見つめていた。亜麻色の髪が邪魔にならないようひとまとめにした彼は、魔幽大陸の言葉でやわらかく声をかけながら、安堵させるようにゆっくりと話し、ていねいに、そして手早く、的確な手当てをほどこしていく。いつもお調子者で、どこか頼りなく、泣き虫で気弱、といったようすは、どこかへ息をひそめてしまったかのように、まるで見られなかった。
いまの彼には、頼ってもいいと思わせるような大きな安心感と、弱みをみせても許されるような優しさがあり、慈愛に満ちている。
彼が人々にどんな言葉をかけているのかはわからなかったものの、きっと励ましや憂慮だろう、とソウは思った。
ひと通り終わったころに、二人はようやく馬車の荷台へ身体を投げだした。
「もうくたくた」ソウは深く息をはいた。
「俺もです」
彼はへらへらと笑いながら、大きく息をついた。
「もう、手足が棒きれにでもなった気分ですよぅ」
ソウは同意を示しながら、「で、ナギさん。あの時、いったいなにがあったの?」と訊ねた。
「それはですね……」
彼が話すには、こうだ。
夜中に異変を感じたナギは、まず補給地点を担う移動民族の長へ話をしに行ったらしい。一刻も早く離れるべきだと言ったものの、長は「そんな必要はない」と、まったくとりあってくれなかった。それも仕方のないことだった。ナギには明確な根拠を話し説得するための情報が足りなかった。移動民族にとっては、十年に一度の大きなかき入れ時であり、そんな根も葉もないよそ者の話を信じるわけにはいかなかった。
ナギはちかくにいた冒険者たちにいくらか話をして逃げるようにすすめたものの、やはり反応はまちまちだった。ひとまず黒影とソウに話をしようと思い、急いで天幕に戻ろうとしたところで――、あの粘性魔種が補給地点を襲った。粘性魔種は見る間に肥大化し、あの倒木に取り残されてしまったナギは、目の前で流され呑みこまれていく人たちを助けることもかなわず、あそこで泣いているうちに瘴気にやられて、倒れてしまったのだという。
「身体は大丈夫?」ソウは訊ねる。
「ええ、まぁ」
やわらかにうなずく声色は、いつもよりもずいぶん沈んでいるように思えた。やはり疲れているのだろう。
「ナギさんが無事でよかったよ。この馬車も、先に逃げた冒険者の人たちが、移動させてくれてたんでしょう? ナギさんのおかげだね」
ソウは、場の空気を明るくするように言った。
「でも、ナギさんが雷撃を受けてひとつも怪我をしなかったのは、びっくりしちゃった」
「ああ、それについては……」
彼は寝ころんだまま、ややあって、左袖をたくしあげると、赤い宝石が象嵌された腕輪を示した。たいていどんなときでも身に着けているもので、ソウにとってももう見慣れたものだった。
「ええと、これ。実は魔導具なんです」
「魔導具って、古の遺物⁈」
ソウは思わず、身体を起こした。
魔導具といえば、魔導時代に作られたものであり、崩壊した文明の超常技術の結晶だ。現代では希少も希少。いわば幻の品であり、オークションに出せは一生遊んで暮らしてもありあまるほどの富を得られるという。冒険者たちがこぞって魔導時代の遺跡へおもむくのは、この一攫千金を狙っているからといっても、過言ではない。
「なるほどね」
ソウは脱力しながら、まただらりと身体を仰向けに倒した。
「内緒にしていてごめんなさい」
「いや、黙ってて正解だとおもうよ」
おいそれとこの事実を明かしてしまえば、なにが起こるかなんて目に見えてしまう。それこそ、魔導具に目が眩んで、だまくらかしてやろうという人間だっているはずだ。
ナギがいまのいままで黙っていた理由も、うなずける。
「むしろ、ちょっと安心したかも。ナギさんって、知らない人に騙されちゃいそうだなって思ってたから」
「それは……」
彼は、すこしばかり言いよどんだ。
「まぁ、そうかもしれません。俺はあまり、人をうたがったりしないので」
「ナギさんの良いところだよね。尊敬する」ソウはいちどあくびをして、「もう寝ようか」と提案した。彼もまた、「そうしましょう」とうなずいた。そのあともいくらか話をしたような気がするが、はやいうちに寝落ちてしまった。
***
翌朝。めいめいに支度を整える冒険者たちからすこし離れたところで、ソウ達は三人でお茶をかたむけていた。
「それで、」
朝食を終え、お腹もおちついたころに、ソウはあらためて向き直った。
「話って?」
「ソウくんのことについてです」
「俺の?」
ソウは首をかしげた。鍋で沸かした茶をそそぎ、黒影へ手渡す。それまでじっと黙りこくっていた黒影は、片眼をうすくひらいて受けとった。
「ソウくんは、おそらく魔導武具がなくても、雷撃をはなてるようになったはずです」
「どういうこと?」ソウは眉根を寄せた。
自分の手を見つめ、ふと想起したのは、先日、雷が一帯を蹂躙し尽くし、ソウの身体をも焼きつけズタズタに裂いた生々しい痛みだった。痛みがぶり返したような気がして、おもわず顔をしかめてしまう。ぴり、と刺すように弾ける痛みを感じたとき、ほんのわずかな光が瞬いた。
「!」
「やはり」彼は神妙な面差しでうなずいた。さらに、本来はこういったことはあまり起こらないのですが、と前置きをしたうえで、言葉を続ける。
「これは先日ソウくんに起こった魔素の暴走――いわば、魔素の〈発露〉によるものです。そして、先刻、粘性魔種を相手に魔導武器で放った〈雷撃〉が、ソウくんの思う以上の範囲に及んでしまった原因も、この〈発露〉が原因でしょう」
「〈発露〉?」
訊きかえす。
「動植物含め、生命活動を行う多くの種は体内に魔導元素――通称〈魔素〉保有し、それらが血液と同じようにめぐっているということは、ご存知ですよね?」
「うん」ソウはうなずいた。
魔素は人の身体に吸収され、めぐり、そしてあたりまえに出ていく。魔素がめぐることは、呼吸と同じくらいに自然なことで、それは多くの人々が知っている現代の常識でもある。
「その体内の魔素が、なんらかの刺激や変質をともなって体外へ排出されることを〈発露〉といいます。そうして放出された魔素は〈魔導力〉として、さまざまな現象を引きおこします」
「俺の場合だと、雷撃が〈魔導力〉ってこと?」
ソウが寝不足で痛むこめかみをすこし押さえているあいだに、彼は「ええ」とうなずいて、立ちあがった。お玉を手にとって、鍋をくるくると混ぜる。空っぽになった湯呑へお茶をそそぐ。明け方の寒さに急かされるように、ふわり、と湯気がたちのぼった。
「ちなみに、今ある魔導武具の元になった〈原初の魔導武具〉が、魔導時代に、人類が魔族との戦争に備えて製造・量産されたものだということは、お二人ともご存知ですよね」
「うん。それを改造・調節して、現代の人間があつかえるようにいまの魔導武具のかたちなったって、習ったよ」
「それには、魔導術式が使用されていることも?」
「魔狩ならだれでも知ってるよ。術式は、魔導技術に欠かせないものだからね」
魔導術式――言ってしまえば、それは魔素の運用指示図だ。
規定の要素を軸に魔素回路をつなぎ、それに魔素を流すことで、一定の効果――たとえば、火をおこしたり、魔鉱灯のように周囲を照らしたりなど――を得られる、という仕組みだ。
「有機的かつ複雑な魔導術式は、その時代、人々が魔導術を広く使うべく形態化された実に素晴らしい発明だったわけです。しかしながら、術式はあくまでも仕組みでしかない」
「魔鉱石みたいに、動力源がないと意味がないってこと?」
ソウが訊ねると、彼は「逆に言えば」と指を立てた。
「動力の源――魔素さえあれば、術式や魔鉱石がなくとも、人力ではとうてい起こせないような超常的な現象が引き起こせるわけです」
「は?」
ソウは思わず声をあげた。
ずずとお茶をかたむけ、ひと息ついた彼は、すこしばかり視線を流して、うしろ頭をかく。
「現代でそれができる存在なんて、せいぜい神子さまくらいのはずなんですけどねぇ」
「神子さまって、神珠族の?」
神の遺した種子から生まれる非常に稀有な種族。それが神珠族だ。彼らはみな、瘴素に侵されない身体をもった生まれながらの英雄であり、それぞれが人智を超えた特異な能力に恵まれている。
「ええ。たとえば、〈炎の英雄ジン〉なんてわかりやすいんじゃないですか?」
「それは、知ってるけど……」
〈炎の英雄〉ジン――それは、誰でも知っている実話であり、人々が憧れる英雄譚だ。ちょうど、ソウが子どものころに起こった歴史的な出来事で、白色に蝕まれてしまった神の樹を救ったその英雄は、瞬く間に世界へ熱狂の渦を巻き起こし、正義と希望の象徴となった。わずか数年で絵本となり、いまでは孫の誕生祝いに祖父母が贈るのが定番になっている。
絵本では、その英雄が宝石のような種から、精悍な青年の姿で生まれる場面から始まっていた。
とりわけ有名なのは、国を陥れようとした〈謀りの魔族〉と相対する決闘シーンだ。謀略によって、正義の御剣を折られてしまった神子ジン。窮地に陥った彼は、しかし、その正義の御旗のもとに、立ちあがる。愚弄する魔族の胸に、折れた剣を突き立て、こう言いはなった。
――たしかにこの剣は、愛する者を、故郷の国を、そして世界を背負っている。なれども、その象徴たる剣が折られたからと、愛する者を、祖国を、そしておれに希望を託していった者たちを愚弄された事実を、いったいどうして許せようか。
――この炎があるかぎり、この身は、この心は、決して尽きぬ!
神子ジンが、竜の如き轟炎をはなつこの場面は、大胆な筆致とともに見開きで大きく描かれ、絵本だけでなく、演劇などの舞台や絵画、詩歌の題材としても広く語られている。
ことり。湯呑を置いたその音で、ソウの意識は現実へ引き戻される。また、こめかみがズキズキと痛みだして、指先で軽くおさえた。
「で?」
続きをうながすと、彼はうなずいた。
「神子ジンがあつかう炎は、術式を必要としない魔素の発露によるものでしょう」
そこまで聞いて、ソウの身体はわずかに強張った。……嫌な予感が、したからだ。なにかが噛み合ってしまいそうな。それでいて、ひどくズレてしまっているような。
「つまり」
やわらかな声が、いやに明瞭として響く。
「神子ジンの炎と、ソウくんが先日、魔導武具なしで放った雷は、おんなじ原理ですね。言ってしまえば、遥か昔、魔導時代の崩壊とともに失われたという魔導術そのものです」
「待って」ソウは説明をさし止めた。思わず声が揺れる。
かの英雄のようなちからと言えば、たしかに聞こえはいいかもしれない。だが、現実としてとらえるなら、それはあまりにも――。
ガンと頭の奥を打ちつけるような痛みに、ソウは眉根を寄せた。こめかみを押さえながら、それでも言葉を続けたのは、黙っていられなかったからだ。
「それが本当なら、これって、かなりまずいんじゃ……」
黒影もまた、気難しそうに目を細めていた。彼女はなにも言わずに口をひき結んだままでいたが、おそらく、ソウと似たようなことを考えていたのだろう。眉間に深くシワを刻んだまま、頬杖をついている。
「いやぁ、さすがですね。お二人とも察しがいい。まさに、下手をすれば国家間の均衡を崩してしまう――なんて、それどころではすまないお話です」
ソウは愕然と目をみひらいた。頭を振ると、さらに痛みがひどくなる気がした。とうてい信じられる話ではない。幼いころから知っている英雄と、似たようなちからを持っている、なんて。
(そんなバカみたいな話があってたまるか)
奥歯を噛んだ。思考が軋む。ズキ、とまた痛む。
「兄が喜びそうな話だ」
おもむろにさしこんだ黒影の嘆息に、ソウの思考は止まった。ややあって、こちらの視線に気がついたらしく、彼女はすげなく注釈を加える。
「ワタシの兄は魔導関係――とりわけ、魔導遺物の研究者だ。その手の話には喜んでとびつくだろうよ」
「ああ、それで、黒影ちゃんは」
彼の亜麻色の髪が揺れる。
「いえね、前々から、思っていたのですよ。やけに詳しいなって――なるほどなるほど、そういうことでしたか」
「ワタシとしては、キサマの知見がどこから得たものか、はなはだ疑問だが。一介の旅人風情が、研究途上のものごとついて、それほど仔細に――、」
「なんたって、俺は旅人ですからねぇ」
あからさまなつき返しの言葉は、固持として、黒影の疑義に答えるつもりはないことを示していた。しばしのにらみ合いが続いたが、これ以上は無駄な問答だろうと、黒影は諦めたらしい。
ひとつ息をついて「続けろ」とうながすと、それに対して、彼は翡翠の瞳をやわく細めながら、依然としておだやかな語調で
「さて、前置きが長くなってしまいましたが、本題はここからです」
とゆるやかに話しはじめた。
「発露してしまった以上、ソウくんは魔導武具を介さずに――つまり、魔導術として、魔素をあつかえるようにならなければいけません」
「ちからの制御ができるようになれ、ってこと?」
「ですです」
彼はうなずいた。
「このままではソウくんの命にかかわりますし、下手すると……」
「まわりの人間もふくめて、諸共焼き焦がすだろうな」
黒影がすげなく言った。
「もう、黒影ちゃん、言いかたが悪いですよぅ」
「ううん。事実だから」
ソウは苦笑した。
「でも、なんでだろう」
思案。ソウは父と母の間に生まれて、ごくふつうに育ってきた。種から生まれた神珠族とはちがう。どうして言いきれるのかというと、神珠族は、その特異な出生と異能のほかに、もうひとつ、ふつうの人間とは明らかにちがうところがあるからだ。
神珠族は、身体の一部に、かように美しい宝玉を宿しているという。実際に見たことはないが、この話もたいていの人が知っている。もちろんソウの身体にそんなものはない。
「たしかに、不可解ですよね」
ソウの疑問について、彼もまたうなずいた。
「魔導武具も魔鉱石もない状態で、そのまま〈発露〉できてしまうほどの膨大な魔素を、ソウくんは持っているわけです。これは、特異体質というべきか。しかし……」
彼の言葉が、ふつ、と途切れる。その一瞬、翡翠色の瞳はなにも映していないようなようすで、ぼう、と曖昧になり、音をなくしたくちもとはうすくひらいたままでいた。
「ナギさん?」
ソウは近づいて、肩をかるくたたいた。
「ナギさん、大丈夫?」
おもむろに。
指先がぴくりと動いて、ナギがまばたきをした。さらに、もう何回かまばたきをくりかえし、ようやく、翡翠色の瞳に光がもどる。ややあって、またいつも通りの温良とした笑みが浮かび、同時にこまったように眉根が下げられた。
「――……えっと、ナギは、なんの話をしていましたっけ?」
ソウと黒影は、顔を見合わせた。
ナギはしばしば、こういうことがある。それまでごくふつうに話していて、とくべつなにか起こったわけでもないのに、ふと、それまで話していたことも、なにをしていたかすらも、すっかり忘れてしまう。ナギいわく、こまったことにまるで思いだせないらしい。気がついたら、周りの人が心配そうに、あるいはたいそう驚いた表情をして固まっているから、そこでようやく、なにかがあったことを悟るのだという。ナギが夜更けに、なにかを書きつけているのは、身近にいる人のことを、まるっきり忘れないようにするためらしい。ソウはしばらく前に、ナギがもっている白紙ばかりの書を見せてもらったことがある。そこには、ソウと黒影のことも記してあった。
「えっと、ごめんなさい」
ナギはまた謝った。ソウは笑みを見せて、気にしないで、と伝えると、魔導術式や発露について聞いたということを、かいつまんで話した。
「で、制御できるようにならなきゃいけないねって、」
「ん~……」
ナギはしばらく視線をめぐらせたが、ややあって、こんどは気恥ずかしそうにはにかんだ。
「あはは、忘れちゃいました。ごめんなさい」
「ううん、大丈夫」
笑みを返すと、ナギがほっとした表情をみせる。
「それじゃあ、ナギは制御方法についてお話すればいいんですかね?」
「うん、お願い」
抜けがあったら教えてください。そう言って、ナギはまた話しはじめた。
「ソウくんがおこなうべき訓練はおもに二段階です。目的は、魔導武具なしで雷撃をあつかえるようになること。つまり、ソウくんがもっている膨大な魔素が、先日のように暴発・暴走しないようにする、ということです」
「大事なことだね」ソウはうなずいた。
「一段階目は、制御訓練です。範囲や量を調節して雷撃をはなつ、ということです。ソウくんは普段から魔導武具をあつかっているので、これは、すぐできるようになると思います」
「次は?」
「二段階目は、収束訓練です。最大限の力で雷撃をはなって、それを収束させます。しかし、これには問題がひとつ……」
「問題?」ソウは首をかしげる。
ナギはややこまったように視線を泳がせている。
「ソウくんの魔素量は、膨大です。それはもう、信じられないくらいに。いえ、たしかに魔導武具であんなふうに、広範囲へ雷撃を放てるんですから、そりゃそうなんですけど」
「よくわからないけど、膨大だとなにがこまるの?」
「収束させるのが難しいんです」
ナギは言った。
「わかりやすく例えるなら、そうですね。川を想像してください」
懐から書物を取りだすと、ナギは白紙の頁を広げた。万年筆をとりだし、インクのふたを開く。紙面にペン先をすべらせ、ゆるやかで細い線を描いた。
「たとえば、川の流れがすくなく穏やかだと、せき止めるのは簡単ですよね。しかし、これが激流になると、どうでしょう?」
「……川の流れが穏やかなときと比べると、難しいね」
「その通り!」
ナギは前のめりに、身をのりだした。
「一段階目の制御訓練は、ソウくんにとって簡単でしょう。放出する量が少ないほど収束も簡単です」
「でも、もしこの前みたいに暴走してしまったら……」
「激流と同じです。だからこそ、二段階目の収束訓練が必要になります。いわば、疑似暴走。意図的に、雷撃を暴走に近い状態にもっていって、そこから、どうにか収束させる」
「できるかなぁ?」ソウは苦笑を浮かべた。
「ええそうでしょう不安でしょう」
ナギは鷹揚とうなずき――、
「そこで提案です!」
ひときわ大きく、明るい声が響いた。その瞳は、まるでいまから言うことがとても革新的であり、かつこれ以上の最善はないと確信しているとでもいうように輝いている。
「ひとりで収束させることが難しいなら、感覚をつかめるようになるまでのあいだ手伝ってもらえばいいのです!」
「ナギさん。その言いかたは、嫌な予感がする」
ソウは半眼でナギを見つめた。
「俺、聞きたくない」
しかし相反して、ナギの瞳は輝きを増すばかりだ。ぐっとこぶしを握りこみ、足を一歩踏みだし、ソウの眼前で鼻息荒く声をあげる。
「黒影ちゃんといっしょなら!」
「嫌だ」ソウは半眼のまま言葉を返した。
「黒影ちゃんにお願いして!」
「嫌」
「黒影ちゃんとの共同作業で!」
「「断る! 誰がこんなヤツと!」」
瞬間、黒影と声が重なった。そして同時に立ちあがっていた。顔を見合わせる。黒影もまた、たいそううんざりしたようすで、くちもとがへの字に曲がりきっていた。
「ほらぁ仲良しじゃないですかぁ、んもう」
「……ソウ、この綿毛はワタシが斬る」
「黒影」
ソウはため息をこぼしながら、ややぞんざいに黒影を諫めた。
「さすがに斬るのは人としてどうかと思うから、代替案として一回記憶をトばすくらいでどうかな」
「実に不服だが、コイツを潰すことが先決だ。それで手を打ってやろう」
黒影は鞘ごと大太刀をかまえ――、
「二人そろっていじめないでくださいよ! ナギ泣いちゃいますよ?」
ナギは涙目で叫びながら、岩の影に隠れた。
「……まぁ冗談だけど」
ソウは咳ばらいをしながら腰を下ろした。半分だけ顔をのぞかせたナギの疑いの目は無視する。黒影はフンと鼻をならして、ドカリとあぐら胡坐をかいた。
「あの体内の魔素に干渉するってやつ、俺としては避けたいな」
ソウはお茶をそそぎながら、片手間に言う。
「妙なかんじがするし、黒影の身体に負担がかかるのも心配……って、ナギさん。なんで笑ってるの?」
半眼で見やると、ナギはうって変わってにこにこと上機嫌な笑みをうかべている。否、上機嫌、というとすこしばかりちがうだろうか。どちらかというと、子どもを微笑ましく見守るような、それでいて、いたずらが成功した子どものような、そんな印象がないまぜになった笑みだ。
「……相性、悪くなかったんですね。」
ふくみのある言いかたに、ソウは眉根を寄せた。となりに座っている黒影は黙したままだが、彼女の細い眉もまた、片側だけぴくりともち上がったのが見えた。
「その言いかた、嫌なカンジがするんだけど」
「ソウくんと黒影ちゃんの魔素性質の相性は――――ばっちりです!」
「「こんなヤツお断りだ!」」
ソウと黒影は同時に立ちあがって、叫んだ。




