ぬいぐるみになりたい
最初は童話を書こうと思ったのですが、なんでこうなっちゃったんだろう?
-ぬいぐるみになりたい‐
俺は切にそう思った。
好意を寄せている憧れの彼女に、俺としてはかなりの勇気を振り絞って言った。
「もうすぐ誕生日なんでしょ。何か欲しいものあったりするの?」
彼氏でもない男からそんなことを言われてキモがられやしないだろうか?そう考えなくもなかった。
「・・・何かくれるの?だったら大きいクマさんのぬいぐるみがいいかな?」
一瞬ためらった感もあったが、彼女は笑顔でそう返事した。
彼女の名前は此花さくら。
同じサークルの仲間で、数名の集まりで一緒に遊びに出掛けたりもするぐらいの仲ではある。
会話だって何度か交わしたことがあって、俺個人のことはちゃんと認識してくれているはずだ。たぶん、おそらく、きっと認識してくれているはずだ。名前を呼ばれたこともあるから、俺という人物像と名前はインプットされている・・・はずである。
友達とまでは言えないかもしれないが、知り合いぐらいの認識率だと・・・思いたい。
彼女は人気者だ。いつも周りに誰かいて、いつも誰かと笑顔で話をしている。あまり一人でいるところを見かけることがない。
そんな彼女に俺は恋をした。
憧れの彼女と話ができるぐらいにお近づきになれた俺は幸せ者だ。自分でもよくやったとほめてあげたいぐらいだ。
しかし、俺は欲が出てしまった。
彼女ともっと仲良くなりたい。
そう思うようになってしまったのだ。
そんな時に俺はある情報を入手した。極秘ルートで。
それは、
此花さくらの誕生日
しかも、あと数日でその日は訪れる。
これは、もっとお近づきになるチャンスだ!
そう思った俺は、清水の舞台から飛び降りる・・・いや、そこまではいかないな。バンジージャンプで飛び降りるぐらいの覚悟を決めて、一世一代にちょっとかけるぐらいの勇気を振り絞って彼女に声を掛けたのである。
大きなクマさんのぬいぐるみ
彼女はそれが欲しいと言ったものの、
「あ、うそうそ。ジョーダンだから気にしないで」
と、続けた。
「あ、でも・・・誕生日プレゼントくれるの?」
照れ笑いの彼女も可愛い。
「もうすぐ誕生日だって耳に入っちゃったからさ。なんか欲しいものないのかなって。ああ、俺からのプレゼントが嫌でなければだけど」
俺はたどたどしく返す。すると彼女は、
「嫌じゃないし」
と笑ってから、
「大きくないクマさんのぬいぐるみが・・・欲しいかな」
と言った。
ここで分析タイム。
どうやら彼女は、最初、思わず本当に欲しいものを口に出してしまったが、それを引っ込めたのではないだろうか。
本当に欲しいのは『大きいクマさんのぬいぐるみ』。
しかし、俺に気を使って(というか、思わず本心を出してしまったことを隠そうとして)『小さいクマさんのぬいぐるみ』に変更した。
おそらく、そうだろう。
とにかく、俺からの誕生日プレゼントに対して、受け取り拒否はなさそうだ。と、俺は判断した。
さて、そこから俺は『大きなクマさんのぬいぐるみ』を調べた。
結構な大きさのものでも思ったより高くない。
これは『大きいの』イケるぞ。
手ごたえを感じ、ネットであたりを付けた店へとさっそく行ってみた。
俺がやっているバイトの16時間分ぐらいの値段で良さげな『大きいクマさんのぬいぐるみ』が売られていた。
「これください」
店員さんにそう言うと、
「彼女さんへのプレゼントですか?」
お店のお姉さんはニヤニヤしながら
「ラッピングうんと可愛くしてあげちゃいますね。サービスで」
出来上がった包装は、持って帰るのをためらうような、なんとも可愛い仕上がりだった。
それを抱えて電車に乗る俺。もちろん、注目の的であった。
そして、ここにきて気付く。
(このデカいやつ、どうやって彼女に渡そう?)
住所を聞いて送るのがいいかもしれないけど、はたして住所を教えてくれるだろうか?
悩んだ俺は、再度、意を決して直接彼女に相談することにした。
俺は彼女に「誕生日プレゼントを用意したんだけど、サイズが大きいから手渡すことが難しい」と伝えた。
彼女は一瞬、嬉しそうな顔を浮かべてから、
「えっ?・・・そうなんだ。でも・・・どうしたらいいかな?取りに・・・行く・・・とか?」
と、最大級に可愛い困り顔で言うのでありました。
もう天使。マジ天使。
「いやいや。けっこうデカいからさ。住所教えてもらって宅急便で・・・とか?」
絞り出すようにそう言うのが精いっぱい。
「送料掛かっちゃうよ。・・・う~ん・・・達也くんってどこに住んでるんだっけ?」
そういう話の流れで、誕生日の前日に彼女の住む街の最寄り駅で待ち合わせすることになった。もちろん、俺はぬいぐるみを持っていくのである。
そして当日、駅前でなんとも可愛いラッピングされたデカい袋を持って待っている俺のもとへと彼女はやってきた。
誰か女友達と一緒に現れるものだと思っていたのに、彼女は一人だった。
「ごめんね。わざわざ来てもらって」
笑顔でそう言った彼女は、やはり天使だった。
そして、その天使は続けてびっくりすることを言い出す。
「どうせだからさ、私のウチまで運んでよ」
へっ?
時が止まるって、本当にあるもんなのね。
天使が放った言葉の意味を理解するのに何時間もかかった気がする。
舞い上がる気持ちを抑えて、
「こんだけ大きいと持って歩くの大変だからね。もちろん、運ばせていただきますよ」
平静を装い答える。
道中はもう大変。
いろんなこと(よからぬことまで~ガイドラインに抵触しそうな気もするのでここでは割愛させていただきますが~)がポンポンと頭に浮かんでくることくること。
彼女とせっかく二人きりでおしゃべりしながら歩いているというのに、何をどう話したのかさえも記憶にない。
俺なんかからの誕生日プレゼントを受け取ってくれるだけでも十分キセキなのだが、なんということか、彼女はためらいもなく自分の住むアパートへと俺を連れていく。
そりゃあさ、俺だって思ってたよ。
どうせアパートの近くまで来たところで、「ありがとう。ここまででいいよ。バイバイ」だろうってさ。
「私のアパート、ここ」
彼女はそう言った。
「あ・・・。そ、そうなんだ」
彼女が指さしたアパートは、俺が住んでいるアパートよりもワンランク上と思われる建物だった。・・・って、おいおいっ!彼女のアパート知っちゃったじゃんっ!!
「それ大きかったから疲れたでしょ。飲み物何がいい?」
はあ?????
そう言いながら玄関のドアを開けてるんですが?
「どうぞ~」
今、なんつった?
な、中に入れと?
「散らかってるけど気にしないでね~」
無言で彼女に従って動く俺。
「コーヒーでいいかな?インスタントだけど」
子羊ちゃんがなにやら言っている。
「あ、ああ。コーヒーでお願いします」
迷える狼はやっとのことで返事する。
・・・女の子の部屋だ・・・。
思わず見渡す。妹の部屋よりも何倍も女の子女の子している部屋。その空間に自分がいるという不自然さ。
これって・・・
これって・・・
そういうことなのか?
いやいや、どういうことだよ?
わけわかんねー
あ“ーーーっと・・・
「一日早いけど、誕生日おめでとうございます」
何かをごまかすように、抱えていた大きな物体を彼女に押し付けた。
「ありがとう♪この大きさってやっぱあれだよね。思わず言っちゃったから・・・。ごめんね。欲しいものって聞かれて思わず本気で答えちゃって」
「いや、全然。欲しいの言ってくれたから選ぶの楽だったし・・・。開けてみてよ」
彼女は嬉しそうに包みを開けて出てきたクマにすごく喜んでくれた。
「可愛い」と「ありがとう」を何度も繰り返して。
大きいクマのぬいぐるみに喜ぶ彼女。
天使だ。
それまでも所々記憶があいまいなのに、その後、彼女のアパートの外に出るまでの記憶がごっそり抜けている。
どんな会話をしたのか
コーヒーの味はどんなだったのか
いったい、どれくらいの時間だったのか
外気に触れて、やっと正気に戻った。そんな感じ。
彼女は駅まで送ると言ってくれたが、なぜか俺は拒否った。
「道覚えてるから大丈夫だよ。コーヒーご馳走さま。お邪魔しました」
帰り道も彼女と一緒に居られるチャンスだというのに。
「本当にありがとう」
そう言って手を振る彼女の姿が見えなくなったのを確認した俺は、そこで一気にデレた。
そのデレは断続的に俺を襲ったようで、浮かれて周りが見えていなかった俺は、信号のない交差点で車にぶっ飛ばされた。
そして、最近よくありがちな話なので恐縮なのだが、俺は転生、というか転移(転異)したのである。
車にはねられ「こりゃ死んだな」と思った俺は、とっさに「どうせ死ぬんだったら此花さくらにプレゼントしたクマのぬいぐるみに転生させてください」と願った。
次に目を開けたとき、さくらの顔のドアップがそこにあった。
彼女はどうやら俺を抱きしめているらしい。
まあ、俺というよりは、クマのぬいぐるみを抱きしめているのだけど。
この事実に気が付くのに小一時間かかった。
だって、そりゃそうでしょ。
車にはねられたときに「クマのぬいぐるみになりたい」って思って、それが叶えられるなんて思わないでしょう。
・・・ああ、俺、クマのぬいぐるみなんだ。
すぐにそうは思えないって。
さくらさんは俺のプレゼントをたいそう気に入ってくれたみたいで、抱っこしたり、頭なでなでしたりと、自分の傍から離さないでいてくれた。
もう、俺にとっては、クマのぬいぐるみになった俺にとっては、まさに天国!
車にはねられて死んでしまったのか、俺の魂はクマのぬいぐるみに転移してしまったようだ。
此花さくらと一緒に生活できるという、この上ない幸運に恵まれたのではあるが、
腕・・・動かせない
手・・・指さえ動かせない
脚・・・全く動かせない
首・・・うんともすんとも言わない
口・・・話すどころか動かせもしない
目・・・目の前だけは見えるのだけど、目ん玉を動かすことができないのか視界を自分では動かせない。さくらさんにぬいぐるみを動かしてもらわなければ違う場所を見ることはできない。
まるっきりぬいぐるみの体なのだ。
耳・・・聞こえる。元々(人間だった時も)動かせなかったので、これは変わりない。
ただ、何かに触れている部分は、なんとなく感触が解る。
それと、
鼻・・・動かすことはできないが、匂いは感じられる。
なので、
さくらさんが抱っこでもしてくれようものなら、その良い香りとその柔らかな感触が伝わってくるのだ。
ここはなんというヘブンなのでしょう♪
初めはそう思った。
しかし、この蛇の生殺し状態は時間が経つほどに地獄の苦しみに変わった。
スマホをいじっているさくらさん。
鼻歌を歌っているさくらさん。
目の前にさくらさんの日常が拡がる。
抱っこしてくれているときに俺からも抱きしめたい。
でも、それはできない。
もどかしい。
天国だと感じていたのに、地獄の苦しみに変わり始めてからしばらくして、彼女のスマホが鳴った。
ラインか何かかな?
俺は彼女に抱っこされているので、スマホの画面は見えない。
「えっうそっ。なんで?」
そんなことをしゃべっている。
「やだっ嘘でしょ」
泣き出してしまった。
こんな天使を泣かせるなんて、何があったのだろう?
心配だけど、ぬいぐるみの俺には彼女を慰めてやることなんてできやしない。
‐ぬいぐるみになんてならなきゃよかった‐
俺はそう思った。
その次の瞬間、視界は遮断された。
‐あっうそうそ!ぬいぐるみでもいいから彼女のそばに居させてください!‐
慌ててそう願ったが戻ることはなかった。
‐俺が死んだんだとしたら、彼女は俺のために泣いてくれるかなあ?‐
そんなことを思う俺であった。
その後、達也くんの魂はどうなったのでしょうね?
車にはねられた肉体に蘇生できたのか、
それともどこかへ旅立ってしまったのか。
もしかしたら、
ほら、あなたの部屋にあるぬいぐるみ
熱い視線をあなたに送っていませんか?




