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(八)道筋

 晴れた空の日差しは、目に痛いほどまぶしかった。

 カンカンと叩くような音や、なにかの駆動音が街のあちこちで響いているのは、パラサイトモスの幼虫に食べられてしまった建物を修繕しているからだ。古く錆びていた手すりに、新たな手すりがはめこまれてつながれる。壁に補修材を縫って、そこだけ新品のように生まれ変わる。きっと長い間、この街はそうしてきたのだろう。毎年同じことをくりかえし、来年も同じようにいくつも新しいものにして、変わっていく。


 さすがに数日も経てば、パラサイトモスの死骸もすっかり回収されていて、今は清掃業者が大通りを中心に仕事をしているのが見えた。

 空気の入れ替えが終わったころに窓を閉めると、ソウは乾いたばかりの上着に袖を通した。襟元をもちあげるように、全体の調子を整え、順番に留め具をかけ、襟元の金具を留める。ベルトを締めて、サイドテーブルに置いていた猫の面を手に取ると、赤い八打ちの紐を腰のベルトループに通して手早く結わえた。いつも通り、二刀一対の片刃曲刀をせおい――、

「戻りましたぁ! ナギです」

 客室の扉がばんと開いて、亜麻色の髪が大きく揺れた。

「ああ、ナギさんおかえり」

 顔をあげて、笑みを向ける。両手で袋をかかえたナギは、どこか浮かれたように鼻歌をまじえて荷物をおろした。

「どうだった?」

「おかげさまでホクホクですよ。支度金でひと通り物資も見つくろってきて、あとは、食料を多めに持っていくので、今回は小型の馬車もおさえておきましたよ!」

 得意げに胸をはるナギに、ありがとうと伝えると、彼は「それほどでもぉ」と照れくさそうに頭をかいた。と、思いだしたように「ソウくんは、もう、大丈夫なんですか?」と訊ねてきた。

「うん。もう平気。動けるよ」

 ソウは笑いながら、思ったよりも傷は浅かったみたい、とつけたした。

 遅れて部屋に入ってきた黒影は、彼女の胴体よりもはるかにまるまるとした袋を抱えていた。

「わ、大丈夫?」

 ソウはあわてて駆けより、荷物を下ろすのを手伝う。

「ごめんね、任せっきりにしちゃって」

 謝るソウに対して、黒影はこちらを一瞥(いちべつ)して、ふんと鼻を鳴らしただけだった。いつも通り、眉間にシワが寄っている。



***



「ではでは、これから第一回〈白の境界線〉踏破会議を開催しまぁす!」

 声高らかに、つま先を立ててくるりと回ったナギは、ばっ、と両手を大きく開いて、その場でばらりと地図を広げた。

「さて、これからナギたちが足を踏み入れるのは、白の境界線――魔幽(まゆう)大陸と、水瑠(すいる)地方を隔てる一帯です」

 ナギは魔幽(まゆう)大陸と水瑠(すいる)の境界を、指先で大きく、ぐるりと囲む。

「前にも言ったように、白の境界線には魔化した動物、白亜化した植物群が存在し、常に瘴素(しょうそ)を発しています。なので、霧晴(きりばれ)といっても、どこも瘴素濃度は、一般的な生態系とくらべると高いのですが……」

 ふところから取り出されたいくつかの石ころが、地図上にならべられた。

「この中で瘴素濃度の薄い場所がいくつか選ばれ、補給地点としてひらかれます」

「これが補給地点?」ソウは訊ねた。

「今年は六ヶ所。補給をしながら進むので、最低でも一ヶ月ちょっとかかります」

「けっこう長いね」

 するとナギは

「距離だけなら、短いんですけどねぇ」

 と軽く息をついた。真面目な顔をして、指を立てる。

「さて、道中に気をつけなければいけないのは、なによりも瘴気症です」

 それからナギは、三つの大切なことを話した。

 一日に一回、必ず薬草を煎じて飲み、予防を第一にすること。

 不調を感じたらすぐに相談し、瘴気症の初期対応をすること。そして――、

「道中は魔種除けの香草を必ず焚くこと、です」

「魔種をできるだけ避けるってことだね」

 ソウがかみくだいて言うと、ナギはうなずいた。不服そうに舌打ちをしたのは黒影で、だからといって、彼女はとくべつ何かを言ったりはしなかった。

 ナギは指を立てる。

「特に怖いのは、魔種によって負傷した場合です。周辺の瘴素濃度が高いので、いっきに白亜化してしまう可能性もあります」

 翡翠色の瞳が、こちらに向く。

「特にソウくんは、先日、魔種によって負傷しました。薬草を煎じたとはいえ、重ねて負傷するのは、とても、本当に危険です。気をつけてください」

「わかった」

 ソウは真剣な面持ちでうなずいた。腰に提げた猫の面に指先が触れて、小さな鈴の音が警鐘を鳴らす。手もとにはもう、|携帯用緊急注射剤《〈ワィトフォーワィト〉》もない。

「さて、補給地点を三つ経由してから、次に向かうのは、遊覧都市ドリミアルです」

「〈白の境界線〉の中に街があるの?」ソウは訊ねた。

「ここはとくべつなのですよ。窪地(くぼち)になっていて、ゆいいつ瘴気の影響がおよばない場所なのです。夢の都市とも呼ばれるドリミアルは、世界三大観光地のひとつでもあり、もちろん人が居住しています。こちらの詳しい説明は、おいおい」

 ナギはさらに指をすべらせた。

「そして、そこからさらに進むと、かの有名な魔導遺跡バリアブルがあります。この手前の補給地点は行きません。その代わりに、少し迂回(うかい)したところにある補給地点に立ち寄ります」

「わざわざ迂回するの?」

「ええ、一攫(いっかく)千金を狙って多くの冒険者が訪れるバリアブルの補給地点には、瘴気症を(わずら)った冒険者が緊急的に運ばれてきます。薬草や食料も含め、物資は困窮(こんきゅう)し、治安もそれほどよくないので……魔狩であるお二人にはとてもおすすめできません」

 なるほど、とソウはうなずいた。水瑠(すいる)地方から流入してきた冒険者も多くいるとすれば、魔狩のことはとうぜん知っているはずだ。どんな理由であれ、冒険者の領分に魔狩が現れれば、とうぜん良い顔はされないだろう。

「そして最後の補給地点をへて、無事抜けることができれば、水瑠地方に入ることができます」

「じゃあ、合計五つの補給地点とドリミアルが、俺たちの立ち寄る場所になるんだね」

 ソウは、それらを指でなぞった。魔幽(まゆう)大陸に来てから、今日までですでに三ヶ月以上。ここから一ヶ月とすこし歩けば、ようやく、故郷への道筋が見える。

 言ってしまえば、ここをどうにか抜けることができなければ、もう十年、魔幽(まゆう)大陸に留まることになる。死んでしまえば故郷には帰ることも叶わない。ライに会うこともできなくなる。

(なんとしても抜ける)

 りん、と鈴の音がソウのかたわらで鳴った。

「ではでは、目指すは水瑠(すいる)地方の流国(ながれぐに)。三人いっしょに、がんばりましょう!」

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