彩愛の話⑤ 高校受験
中学3年生の1年間はいろいろあった。
修学旅行のような中3ならではのイベントはもちろん思い出深いけれど、体育祭や合唱祭といった年間行事も「これが最後」と思うと、どれも感慨深いものだった。
けれどやっぱり、中3で一番印象に残ってるのは高校受験。
「模試の点数、良くてギリギリで…大体目標まで数点足りないって感じで…。不安だよ…」
受験が目前に迫った1月のある日。陽奈子がそんなことを呟いた。
私も勉強辛かったけれど、陽奈子はもっと辛そうだったし、不安そうな表情を浮かべていた。陽奈子の目指す高校は県内でもレベルが高い方で、陽奈子の成績ではギリギリというところだった。
私は挑戦しようという気すら起きないハイレベルな高校で、そんな高校を目指している陽奈子のプレッシャーは相当だろうなと思った。
「大丈夫だよ! 陽奈子がんばってるし、陽奈子なら絶対受かるって!」
「受験終わったらパーッと遊ぼうよ!」
「もうすぐ終わるから! ね?」
私や他の友達がみんなで励ましたけれど、陽奈子の表情は晴れない。ずっと「不安」とか「怖い」とか、そんなことを言っていた。
仕方ない。私たちが何か言ったって不安が消えるわけではない。陽奈子は本当に辛そうで、私たちにどうにかできる状態ではなかった。
けれど高校受験が不安なのは私たちも同じ。陽奈子を元気付けたくて無理して明るく振る舞って励まそうとして、それが全然陽奈子に響かないっていうのは正直辛かった。
冷たいかもしれないけれど、不安と緊張でピリピリした陽奈子と一緒にいるのが辛くて、高校受験の直前期は陽奈子との会話がかなり減っていた。
高校受験の前日。勉強は頻出分野の確認程度にとどめ、翌日に備えて早く寝ることにした。
そろそろ寝ようと布団に入ったけれど、緊張と不安で全然眠れそうにない。心臓がドキドキする。怖い……。
早く寝ないと、明日は大事な日なのに。そんな風に焦るほど目が冴えていく気がした。
そんな時、チャットツールの通知が鳴った。
相手は陽奈子。最近は教室でもあまり会話しておらず、ましてやチャットツールでのやり取りは本当に久しぶりだった。
『あやめ、少し話せる?』
正直に言うと、陽奈子を少し避けてしまっている自覚があったから、話すのは少し気まずかった。受験の前日に不安そうな声を聞いたり、泣き言を言われたりしたら嫌だな……という気持ちもあった。
けれどそれ以上に、陽奈子の声を聞きたい気持ちが強かった。……どうしてだろう? 仲の良い友達としばらく話せていなくて寂しく思っていたのかな、私。
なかなか眠れそうにないから誰かの声を聞きたいって気持ちもあったのかもしれない。
『大丈夫だよ。なんだか目が冴えて眠れそうになかったし』
『私ももう寝るつもりだったんだけど……何だか彩愛の声が聞きたくなっちゃって』
陽奈子からのメッセージを見て何だかドキドキした。私の声を? どうして?
そんなことを考えているうちに陽奈子から通話がかかってきた。
「もしもし、陽奈子?」
『うん。……あはは、なんか通話久しぶりだね』
電話越しに聞こえる陽奈子の声は、前みたいに明るくて元気そうな気がした。
「そうだね。もしかしてりこぴんのライブが発表された時以来かも?」
『あーあれね! あの時はもう、彩愛と話さないと!って感じだったよ』
「大興奮だったよね〜あの瞬間は勉強のストレスが完全に消えてた」
当時のことを思い出していたら、なんだかまたワクワクしてきた。
ライブ楽しみだなぁ……なんて思ってたら、陽奈子が話し出す。
『あのね。……最近、嫌なことばかり言ってて、ごめん』
「……え?」
『私、受験やだやだってことばっかり言ってたじゃん? みんなだって同じなのに。みんなに八つ当たりして、嫌な態度とって、ほっといて!みたいな雰囲気出して……』
そんな雰囲気出てた……のかな? 確かにピリピリしてて近寄りがたいとは思っていたけれど、どちらかと言うと私は自分から陽奈子を避けている感じだった。陽奈子が、ほっといて欲しいって雰囲気出している印象はなかったかも。
『勝手に1人で嫌な態度とって。……でも、自分から1人でいようとしてたくせに、すごく寂しくて』
その時の陽奈子の声が本当に悲しそうで、私の心もキュッと切なくなった。
「ごめんね、陽奈子。1人にしちゃって……」
『あ、ううん! 悪いのは私だから。でも……勝手だけど寂しくて、1人なのが不安になっちゃって、それで、前みたいに友達と話したいって思って。……振り回しちゃって、ごめん』
「……ううん。嬉しい。私も、陽奈子と話したいって思ってたから」
陽奈子と話していると、嬉しくて楽しくて、心が温かくなっていく気がする。最近話せていなかったからか、今までよりも幸せな気持ちでいっぱい。
『……ありがとう、彩愛』
「こちらこそ。陽奈子と話せて嬉しいよ」
『明日、お互いに頑張ろうね』
「うん!」
短い会話だったけれど、それで十分だった。明日は受験で、さっきまで緊張と不安で眠れそうになくて焦っていた。
けれど陽奈子の声を聞いたら、さっきまでの気持ちが嘘みたいに心が軽くなった。
心がとても温かくなって、幸せな気持ちのまま眠ることができた。
合否発表の日。
その日は合否結果を確認次第、中学に行って結果を報告することになっていた。
私は早めに報告に来た生徒だったみたい。教室に行って先生に報告を済ませ、下駄箱に向かう途中でこれから報告に行く人達の何人かとすれ違った。
下駄箱について、靴を履き替えようとした時。
「彩愛!!」
声のした方を見ると、入り口のところに陽奈子が立っている。
合否結果の報告に来たみたい。
「陽奈子!……あの、どうだった?」
その瞬間、陽奈子の目からみるみる涙が溢れてきた。
やばい、と思ったけれど、違う。陽奈子、泣いているけれど、同時にすごく嬉しそうな笑顔を浮かべている。
それを見て私も涙が出てきた。
「陽奈子……!」
「彩愛……彩愛! 合格したよぉぉぉ!」
嬉しくて嬉しくて、駆け寄ってきた陽奈子を受け止めて、そのまま抱き合ったままくるくる回った。
「陽奈子おめでとう……! 頑張ったね!」
「ありがとう……! あ、彩愛は!? ごめん私ばかり!」
「私も合格した!」
「うわああああああん! おめでとう!」
「ありがとう! 陽奈子も本当に本当におめでとう!」
「ありがと〜〜〜!!!」
受験は辛かったけれど、二人とも第一志望に受かって本当に嬉しかった。
この日は私の中学3年間の中でも特に印象的な日だった。