獣の国の勇者
逃げる……逃げる……ただ逃げる。
森の中をただひたすらに逃げる。
計画は失敗した。
町一つを吹き飛ばす大きな計画、アンデット200体に周辺の盗賊団にも莫大な資金で援助してやっとの思いで実行に移せた。
なのになのになのに!
なんなんだ!なんなんだアイツらは!!
私の10年をたった3人が全てを台無しにした!
あんなに強かったなんて知らない。
あれらはこの世界に居てもいいもんじゃない。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息切れしながらやっと思いで木に縋る。
ここまでまだ逃げられたのならもう大丈夫だ。
私が逃げ出した時には奴らはまだ戦闘中だった。
そこから4キロは離れているはず…
「クソガッ!勇者を殺して魔王様に認めてもらうはずだったのに……どうして……」
魔王軍の第五席次マルクが倒されたことはすでに魔王国の間で知れ回っていた。
しかし魔王は沈黙を貫いている。
きっとマルクは勇者に殺されたのだ……
魔王様は勇者の存在を取るに足らないと言っていた。
勇者に自分の幹部が殺されたのであればそれは尊厳に関わる。
なら私が勇者を殺せば魔王様もきっと私を次の第五席次へ認めて下さるはずだ。
そう思って町を破壊する計画と勇者暗殺計画を同時に実行したまでは良かった。
なのに全ては破壊された……
アイツらがここにくるにはまだまだ時間がかかるはず、少しだけ息を整えてから再度出発を
「みぃーつけた!」
絶望の声は私が走ってきた道から聞こえてきた。
その女は黒と青が混じった長い髪に青のマント、手には銀色の細長い剣を持っている。
「何故だ、何故この速さで追いつける!私は加速魔術を使った!お前達は戦闘中だったはず、あの200体のアンデットはどうした!」
まさか町の人々を見殺しにして……
「ん?あーあのちょっと臭いやつねもう倒したよ、あんな寄せ集めで僕達に勝てるわけないじゃん」
「寄せ集め……だと……」
アンデットの中でもD級が200体だぞ……
冒険者が数十人で挑むレベルだ……
それをたった3人で……それもこの速さで…
「と、盗賊団はどうした!町を襲うように命令したはずだ!あの町に冒険者協会も騎士団もないはず、それもお前達3人だけで対処したと言うのか!!」
「だーかーらーそう言ってんじゃん、盗賊団も含めて寄せ集めだって、僕達は最強なんだ、この程度で時間を稼ごうなんて最強に対しての侮辱なんじゃない?」
異界から召喚されし勇者、一人一人に特殊な能力、ギフトが配られ、そして身体能力に対する強化もかかっている。
しかしこれほどまでとは思わなかった。
それは私の判断ミス、なら次は次こそは!
咄嗟に地面を蹴り走り出す、そして持っていた杖を上に掲げ詠唱を始める。
「逃げても無駄なのになぁー」
「世界の万物を見続けるものよ、どうか我らにその眼からの……」
この魔術は20秒の間使用者を透明にする物。
その20秒間で痕跡なくし森を複雑に移動しながら撹乱させる。
この距離なら詠唱が終わる前に攻撃はできない
今回こそは逃げるが次は万全の準備をして倒す。
「向葵!こいつは俺がいただくぜ!」
その瞬間、私の目の前現れたのは真紅色の短い髪の女。
私は悟った、最初から勝ち目などない、魔族はいずれこいつらに滅ぼされるのだと。
魔王様……あぁ魔王様、どうかお気をつけて…
「死に晒せ」
その女は手に持った巨大な斧を豪快に振った。
私の脳の処理は痛みより先に意識を遮断したのだった。
「あーずるーい、僕の獲物だったのに」
「あ?お前がトロトロしてるから悪いんだろうが、あのままにしてたら魔族が透明化の魔術の詠唱してたじゃねぇか」
真紅色の女が指を刺した先には胴体が真っ二つに割れた魔族の死体。
「ぶぅー!透明化できる時間なんてたかが知れてるよ、璃はいっつも僕の邪魔ばっかりするよね」
向葵は頬を膨らませながら持っていた剣を鞘に仕舞う。
「あ?なんだとクソガキもういっぺん言ってみろよ」
「同じ16歳なのに何がクソガキだよ、同じ年齢じゃん、僕がクソガキならそっちもクソガキだよー」
子供のように互いを煽り合う。
「何をやってるんでしょうか、お二方とも」
奥の方からゆっくり歩きながら2人に近づく女、
白い色の短い髪に手には木の枝のような杖、2人のわんぱく差を感じさせるものとは違い、どこかお淑やかな、そして下までゆったりと届く真っ白なドレスをつけている。
「おそいよ京香、もう僕達で倒しちゃったもんねぇー」
向葵が自慢げに言う、が京香はどうでもいいと言わんばかりの表情を崩さない。
「そうですか、やはり璃を先行させるのは正解だったようです」
「ま、逃げ足は遅かったけどな、この斧を持った状態の俺でも簡単に追い越せたぜ」
璃の身長は180cmほどの巨体、そして斧の長さも同じだ、それほど長い、そして重い斧を持ちながら追い越せたのは勇者としてのバフと自分自身の元からの身体能力に他ならない。
「魔族も大したことないねぇ、やっぱり僕達は最強だよ」
「あまり自分を奢ってはいけませんよ向葵、まだ我々は七災害に出会ってすらないのです、最強を名乗るなら七災害の一つぐらい倒してからにしましょうね」
京香の辛辣な意見に不服そうな表情を浮かべる向葵。
「さーてと俺達の任務も終わったところだしそろそろ行くか」
「そうですね、次の町までおよそ半日、この任務が計画より早めに終わったで日が暮れる前までには着けそうです、そこで一泊しましたらもうあとは平坦な道」
京香が淡々と喋りながら服装の乱れを整える。
「よしいくぞ世界最大都市、帝都へ!」
こうして彼女ら獣国の勇者は帝都へと歩みを進めた。




