彩愛の話⑥ 中学卒業
高校受験が終わってからはとりたてて大きな出来事もない平和な日々が続いた。3年生は授業らしい授業がなくて、卒業式の練習やホームルームがほとんどだった。
学校が面倒だとは思わなかった。受験のプレッシャーがない状態で心置きなく友達との時間を過ごせたのが楽しかった。
卒業が近づいた実感は全然なくて、とにかく解放感でいっぱいに楽しく学校生活を送ってたって感じ。
よく一緒に過ごしていた仲の良いグループの友達はみんな進路がバラバラだった。
だから学校の休み時間はもちろん、放課後も毎日のように遊んだ。
陽奈子も一緒にいたけれど、「グループのみんな」で遊んでいたって感じ。
ただ、チャットツールでやり取りをする回数は陽奈子がダントツだった。
学校でした話の延長だったり、ちょっとした雑談だったり、あとは共通の趣味であるりこぴんの話だったり。
『りこぴんのライブ当たってほんっとーに良かった!』
『ね、受験勉強頑張って良かった~』
『もしりこぴんのライブ外れてたら、受験受かった喜びよりも絶対ライブ落ちた悲しみが大きかったよね』
『わかる』
高校受験の少し前に発表されたりこぴんのライブは無事当選。陽奈子と二人で行くことになった。
だからチャットツールでライブに向けた計画をすることもあったけれど……大体、いつの間にかただのりこぴん談義になっていたな。
学校や放課後は陽奈子「とも」過ごすって感じで、陽奈子を特別意識することはなかった。
けれど夜にこうしてチャットツールで陽奈子と話している時間は、当然陽奈子のことを考えている。
日中の大部分を一緒に過ごして、夜もチャットツールでたくさん話す相手は陽奈子だけ。
友達は何人かいるけれど、その中でも陽奈子は特別な気がしていた。
そんな中学生活最後の時間は長くは続かず、あっという間に卒業式を迎えた。
工藤陽奈子と黒田彩愛は出席番号が前後。だから入退場の列は前後だし、式での席は隣同士。
卒業式に限らず、全校集会やイベント、本当にいろんな場面で陽奈子がすぐそばにいた。
陽奈子がそばにいるのが当たり前すぎて、なんだか「いつもの光景」だった。
そのせいか卒業式特有の緊張感がある雰囲気の中でも、いつも通りの感じでリラックスできていた気がする。
卒業式は特に何もなく終了。卒業の感覚がせず呆気なかった。
「なんか卒業って感じしないね~。明日から学校ないなんて信じられない!」
卒業式の会場であった体育館から教室に戻る途中、陽奈子に声をかける。出席番号順に並ぶと陽奈子は私の前。私は後ろにいたから、陽奈子の顔は見ていなかった。
「……本当に、ね」
そう言った陽奈子の声はなんだか震えているように感じた。それに、返事はしてくれたのに振り返らない。
「……陽奈子?」
不思議に思い、陽奈子の隣に並んで顔を覗き込んだら……陽奈子が、両目から涙を流していた。
「え……!? え、なんで、卒業って感じしないんじゃないの……!?」
よく見たら周りにも泣いている子がちらほらといた。同じグループの子も何人か泣いている。
みんな卒業の実感しているの? なんて考えていたら、陽奈子がしゃくり上げながら話し出した。
「いつもと……いつもと同じ感じなのに、それでも今日が最後なんだよ……? 信じられないし、最後なんて嫌。終わっちゃうのがさみしいよ……」
「……式で彩愛の隣に座るのも、出席番号順で彩愛の前に並ぶのも、今日が最後。高校では、彩愛はそばにいないんだよ……」
そこまで言われてやっと気が付いた。「いつもの光景」は今日で終わりなんだって。
こうして陽奈子が当たり前にそばにいる学校生活は今日が最後なんだって。
どうしてこんな当たり前のことに、卒業式が終わってから気付くんだろう……。
ただ、やっぱり現実味はなかった。ただ泣いている陽奈子を慰めたくて、明るいことを言おうとした。
「さみしいけど4月からの高校生活も楽しみだよ! 陽奈子、勉強すごく頑張って憧れの高校受かったんだし!」
「そうだけど卒業がさみしいのは別だよ~! 彩愛はさみしくないの!?」
「なんか、現実味がわかなくて……特に陽奈子とは夜とかたくさん話してるし」
「それとこれとは違うじゃん……!」
教室に着いてからも、彩愛がいなくなっちゃう~! みんなと学校で会えなくなっちゃう~! なんて言いながらかなり大泣きしていた。いつの間にが他の友達も集まってきて、みんなで固まって泣いていた。
少し困ったけれど、「会えなくなるのがさみしい友達」と思われているのが嬉しくもあった。
正直、陽奈子がいない学校生活が想像できなかった。
ここまで言われて、みんなが泣いていて、それでも何故か「本当に終わりなの?」なんて思っちゃって。
……今思えば、受け入れられなかったってだけなんだろうけど。