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(五)煙る街並

 鈍色と赤褐色ばかりのまだらな光景を、黒影は喫茶店のテラスから俯瞰(ふかん)していた。

 鉄の軋む音がつねに存在しており、昼夜関係なく駆動音と振動が身体に響く。街の各所から煙がたちのぼり、すんと鼻を鳴らすだけで、鼻孔から濁った空気が肺をいっぱいにして、侵していく。油のにおいだけで腹が重く満たされてしまう。――ここはそんな街だ。

 手もとのテーブルに置かれたグラスの水は細かくふるえている。最初にひとくち飲んでみたものの、一帯にたちこめる鉄と油の臭いのせいか、どうにも苦く感じられて飲めたものではなかった。これならば、ナギの煮出したよくわからない野草の煮汁のほうがまだ飲める。

 ふと、向かいで果実ジュースを飲んでいたナギが、ぱっと顔を上げた。最後の一滴を飲み干して立ちあがると、軽快にかけだして、となりの武具屋へ。出てきたソウを出迎え、二人ならびんでテラス席まで戻ってくる。

「お待たせ。待っていてくれてありがとう」

 この街にはなじまない、初夏の風のように爽やかな声とともに、ソウは安逸と表情をゆるめる。

「それで、魔導武具はどうでした?」ナギが訊ねた。

「魔鉱技術語が通じたから、やりとりはこまらなかったんだけど……」

 ソウは苦笑した。

「魔素回路の損耗が激しいらしくて、預かってもらうことになってさ。けっこう乱暴な使いかたしちゃったからなぁ。しかたないけど、やっぱり実費だと修理代が高いよ……」

 とほほ、とわかりやすくうなだれる。申しわけなさそうに眉根を下げて、ナギをうかがい見た。

「それで、一週間くらいかかるらしいんだけど、大丈夫かな?」

「なら、せっかくですし、ゆっくりしましょう。観光もいいですし……そうだ。自然の鉱山温泉もありますよ」

「温泉かぁ。身体に火傷の痕があるから、そういうところには行くのは周りの人に申しわけなくて……」

 ちいさく頬をかくソウの手には、はっきりと残る火傷痕がある。魔狩であれば、その痕が魔導武具の使用によってもたらされたものとすぐに思いいたるだろう。それは魔導武具の性質上、その性能如何(いかん)によって、副作用と呼ぶべき欠点が存在しているからだ。


 魔導武具は、その特徴によって、攻撃型、防御型、支援型の三種類いずれかに分けられる。もちろん、これはきわめて便宜(べんぎ)的な分けかたであって、実際には魔導武具をあつかう人間によって引きだせる性能は変わり、中には、複合的にさまざまな性能をあつかう魔狩もいる。これについても、詳しいところを言いはじめればきりがない。

 ともかく、ソウのように、雷撃――雷などという、(すさ)まじく強力という意味で、およそふざけた属性をあつかっている魔狩などほかに見たこともないが――や、他にも水、炎、風などといった、決定打となりうる、ある意味で魔種のように、自然法則を無視した超常的な特殊攻撃を可能とするモノが、まさに〈攻撃型〉と呼ばれている。

 そして、魔導武具が、世界連盟によって〈人の手にあまる兵器〉であると定められているように、これらをあつかうとき、使用者はつねに薄氷を踏んでいるといっても過言ではない。

 攻撃型だけを例にとっていうならば、魔導武具の超常的な能力をあつかうとき、使用者自身も、下手をうてばその超常現象にまきこまれる可能性がある、ということだ。――魔獣ダイオウルフの大規模討伐作戦で、ソウ自身の身体をも焼き焦がした、あの凄まじい雷撃のように。

 事実、攻撃型の魔導武具をあつかう魔狩の中で、その特殊攻撃によって死亡する例は、白亜化に次いで多い。


「あんまり見目のいいものじゃないからね」

 ソウは苦笑するも、痛ましそうなナギの表情をうけて、でもね、とつけたした。

「魔狩として――誰かを護れたんだ、って思えるから、けっして悪いものじゃないよ」

 手のひらを見つめていたソウはまた、笑みをそえる。垂れた横髪を耳にかけなおし、今度はすこしこまったような、どこか申し訳なさそうな、ひかえめな笑い方へさし変えた。

「本当は、こんなふうにならないように護れたら、それが一番なんだけど」

「……」

 黒影は抱えていた大太刀を担ぎ、椅子から立ちあがった。ナギがいたわりを口にしたらしかったが、もう耳には入らなかった。会話を右から左に流しながら椅子を戻し、からになったグラスを持って店先へ。回収トレーにグラスを置いて、(きびす)を返す。

 なんにせよ。魔導時代の遺物を、現代の人間がどうにか使用できるように、半ば無理やりに調節・改造したものが〈魔導武具(マナシリーズ)〉であって、解明されていな点が多く、それはつまり、不確定な危険がつきまとうことに他ならない。本来、魔導武具は人間が手にするような代物(しろもの)ではない、というのが、黒影の見解だった。

 もっとも、魔導武具がなければ、いまごろダイオウルフのような魔種が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)し、国へ多大な損害を与えるか、あるいは滅ぼしていただろうということもまた、想像に(かた)くないのだが。

 先ほどの席へもどると、いつのまにか話題はころりと変わっていて、どうやら二人は――主にナギはたいそう盛りあがっているらしかった。

「というわけで、遊びましょう!」

「そうだね。――あ、これ、さげても大丈夫かな?」

 おもむろに、すでにからになっていたナギのグラスを、ソウはもちあげた。

「ああ、すみません。ありがとうございます」

「どういたしまして」




 小休憩のあとは、観光がてらに三人で街なかを歩くことになった。どこを歩いても、錆びたにおいが鼻につく。いくつもある昇降機が上下するたびに、ゴトン、ガタンと振動し、足もとを大きく揺らすものだから、地面に立っているような気がしない。


ギギギギギ、ガガガガガ。ギ、ゴ、ゴ。

ガガガ、ゴウン、ゴォ、ゴァ、ガン、ガシャン。


 頭痛がする。四六時中、音にさいなまれているせいだ。不快な街の気配が身体を()くせいで、背筋がゾワゾワと波立って気色が悪い。ソウもナギも、よくこんな街でぐっすりと眠れたものだ。黒影もまた、ためしに寝台でひとり身体を横たえてみたが、耳をつけた瞬間にありとあらゆる振動が鼓膜いっぱいにぶつかって、不快どころか身の危険を感じて、危うく寝台を叩き壊すところだった。むろん、壊したところで、なんの解決にも利益にもなりはしない。むしろ修繕費だのソウのお説教だの、損ばかりが目に浮かぶ。寝台は大きなソファだと思うことにして――ソファ、というにも、あまりに粗悪だが――腰かけるだけにとどめた。もともと深く眠るつもりはなかったせいで、よけいに損をした気分だった。

 ただでさえ面白くないというのに、ひどく不快なこの街にあと数日も我慢して居なければならない。まだらな模様がはびこっている縞鋼板の目の数をかぞえたところで、ひまつぶしになどなるものか。これならまだ、森のうるさい音を聴いているほうがマシだ。

 縞鋼板の上を踏むと、靴底が硬い音をたてた。わずかにたわんで振動が返ってくる。足音が、反響する。それは自分のものだけではない。他人が歩いた音も、たわみも、足の裏から無遠慮に伝わってくる。ああ、不快極まりない。

 すれちがった主婦二人は、たいそう楽しそうに笑いあっていた。

「そういえばさ」

 中心街を見まわしながら、おもむろにソウが言った。

「ここの冒険者たちはあまり大きい武器を持っていないよね。武具屋に置いていたのも、短くて小回りのきくものがたくさんあったよ」

「マヌーゲルの冒険者は、鉱山師たちと連携して仕事をしています。魔鉱石の採掘場は魔種も集まりやすいので、狭い坑道のなかで戦闘しなければならない状況も多いそうですよ」

「ああ、長いと武器が振れないんだ」

「ですです」ナギはうなずいた。「だから、冒険者の宿も、一般的な仲介所と比べれば魔種討伐の依頼がほとんどで、それも鉱山区域ばかり。地域密着型かつ専門性が必要、というのが大きな特徴でしょうか」

「鉱山に詳しくない俺たちが受けられる依頼はあるのかな?」

「そうですね。討伐ではありませんが、薬草採集などがおすすめです。けっこうたくさんありますよ?」

「森は歩いてきたし、採集ならやりやすそう――」

 そのときだった。

 ソウの腰元に、ドンと誰かがぶつかった。身体の軸がしっかりしているソウはとくにこたえなかったようだが、相反して尻もちをついていたのは、白い髪をした少年……のように見えた。判断に迷ったのは、体格に対して、あまりにも肉づきが悪かったからだ。そして、汚れてもいた。服ともいえないようなぼろきれを最低限身に着けているだけで、全身は土にまみれ、身体のいたるところにある裂傷や擦過痕(さっかこん)が生々しく、また幾日も身体を流していないのか、ひどい臭いがした。

「大丈夫?」

 ソウが手をさしのべると、少年はびくりと身体をふるわせた。すぐさま周囲を見まわして、それから走ってきた道を見るなり、急いで立ちあがる。じゃり、と()びた鎖が擦れる音とともに、足(かせ)を引きまわすように駆けだした。

 ソウとナギは、顔を見合わせた。

 すぐに追ってきたのは、空気を殴るような怒声だ。ずんぐりむっくりとした男らの姿が見え、ぜぇぜぇと息を切らして前を通りすぎていった。上下する肩は岩盤のように厚く、広い背中をしていて手足は大きい。肌は土色をしていて、全体的にどっしりとした印象だ。いずれも、太い首に手ぬぐいを巻き、頭部に自動点灯式防護帽(ライトヘルメット)を被っていた。生地の分厚い作業服は、擦れて土に汚れている。採掘場の人間だろう、とすぐに理解できたのは、彼らがツルハシを持っていたからだ。

 少年はさきで捕まった。白い髪をつかまれても泣き暴れ、なりふりかまわず逃げ出そうとするものだから、ツルハシの柄でみぞおちを突かれ、事切れたように意識を失った。その直前に、死にとうなか、と叫んだ少年のなまり言葉だけが、その場に反響して消えた。

 少年はおそらく、山凍地方の出身だろう。あのあたりは独特のなまりがある。向こうで居場所がなかったか、あるいは口減らしか……。

 黒影は男たちの会話を耳で追う。あごさきで訳するようにうながすと、ナギはしぶい表情を浮かべた。視線で催促(さいそく)する。ナギはささやかな抵抗をあきらめたらしい。

 彼らに聞こえないようなちいさな声で、その内容をソウと黒影へ。耳打ちした。


――死んだか?

――いや。けど、瘴気症がひでぇな。


――まだ一ヶ月だぞ。仕事もろくにできねぇどころか、泣きわめいて逃げだす始末。

――そう言ってやるなよ。


――ったく、なんのために仕入れたと思ってんだ。

――まぁまぁ。こいつだって、三ヶ月後にゃ魔鉱石の瘴気で白亜化して、どうせ燃やされるんだからよ。代わりの奴隷はいくらでもいるんだ。それともなんだ。俺たちで新しい坑道でも掘るか? ……ほら、嫌だろ。こいつとちがって、俺たちにゃ嫁も子どももいる。路頭に迷わせるわけにゃいかねぇんだ。そのための奴隷だ。そら、飯にしようぜ。腹が減ってるからイライラすんだよ。こいつもクスリ飲ませときゃ、能率だって上がるんだからよ。じきに痛いのも苦しいのもわからなくなって、逃げだすこともなくなるだろうさ。


「……だ、そうですよ」

 片手にさげた鎖をかるく引いて、男らは来た道をもどっていった。意識のない少年がだらりと下げた足は、他の誰かから気にとめられることもなく、ただ引きずられてゆく。

「キサマは見ているだけか。意外だな」

 ソウは「べつに」と低くつぶいた。

「白い髪の人間がああいうふうにあつかわれることは、どこでもあることだよ。……奴隷を見たのは初めてだけど」

 彼は無感動に座視しているだけで、とくべつどうこうしようというつもりはないらしい。生ぬるい風に運ばれた雲が、その怜悧(れいり)な横顔に影を落とした。笑みをたずさえていないたおやかな(まなじり)は、存外鋭い。

「彼らの事情も、まるっきり理解できないわけじゃない。俺も弟がいるからね」

看過(かんか)するか?」

「君って、けっこういじわるだよね」

 りん、と鈴の音が響いた。

「ナギさん。街のいろんなところから煙が上がってるのは、鉱石の精錬所かなにか?」

「一か所にかたまっているところは、そうですね。他は……」

 言いよどんだナギの、その先を引きつぐように答えてやる。

「魔鉱石の採掘となれば瘴気症で命を落とす可能性も少なくない。おおかた死体でも燃やしているのだろう」

「そっか」

 ソウはほんのすこしの間、まつげを伏せた。目もとにさらりとかかった前髪が、彼の横顔をわずかにさえぎる。

 ややあって、蒼い瞳はまばらにたちのぼる煙を遠く見つめた。

「……なんか、十年くらい前を思いだすよ」

「瘴気症の感染爆発(パンデミック)か」

「うん」ソウがうなずいた。「俺の母さんが死んだのも、その時期でさ」

 黒影はソウを見あげた。感傷に浸って、あるいは同情をさそうように、さぞ痛ましい表情でも浮かべているだろうと邪念したからだ。が、それはある意味で裏切られた。

 感情を削いだような声が、ただ淡々と事実を吐きだす。

「あの時期は技術革新があって、魔鉱石を動力とする魔()技術が大陸中で話題になった。魔鉱灯だってつぎつぎに設置されて、暮らしは急激に便利で豊かになっていったんだ。……けど、魔鉱石にふくまれている瘴素については、誰も問題視してなかった。少し経ってから瘴気症に悩まされる人が出始めて、ある時期から爆発的に広まった。

 憂国(うれいぐに)の――俺が住んでいた北方の都市部は、そこまでひどいわけじゃなかったけど、それでも週に何回か煙が上がったよ。白亜化して死んだ人間を、まとめて焼却処分するんだ。

 もちろん、いまは対策も進んでおちついているから、街で白亜化する人間なんてほとんど出ない。あの時期みたいに、みんながよそよそしくなって、疑心暗鬼になって、怖がって……そのうちに無関心になっていって、それでいながら、過敏で、暴力的になる、なんて。そんなこともなくなった。平和になった、と思うよ。

 瘴気症なら薬で治せるし、魔鉱石を使った技術だって、排出する瘴素が最小限になるように設計されている。俺たち魔狩だってそうだ。瘴気症の原因になる魔種が街に入らないように、人を脅かさないように狩る。そうやって、いろんな面で対策が進んで、それを毎日地道に重ねているから、比較的安全な暮らしを送れるんだ」

 ふと、声の調子が変わった。

 無機質な感情をそのままに、ほんのわずかに、声の底が揺れる。青く澄んだ厳正なまなざしは、煙る街並みを睨んでいるようにも感じられた。

「それでも瘴気症や白亜化への恐怖がなくなったわけじゃない。みんな怖いんだ。白くなって死ぬから、白色が憎い。白が――ぜんぶ、悪い。なにもかも」

「どこも、そういうものですよ」

 ナギもまた、この煙る街並みを翡翠の瞳に映した。

 びゅう、と谷風が吹いた。灰色の、あるいは黒くくぐもった煙が蒼穹へそそがれ、空気をにごらせていく。

「先進国……それこそ、ソウくんの故郷である憂国(うれいぐに)や、観光都市として国交が盛んな織国(おりぐに)は、瘴気症対策もかなり進んでいますが、こういった地方の閉鎖的な町では、そうもいきません。とくに、衛生管理の行き届いていない貧民街や……」

 ナギは一度、まばたきをした。吹き荒れた髪をまとめるように片手をそえ、もう片方の手で手すりに触れる。街の谷底に広がる、密集した粗雑な家々を、見ているらしかった。

「いえ、ともあれ、あまり主要部から外れて歩かないほうがいいと思います」

 つられるように、ソウもまた、谷底を見た。それから、来た道をたどるように上の道を見あげる。

「さっきの……奴隷の子、意識を失うまえに『死にたくない』って、叫んでいたよね」

 ソウは、自分の袖口を見つめた。青色の厳正な上着を、たった一点汚した土と血の染みは、奴隷の少年がぶつかったときについたものだ。

「あの子は白い髪だから、きっとどこへ行ってもいい待遇は得られない。その事実を知っているかは、俺にはわからないけど……あんなふうにあつかわれても、それでもまだ、生きることに、希望があるのかな」

「ちがう」

 ふと、黒影は言葉をこぼしていた。

「生きることに希望があることと、死にたくないということは、まったく別の話だ」



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