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(九)調査

 黒影はちいさくうめいた。軋む身体を揺り起こすように、まぶたをこする。――すっかり眠ってしまっていた。

 ユウメに訪れて、もう四日目になるだろうか。黒影が腰を据える座椅子の周辺には、博物館からもってきた資料が散らばり、いくらかの書籍は開かれたままになっている。文机の紙面には、書きかけの文字が這っていて、ちょうど西日がさしこんで赤くなっていた。

 当初の予定では、一部屋を黒影の寝室に。もう一部屋をソウとナギの寝室にと男女別に使うことを想定していたようだが、黒影が持ってきた資料のせいで、この客室はすっかり寝室としての機能を失ってしまっていた。もっとも、それほど横になる必要もないのだから、あってもなくてもかまわないのだが……。

 どうしても眠い時はとなりの客室にむかって、押し入れのなかに詰まれた敷布団のかたまりを抱くようにしてまどろんだ。ソウやナギと寝る時間が重なってしまったときは、しかたなくソウの布団にもぐって一時間ほど眠り、起きてまたもとの客室に戻る、ということをくりかえした。ソウの布団へもぐりこむことに、とくべつな理由はない。しいていうならナギの寝相の悪さを原因とした消去法だ。ソウを防波堤にしておけば、ナギの腕や足が降ってくることはまずない。

 黒影はあらためて書面に目を通した。どこまで調べたかと記憶をたぐり寄せながら、あらたな文献を手にとる。

 黒影が調べていたことは、あのバカ(レヴド)が言い遺した「アイとイナサ」についてだ。

 手はじめに、黒影は協会支部の検索機でソレを調べた。もっとも協会の検索機で出てくることといえば、魔狩に必要な知識と所属する魔狩の個人名やランク・担当区域ていどで、お世辞にもじゅうぶんとはいえない。

 結果から言って〈アイ〉〈イナサ〉という個人名は該当しなかった。それはつまり、魔狩協会に所属する者ではなく、また、魔狩協会との関連性は薄いことにほかならない。そして、たとえば一般教養で教えられたり、大手の出版社が出している歴史書に載ったりするほどの著名人でもないということだ。

 レヴドは二人が死んでいるだろうと言ったが、もし仮に生きていたとして、大陸中の人間からどこにでもいそうな名前のたった二人だけを捜す、というのは、およそ馬鹿げた話だ。それこそ、すでに過去の人間であったとしても同じように――否、もっと途方もない話だ。

 手もとの文献を読み進める。手がかりは、レヴドとの会話の中にあった。


――イナサ、いうんじゃけど。そいつが昔、()()()()()()には、()()に漏らしとらんもんがあるはずじゃて。


 彼はしばしば、〈バリアブル〉を〈ヴァリアヴル〉と言った。最初は気にも留めていなかったが、いまごろになって、ふと〈幸福のゆりかごユーフォリア・ターミナル〉が同じ発音をしていたことを思いだした。これは古い発音ではないかと調べた結果、この一〇〇年あまりで、発音とその表記が本大陸で正式に統一化されたのだという。古い書物には、統一前の表記が散見された。

 さらにいえば、()()()人間が魔導()()を語るにあたって「国外に」と表現するのは、不自然だ。〈自動人形(マナ・ドール)〉についても同じことがいえるだろう。これを知っているのは、魔導技術の開発研究に(たずさ)わっている者で、魔狩はおろか一般にもほとんど知られていない。そんなことをレヴドが知っていたということが、妙に思えてならなかった。

 黒影は懐から匂い袋を取りだした。土産物屋で買ったそれは、清涼な薄荷(ハッカ)の微香を包んでいる。手頃な小袋が欲しかっただけで匂い袋でなくともかまわなかったのだが、懐に忍ばせるにはこれがちょうどよかった。棚には、ほかにも豊潤な花の香りや菓子のように甘ったるいものもあった。しかし、どれも常用にするにはわずらわしく、けっきょくこれになったというわけだ。

 ひらいて、中身を文机へ転がす。黒いひと粒を内包した金色の魔鉱石が燭台の灯りをきらりと返した。

 レヴドは、自分の正体がこの魔鉱石と人間が融合したものだと言った。にわかには信じがたい話だった。この魔鉱石には魔導術式が組みこまれているというが、現代においてその技術は存在しない。つまりこれは、太古の失われた技術である可能性が高い。ともすれば、この魔鉱石が魔導時代の遺物となる。たとえば〈幸福のゆりかごユーフォリア・ターミナル〉やエフのように、この魔鉱石がたぐい稀に残っていて、現代の人間と融合したとすれば――。

 黒影はすっかり冷めた湯呑をかたむけた。魔鉱石をしまって、また文献に目を落とす。

 魔導時代の遺物には、現代の記録装置につながる技術が数多く残されている。一説によれば、魔素は記憶を保持する性質があるともいうが、そんな話よりも、魔導術式による仕組みや技術によって魔鉱石へ〈アイ〉や〈イナサ〉という人物についての記録が残されていたといったほうが理解しやすいというものだ。


――つまるところ〈アイ〉と〈イナサ〉は魔導時代の人間ではないか。


 これが黒影の考えだした結論だ。

 もっとも、憶測の域を出ない話で、黒影としてはいますぐこの魔鉱石を調べてやりたいところだったが、そんな設備はなく――たとえば協会へ提出する手もあったものの、得られるのは研究結果の報告のみで、この魔鉱石は散々調べ尽くされたあと研究所へ保管されるか、博物館などに展示されるだろう。それでは、およそ意味がない。

 問題は、この二人をどうやって捜すか、ということだった。さきに調べたように、歴史に名を遺すような著名人ではない。また、仮に名前が残っていたとして、現代と古代では表記と発音にいくらかのちがいがあり、見落とす可能性もじゅうぶんに考えられた。

「せめてもう少し、うるさく語って死ねばよかったものを」

 黒影は頭を抱えながらも、文献に夜通し目を通していった。

 手がかりになりそうな箇所へ見当をつけながら、必要箇所を記録し、書籍の参考文献から次の文献を蜘蛛の巣のようにたどる。必要に応じて、ふたたび博物館へ足をはこんで、またあらたな文献をさがした。博物館が開館している日中に、宿と博物館を往復、文献に目を通す作業は、思っている以上に地道で骨の折れる作業だった。

 五日が過ぎ、六日目を迎える。

 はじめから一週間ではとうてい〈アイ〉と〈イナサ〉にはたどり着けないだろうと理解していたが、それでも無理を押して猛然と調べていたのは、このユウメ博物館の蔵書数が極めて高いことにあった。もちろん、それらの内容は協会の記録機構装置(データベース)にはない。オクリビが終われば、本部からすぐに移動命令が出るだろう。そうなれば、動かないわけにもいかない。だからこそ、いまのうちに、できるだけ多くのことを調べておく必要があった。幸い、ここで調べたことは協会の端末から黒影の個人端末に送っておけば、あとで見返すことができる。協会に良い顔はされないだろうが、それぐらいは許される立場にある。

 なかにはとうてい手掛かりになりそうにもない迷信めいた逸話や怪談のたぐいもあったが、直感がはたらいたものは、念のため残しておく。

 古い文献は現代とちがう言いまわしで解釈するのに手間がいる。さらに、魔導時代の文献を複製したものとなれば、魔導時代の言語を訳さなければならなかった。それらを進めながら――進んでいる、という気はまったくしなかったが――、その折々で、黒影はナギを頼った。ナギはその都度、解釈のまちがいを正し、時には文献の解読を進めてくれた。

「なんだか懐かしいですねぇ、こういうの」

 ナギはいつになく、嬉しそうに笑った。


 あるとき、魔導技術の文献をあさっていた黒影は、アークを呼んだ。彼は口癖のように「緊急時以外呼ばないでくださいよ」と言いながらも、黒影の質問を聞いた。彼もまた、魔鉱石そのものに外部から魔導術式を組みこむ技術は存在しないとうなずいた。

「結論から言うと、割れちゃうんですよ」

 アークはひらいた両手を、つなぎあわせた。

「魔鉱石って簡単に言うと、高濃度の魔導元素が圧縮されることでできるものなんです。魔素純度が高くなるほど高値で取引され、また、魔鉱石に含まれる魔素が少なくなると割れてしまう……というのは、黒影ちゃんも知ってますよね。詳しいことはさておき、おたがいに手をつないでる状態ですから、ここに魔導術式を入れようとすると、結合の邪魔をしちゃうんです」

「では、魔鉱石と人間が融合する可能性は?」

「低いかと」

 アークは思案したらしかった。

「仮に――たとえば、何らかの方法で人間と魔鉱石と融合させることができても、魔鉱石に含まれる瘴素に耐えられないので……」

「白亜化か」

 黒影が言うと、アークはうなずいた。

「まぁ、瘴素をものともしない種族であれば可能でしょうけどねぇ」

 彼は窓外を眺めた。

「そんな種族なんて、現代ではせいぜい神珠族か()()くらいですよ。あるいは――、」

 ぴたりと言葉が止まる。見れば、アークは言葉を失ったようにぴたりと固まったままでいた。彼は翡翠色の目を見ひらいたまま、いつもはおしゃべりな口をひどく小さく動かした。否。動かしたというよりも、おのずと思考がこぼれたというほうが、正しい。彼は言った。

「あるいは……?」

 翡翠の瞳が、こちらを見る。答えを求めているようでもあったが、彼が知らないことをこちらが知っているとも思えない。どのみち思い当たるものはなかったため「知るか」の一言ですませた。が、そこでぎょっとする。彼の瞳から、ぼろぼろといくつもしずくがこぼれ、古い旅装束を濡らしたからだ。

「なぜ泣く」

「そんなの」

 彼は目を見ひらいたまま、自分の両の手のひらを見つめた。ぼろ、とこぼれた雫が、彼の指先をすりぬけるように落ちた。

「俺がいちばん知りたいですよ」

 どうしてやるかこまった黒影は、ひとまず手近な手ぬぐいを投げてやった。アークは鼻をすすりながらそれをうけとり「たまにあるんですよ」と淡々と告げ、目もとを拭う。とくべつおちこんでいるようには見えない。そのさまは、虚無から涙がこぼれているようでもあった。

「なぐさめの言葉が必要か」訊ねる。

「いえ」アークは短く断った。

 彼は立ちあがると、「たぶん〈ナギ〉が不安定なんだと思います」と言って、となりの客室へつながる襖をすべらせた。

「寝るには早いですけど、横になってきます。たぶん、しばらく起きないので、ごめんなさい」

「かまわん。とっとと寝ろ」

 それから彼が寝入るまでのしばらく、(ふすま)ごしに鼻をすする音が触れていた。



 ふと気配が動いて、黒影はまぶたをひらいた。ソウが、すぐとなりから覗きこんでいる。どうやら、夜半の冷えを心配して毛布をかけにきたらしかった。

「ごめん、起こしちゃったね」

 どうせすぐ起きるつもりだった。――が、それをそのまま口にしてやるのは(しゃく)だった。

「雷撃でもかまわんぞ」

 ニヤリと(わら)ってやると、ソウが「すぐそういう」とあきれ顔を浮かべる。

「ワタシは防御型だ。キサマの〈雷撃〉ではとうてい死なんよ」

「知ってるけど、そういう話じゃないでしょ? もう」

 ソウの説教は無視した。おもむろに、その膝へ頭を転がす。

「寝るなら布団にしなよ」

「一刻ぐらいワタシの枕になれ」

「君って、いつもさぁ」

 ソウはこまったように、また、あきれたように息をついた。抵抗するつもりはないらしい。それは彼が、それだけの時間なら待った方が労力を無駄にしないと判断した結果だろう。このところ、黒影はソウのあつかいを心得るようになった。

「調べものは進んでるの?」

「知らん」黒影は目を閉じた。

「ちゃんと休んでる?」

「いま休んでいる」

 黒影はごろりと横を向いて、ソウの太ももに頬をすりよせた。――温かい。

「どうにも、机仕事は頭を使うせいか、すぐに眠くなってしまう。眠るのは好かん。生きた心地がしない。その点、キサマはいくらか寝床として優秀だ。脈と温度がある。生きた心地がする」

「それってどういうこと」

 ソウはきっと、半眼であきれ顔をしているだろう。

「文脈と行間を読め。キサマに甘えているのだ。言わんとわからんのか。このうつけが」

「言われてもイマイチわかんないけど。つまりなに。俺は君にとって、ちょうどいい布団ってこと?」

「そこで行間を読むな。キサマは阿呆か」

「じゃあ、けっきょくなんなの」

「ワタシの布団になれ」

「だからさぁ、」

 不服そうな声は聞きながす。

 彼の膝で暖をとりながらおもむろに窓外を見やると、夜空には無数の灯りが浮かんでいた。

「魔灯の実。願いごとをこめて、空にとばすんだって」

 ソウの手のひらが頭をなでた。めずらしい、と思ったが、彼の蒼穹はゆらめく光を追っている。弟のことを思いだしているのだろう。ただの習慣的なそれになにも思わないわけではなかったが、存外大きく、温かい手のひらが心地よかったものだから、しばらくなでられてやることにした。

「黒影はさ、なんか願いごとある?」

「他者に(こいねが)うことほど、不毛なことはない」

「君って、いつもそう」

「キサマはどうだ」

「俺?」

「キサマの欲望だ。いまは、どうだ」

「俺は――……」

 ゆあゆあとまどろむ思考に、ソウの声が溶ける。彼はこの後におよんでもまだ、弟のことを杞憂(きゆう)していた。難儀なヤツだ、と思った。彼の手のひらと愛情は、まちがいなくたった一人残された家族へ向けられているのだろう。

 黒影はまどろみのなかで、唄を聴いた。

 どうやら、ソウが子守唄をうたっているらしかった。


   眠る冬に 雪は降り

   春の兆しで 雪は解け

   目覚めた蕾は 花開く

   白き花びら 目印に

   二度(ふたたび)会う日を 夢にみて

   眠れや眠れ 待雪草の子守唄


――俺の母さんが、うたってたんだ。春の雪解けに、寒い冬をこえ、うららかな春を迎えられたことに喜びと感謝を示す唄なんだって。


 雪解け。春。冬。春――。

 母。

 白い髪。

 ソウの白。

 猫の面。

 唄。


 ソウの声が、聴こえただろうか。

「!」

 黒影はバッととび起きた。

 深夜。もうとなりにソウの姿はない。どうやらかなり深く眠ってしまっていたらしい。しかし黒影はすぐさま文献をひっくり返した。嫌に明瞭とする思考が急かしている。どれかにあったはずだ。見た記憶がある。――あった。これだ。頁をめくる。ここじゃない。もう少し先だ。今度はいきすぎた。文字の羅列(られつ)に目を走らせる。古い文書だった。本大陸の北方。これは、現代でいう山凍(さんとう)地方だ。ここには、ある一族が社会のいとなみから離れて隠れ住んでいるのだという。


――〈白の一族〉。


 見つけた。

 見つけてしまった。

 これが、ソウの――……。


 そのときだった。空が黒く、また赤く。そして赫赫と盛る、白炎に気づいたのは。窓外の景色に思考を奪われたとき、勢いよく窓を開け放つ音が聴こえた。となりの客室からソウが外へとびだしていく。ついで(ふすま)がひらき、大きな音を立てた。

「黒影ちゃん! いま、ソウくんが」

 ナギは言った。

「ユウメの中心部が、燃えています!」


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