土星の量り方
ついつい話を盛ってしまう癖がある中学生の土井星香。この癖を直すべきか考えあぐねていたある日、話を盛っていることが友達にバレていることを知ってしまう。
「でさー、その時釣れた魚が30cmくらいあったんだよね!」
「え、すご!さすが土星ちゃん!」
「ほんとに釣り好きだねー!」
キーンコーンカーンコーン
今日も一時間目の授業が始まる。
私は中学生の土井星香、みんなからは名字と名前をくっつけて土星ちゃん、と呼ばれている。
さっき友達としてた釣りの話、あれは嘘だ。たしかに釣りは好きで父親とよく釣りに出掛けるが、30cmの魚なんて釣ったことがない。私には話を盛る癖がある。クラスのみんなにバレる前に早くこの癖を直さないといけないとは分かっている。でも、本当の自分にみんなが興味を持ってくれるかが不安で、どうしても嘘をついてしまう。
早くやめないとな...。
今まで嘘ついてた、ってみんなに正直に言うべきなのかな...。
キーンコーンカーンコーン
そんなことを考えていたら、また一時間目が終わってしまった。
「ねえ!土星って面白いね!」
突然、陽奈が私にそう言ってきた。
「え?私?」
「違うよ、惑星の土星の話!土星って中がスカスカで水に浮くくらい軽いって、さっき先生が言ってたじゃん。」
「そうなんだ。」
私は、思わず適当な返事をしてしまった。
私も本物の土星くらい面白かったらいいのに。
キーンコーンカーンコーン
時計は15時20分。
「土星ちゃん、帰ろ!」
「ごめん、学級委員の仕事で先生に呼ばれてるから陽奈と絵美で帰ってて!」
「分かった、ばいばい!」
「うん、ばいばい!」
二人と別れて私は職員室に向かった。私は前期学級委員を務めている。誰も手を挙げそうにないから立候補しただけだけど。
「あ、先生。」
「お、土井。さっき言ってた仕事、無しになったからもう帰っていいよ。」
「そうなんですか、了解です。」
突然先生に出くわしてそう言われた。私は心の中でガッツポーズをした。今から急いで帰れば陽奈たちに追いつける。
私はカバンをまとめて、たくさんの下校集団の中から陽奈たちを探した。すろと真ん中のあたりにいるのを見つけたので、私は一目散に追いかけた。あとちょっとで追いつく、その時陽奈と絵美の会話が聞こえてきた。
「正直土星ちゃんって話盛ってると思わない?」
え...?
私はすぐ後ろの下校集団に隠れて、陽奈たちの会話に耳を澄ませた。
「分かる!朝してた釣りの話とか嘘くさいよね。」
「今日わざと土星の中身がからっぽって話したんだけど、自分のことを言われてるって気づいてるかな。」
「絶対気づいてないよ(笑)」
私は足を止めて会話を聞くのをやめた。
全部バレてた。嘘ばっかりの人間だって。
私は、二人が見えなくなるまで離れてから家まで辿りついた。家についたらいつもすぐ手を洗っているが、今日はそんな気は起きない。部屋まで上がり、ベッドに倒れ込んで、泣いた。なんで泣いているのか分からない。全部自分が悪いのに。
私は、そのまま無気力に時間を過ごし、寝る時間となった。明日も学校がある。袖で涙を拭ってベッドに入りながら、これからどうしようか考えた。
明日ちゃんと謝ろう。
でも学校に行きたくない。
クラスのみんなは絶対に呆れてる。だからちゃんと謝ろう。
でも行きたくない。
そうだ、明日は休んであさっては絶対謝ろう。
未だに残るわがままな気持ちが、私の心を蝕んでいく。
ふいに、陽奈の言葉を思い出した。
『土星は中身がからっぽ』
この言葉を聞いた瞬間、私はまるで血が逆流するように感じた。今でもその感覚が残っている。
そう、私は土星だ。中身がからっぽの。
土星を輪っかのように囲んで見ている氷の粒たちは、土星のことをどう思っているんだろう。
私が学級委員として前に出て話している時、クラスのみんなはどう思っていたんだろう。
この時、こんな考えが私の頭をよぎった。
土星は本当にからっぽなんだろうか。
私は、埃をかぶった本棚から宇宙の図鑑を取り出した。土星のページを開く。
土星の中身は水素とヘリウム。
やっぱりそうだ。土星は、地球や火星とまったく違うものを持っているから軽かったんだ。
きっと土星は、他の星からどう思われてるかなんて気にしてない。だって他の星より面白いから。
きっと私も。
私は図鑑を片付けて、明日の準備を始めた。