第九話 駆け出し冒険者が二人
陽の光がユウキの顔にあたり、目覚める。
真っ黒な髪が光に反射して美しく輝く。
寝ていた床から飛び起き、大きく伸びをする。そして満面の笑みで、
「おっはよう!!!!」
恒例の朝の挨拶と共にユウキの理不尽なチョップがハルキとツキカゲを襲う。
ハルキは流石に起きたが、ツキカゲは二日酔いでとても辛そうだ。
「・・・・・・ユウキ・・・貴様何をする・・・・」
ツキカゲがユウキを恨めしそうに睨む。
「まぁまぁ!良い目覚ましになっただろ!!」
これまた清々しい笑顔でユウキが応える。
「俺様は二日酔いなんだ・・・・寝かせてくれ・・・・」
「おれは二日酔いなんてねえぞ?ハルキはどうだ?」
「僕も全然大丈夫だよ。これも血を奪いし者の適正のおかげなのかな?」
観葉植物に張り付いて寝ていたペペも目を覚ます。
『おはようバオご主人たち。』
「おはよう、ぺぺ。」
「おっはようペペ!」
ふと、ぺぺの輪郭がぼやけているのに気が付いたハルキ。何事かと声を掛ける。
『あ~。もうそんな時期バオね。そろそろ継続現界に限界が来たみたいバオ。』
『さすがに常時の現界は魔力消費も凄いバオし、いざとなったら呼んでくれバオ。』
『それじゃ。』
ペペが赤い粒子となって飛散し、その粒子がハルキの左掌へと吸い込まれてゆく。
あまりにも説明の無さすぎる出来事に呆気に取られているとと突然、
ユウキ達の部屋のドアが乱暴に開けられた。
「おはよう。客人達よ。よく眠れたかな?マルクル辺境伯殿が客人達に会いたがっている。」
「早急に準備されたし。」
「申し遅れた。私の名はセリシール・オウカ。要塞都市コーサスで軍師をしている。」
「以後、吾輩のことは『オウカ軍師』と呼ぶように。」
突然の来訪と自己紹介の勢いに多少面食らいつつも、ユウキは一応、応える。
「え~っと、オウカ軍師?王に謁見したくともここに二日酔いがいますので今日は寝かせておいてもよろしいでしょうか?」
初対面で気迫負けしてしまい、ぎこちない敬語で尋ねる。
オウカはベッドの上に横たわるツキカゲを見ると、速足で近づき、ツキカゲの額に触れる。
淡い光が少し発せられる。
「これで二日酔いは治まるはずだ。さあ、早く参られい。」
そして少し笑いながらツキカゲに皮肉を込めて小声で囁く。
(アークデーモンを討ち倒した豪傑といえど酒には勝てぬとはな。)
そしてオウカは何も言わずに部屋から立ち去る。
耳ざとく囁きを聞いていたユウキがツキカゲに聞く。
「アークデーモンを討ち倒したってなんの話だ?」
だがツキカゲは応えずに影の中へ消えた。
「あっあいつ逃げやがった」
ユウキとハルキは洗濯しておいてもらったいつもの服装に着替え、謁見の間に行くまでにスズネと合流し、
辺境伯に謁見した。
マルクル辺境伯の話を要約すると、御一行には領に滞在してもらう。滞在してくれている間、税の徴収も勿論せず、当分は客人として、生活は保障し、要請があれば屋敷も無償で譲渡する。その代わり、有事の際は動いてもらう。そういうことであった。
成程。とハルキは思った。ハルキ達が勇者であれば、この領にとってそれだけでも武器になる。
勇者でなかったとしても、これほどの豪傑であれば有事の際に働いてくれる。
なにしろ他の国に侵略されずに済む。ここは隣国や魔族領に最も近い辺境の為、度々魔物の襲撃などにも
出くわすのだ。ギガンティアの王(第二話参照)の言っている通りに魔物が送り込まれてきたのなら、
ギガンティアと魔族領に最も近いコーサスが狙われたのも頷ける。
マルクル王がそれで構わんかね?と確認する。
ハルキは少し微笑むと、
「ええ。問題ありません。みんなもそうでしょ?」
「こんな活気のある所に滞在しないだけ損だしな」
「俺様は問題ない」
スズネも無言で頷く。
「ですが」
ハルキが付け足す。
「条件があります」
その言葉に辺境伯がたじろぐ。
ハルキが指を二本立てながら言う。
「条件は二つ。一つ目はぼく達の事は例え辺境伯領の人々であっても、王国からの使者であっても秘密にすること。二つ目は・・・そうですね、我々を「客人」ではなく「辺境伯領の民」として扱って頂くこと。勿論税の徴収もしていいですし、ここには大陸最大級の冒険者ギルドがあるのでしょう?そこに登録して冒険者として生計を立てていきます。有事の際には、勿論兵隊として参加する予定です。ご心配なく。」
勿論、ハルキには考えあっての言動である。
ユウキは、なんでそんなこと言うんだよ、お客さんとしての待遇なら毎日贅沢三昧できるって言ってるのに?と言いそうになったがハルキのただならぬオーラに口を噤んだ。
ハルキが突然饒舌に語りだしたのに少々驚きつつ、マルクル辺境伯は承諾してくれた。
領民になる手続きなどはあちらでまとめてやっておいてくれるとのこと。
お世話になった執事たちに挨拶をし、屋敷を後にする。
屋敷を出る途中に、「ほんの気持ち」として硬貨が入っているのだろう。ずっしり重たい袋を渡されたが、ハルキは「どうせ辺境伯領の一般市民になる身ですし、そんな大金困りますよ。」と、笑顔で断った。
辺境伯の屋敷を後にした御一行。
次に向かったのは冒険者ギルドだ。
辺境伯から、「何かの役には立つじゃろう。ウチのギルドマスターはちと曲者でな。くれぐれも、油断はせぬようにの。」
と、紹介状を貰った。
ギルドへの道中でふとユウキがハルキに尋ねる。
「なあハルキ、さっきはよかったのか?結構な好条件で滞在させてくれるって辺境伯言ってたけど。」
大丈夫だよ。とハルキが微笑む。
「考えはあるよ。だってよく考えてみて?「勇者が居る」ってだけでその国としてはステータスになるんだから、もし本国の王様とかの耳に入ったら、全力で僕らを囲い込みに来るでしょ?
だから僕らのことは秘密にして、王国の使者であっても伝えないように。って言ったんだよ。」
ユウキはハルキの注意深さと厄介ごとを避ける能力に感嘆した。
「そんなことまで考えてたのか・・・さっすがハルキ。」
ユウキの影に隠れていたツキカゲが顔だけだして呟く。
「まさかそんなことまで理解できていなかったのか?」
スズネも呆れたように呟く。
「これだから脳筋は・・・・」
やがて、剣と盾が描かれている看板の建物へと着いた。
「ここが冒険者ギルドよ。あの看板が目印だから、覚えておいて。」
「うーい」
「わかった~」
異世界初心者組に指導するスズネ先生に気の抜けた返事をする生徒二人。
「はいこれ。忘れないように。」
と言って渡された小袋をユウキは受け取る。
中には銀貨が2枚。
ギルドへの道は恐ろしく簡単だった。何しろ、屋敷を出て大通りを一直線だったからだ。
ギルドの扉を開けると、ユウキとハルキは目に飛び込んできた光景に心を奪われた。
ギルドの扉から正面にはカウンターがあり、右側には膨大な量の依頼書が貼られたボードが。
向かって左は酒場となっている。カウンターから酒や料理の注文ができるらしく、円形なテーブルが並ぶ
酒場では酒やつまみが並べられ、いくつかのグループにわかれて談笑をしている。
見た目でもわかる通り、全員冒険者だ。
「うおおおおお!すげぇ!こっからおれ達の冒険が始まるのか!」
「想像した通りだ!なんだかわくわくしてくるよ!」
完全に田舎者感丸出しな発言だ。
「さあ、登録のカウンターは正面よ。私は外で待ってるからいってらっしゃい。」
「「はーい!!」」
今度は良い返事の二人。
「俺様は一応ユウキの影に入っておこう。なにかあったらなんとかしよう。」
カウンターの受付嬢に声を掛けて登録へ移る。
「担当のティアスと申します!本日は冒険者ギルドへお越しくださりありがとうございます。」
今回ユウキらの担当となったのは、燃える様な赤い髪が特徴的なティアス嬢だ。
「冒険者登録がしたいんですが。おれとハルキの二人です。」
ティアス嬢が笑顔で応える。
「分かりました。ではこちらの用紙に必要事項を記入お願いします。登録には1000Gが必要です。」
どうやらこの世界の通貨単位はGで統一されているようだ。
日本円と比較すると1G=10円くらいだ。
硬貨の種類の多種あり、
鉄貨(1G)
銅貨(10G)
大銅貨(100G)
銀貨(1000G)
金貨(1万G)
大金貨(10万G)
白金貨(100万G)
の六種となる。
ユウキの手持ちは、先ほどスズネからもらった銀貨2枚。2000Gにあたる。
ハルキの分と合わせて丁度2000Gだ。
(さっすが。用意周到だな)
スズネに少しばかり感心するユウキ。
ハルキが唯一心配だった文字も、羊皮紙に書かれた文字が日本語だったためホッと胸を撫で下ろした。
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名前:ユウキ
年齢:17
種族:人間
出身:アスゴア
職業:未定
習得魔法:なし
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ユウキの記入内容はこのような感じだ。
出身地については、ツキカゲからの口添えにより、戦闘民族しか住まず、作物も育たない無法地帯。そして開拓が進んでおらず未だ謎が多いアスゴア出身とした。
つまり、出身地を偽ってもそうはバレまい。そういうことだ。
「あ、そうだ。マルクル辺境伯から紹介状を預かっています。」
ハルキがそう言ってティアス嬢に紹介状を渡す。
ティアス嬢は二人の用紙と辺境伯の判子を確認すると、
「確認致しました。それでは適性検査をしますので奥の部屋へどうぞ。」
と、案内される。
言われるままに二人は奥の部屋へ。
部屋には、金髪碧眼の美男子─────だったであろう中年男性が少しだけ背もたれの高い椅子の座っていた。恐らく相当疲れているのだろう。うっすらと目の下に隈が。背は高く見えるが少し腹が出ている。
「ようこそ。冒険者ギルドへ。君たちを歓迎するよ。」
金髪の男性は椅子から立ち上がり、二人と握手を交わす。
「よろしくお願いします!」
「はい。よろしくお願いします」
ティアス嬢が金髪の男性へ用紙を渡す。
「ほう。アスゴアから。これはこれは珍しいお客人だ。」
「は、はぁ」
「そう警戒せずとも。余計な詮索はしない。それでは本題に移ろう。この水晶に触れてみてくれ。」
「「わかりました」」
まず、ユウキが水晶に触れる。
「・・・・ほう。これは興味深い。『剛腕レベル10』、それに『体術レベル5』、『身体強化(大)』か。ここまで近接戦特化の適正は見たことがない。」
次はハルキが水晶に触れる。
「ほう、これまた素晴らしい。『魔力攻撃力上昇レベル5』、『召喚魔法』、『魔獣召喚』、『炎魔法適正』か。こちらも一級品のスキルと適正ばかりだ。」
「二人とも、少々字が崩れていて判別できない部分があったが問題はないだろう。」
「二人とも、アスゴア出身と言っていたね?できれば両親のこと等についても教えてくれないか。」
適正とスキルは、親から受け継いで生まれてくるのが大半であるそうだ。
ユウキが機転を利かせて、
「おれもハルキも、物心ついたときから両親はいません。」
金髪の男性の顔が、少しだけ暗くなる。
「すまない。余計な詮索はしないといっておきながら、大変失礼な事をしてしまった。
お詫びと言ってはなんだが、今回の登録料は無料にしておこう。」
ユウキはこの男にそんな権限があるのか、と怪訝な顔をしたが、ハルキは薄々気づいていたようだ。
「申し遅れた。私はコーサス冒険者ギルド支部の冒険者組合長、
ノブヒト・ヴァン・オンサーガーだ。君たちの今日から冒険者の仲間入りだ。ウチのギルドをこれからも
御贔屓に頼むよ。」
ノブヒトが渾身のキメ顔で言う。
(ギルドマスター直々に新参者の鑑定か。噂以上だな。)
影の中のツキカゲは心の中でそう呟く。
((これまた名前が特徴的なヤツが出てきたな))
二人が驚くのも無理はない。何しろ、異世界にきてから、「ユウキ」「ハルキ」「スズネ」以外の
あからさまな日本人名は耳にしたことがなかったからだ。
ノブヒトが続ける。
「明日もここへ来てくれたまえ。職業の鑑定を行う。」
「わ、わかりました」
「は・・・はい、了解です」
(こりゃあ何か裏がありそうだな)
ユウキはノブヒトの言動にそう思っていた。
だが今のユウキには、知る由もなかった。