陸 未来/演算
薄暗い一室。
床に固定されたシリンダーがこぽこぽという不気味な音を発している。
大きな背もたれのある椅子には、ぐったりとしたスズネの姿が。本人の意識は無く、ただ光の入らない瞳が虚空を映す。
「────さて。」
「解析は終了した。どうやら未来視の模倣は不可能の様だ。」
「残ったのは廃人同様の小娘一匹。精神干渉はほぼ不可能と来た。」
「どうすれば良い。アキレウス。」
アキレウスと呼ばれた仮面の男が淡々と答える。
『私にはわかりかねます。・・・大総統はもうお分かりの上で、私にお尋ねになったのでは?』
「はは。よくわかってるじゃあないか。最近は生体兵器にも手を出してね。おや。丁度良いところに洗脳用に改造した蟲が。」
アグルトはそうわざとらしく言うと、一つの小さなシリンダーを見つめる。その中には、半透明な緑色のどろどろとした液体に浸かる、糸の様に細く、それでいて鰐の様な獰猛な顎を持つ蟲が。
「こいつは特製でね。脊椎に一匹、心臓に一匹入り込んだだけでその肉体の精神波をジャックして、意のままに操れるのさ」
『なるほど。それを、この被検体に?』
「アトラスからの映像で他の三人にも興味が湧いてね。肉片だけでもいい。少し調査をしてみたい。」
『そこで、この被検体を送り込むと?』
椅子に腰を下ろし、天井を仰ぎながら横目で応える。
「そうさ。アトラスとの戦闘データがあるが、対人戦の練度もどんなものか知りたい」
「別の大陸では二人の天使が居たらしい。そいつらを、無礼にも異質な力を持つ四人の一般人が殺した。」
アグルトは手を額に当て、笑う。
「く、ははは。ああ、実に奇妙だ。」
◆ ◆ ◆
「だーかーら!仲間が攫われたんだっつの!」
「君達の強さは充分わかった。だが、今のガリア王国にはアトラスの様な将軍級のオートマタがわんさか居る。ユウキ達の腕前は心配しちゃいねえ。だが、レジスタンスのリーダーとしてユウキ、お前達を危険に晒すわけにはいかん。」
大戦はユウキ達の先制攻撃によりレジスタンスの圧勝となった。すぐにでもスズネ救出に動きたいユウキ達とユウキ達の身を案じるオルセインとの間では対立があった。
「じゃあこれはどうだろう。僕とユウキ、それからツキカゲ。この三人でガリア王国へ偵察に行ってくるよ。」
「同感だ。隠密なら俺様の十八番だ。多少の武力行使もできる」
「オートマタがどこから来ているのか。敵の戦力はどんなものか。未だ不鮮明なものが多いだろう」
「それは・・・そうだが」
口ごもるオルセイン。
「じゃあ、見捨てるってのかよ!?」
ユウキ、ハルキ、ツキカゲらの眼をじっと見つめ、その信念に揺らぎが無い事を確認すると、オルセインは吹っ切れた様に言った。
「わかった。良いだろう。」
「「やったー!」」
「良し」
「ただし」
太く短い人差し指を自身の眼の高さにあげるオルセイン。
「無茶はするな。これは絶対だ。」
「おう!」
「もちろん!」
「無論だ」
いそいそと準備を始める三人に、オルセインは少し微笑む。
(こいつらなら、きっと大丈夫だ)
◆ ◆ ◆
「─────演算終了」
アグルトが閉じていた眼を開く。
「未来は視えずとも、真似事はできる」
「・・・アキレウス」
『はい』
部屋の隅に待機していた仮面の男が応える。
「失敗作となった試作機があったな。アレを廃棄場の目立つ場所に置いておけ」
『御意のままに』
「さあ。仕掛けられる罠は仕掛けた。あとは、残りの三人がどうなるか、だな。なあ、訪問者よ?」
「・・・・・・」
「おっと、話しかけても無駄だったか」
アグルトのわざとらしい言葉が、静寂に呑まれて消えて行く。
◆ ◆ ◆
「あれが、ガリア王国か」
「大きいね」
「大層な建築だな」
周りの山々の三倍はある城壁。そして大きな扉。そして外から少しだけ見える無数の煙突。それぞれが毒々しい色の煙を空へ放っている。
「えらくスチームパンクだな」
「アトラスも動力の一部に蒸気を使ってたし、何か関係あるのかもね」
「無駄話は後だ。ここもじき巡回が来る。俺様の影へ入れ。移動するぞ。」
言われるがまま、ツキカゲの足元の影へと飛び込むユウキとハルキ。
一塊の影となって、高速移動を開始する。
「ツキカゲ、あれ」
「ああ。何かの廃棄場の様だ」
「行ってみようぜ」
「良し」
そこは、廃棄場という言葉以外に形容し難い場所であった。散乱するスクラップ、錆により赤黒く変色した大地。何より、無数のオートマタの成れの果てや失敗作がそこら中に転がっている。
その中に、ユウキは何か動くものを見つけた。
「!」
走り出すユウキ。
それに気づき、追いかけるハルキ。
周りを警戒しつつ、ツキカゲも向かう。
そこには、目新しさを感じるオートマタが。身体パーツの大部分が欠損してはいるが、機能中枢は生きているらしく、露出したカメラアイからはほのかに光が放たれている。
「最近廃棄された個体みたいだな」
「見た所完全に壊れてはいない。持ち帰れば何かの手がかりになるかもしれん」
「データをハッキングすれば情報を抜き取れるかもしれない」
「そんなことができるのか!?」
「うん。なんとかやって見せる」
「そうと決まれば行動開始だ。ユウキ、そいつを担げ。帰還するぞ」
「おう」
「了解」
その光景を、隠しカメラから眺める人物が。
「く、っはっはっは!」
「実に愉快だ!まんまと私の罠に!」
『お見事でございます。大総統』
赤黒い液体をグラスに注ぎながら言うアキレウス。
「相当な阿呆らしいな。あの三人は。見るからに罠だろう。」
グラスを傾けながらアグルトは言う。
「その行動が命取りだ。訪問者達よ。」
愉悦の笑みを顔に貼り付けながら、口が歪な三日月となる。
◇ ◇ ◇
檻の中。暗闇という名の枷。
何もない空間。不思議と苦では無い。
「ひとりぼっちも慣れたものね」
しかし、どこか、心に翳りは感じる。
「寂しい・・・?」
自身に問いを投げかける。
「嗚呼。」
今思えば。
「私に寂しさをくれたのね。」
何も無い空間に三人の顔が浮かび上がる。
なんでもない記憶。しかし、今のスズネの心には充分すぎる記憶。
「ただの孤独に、価値を与えてくれた。」
胸の奥から、ふつふつと何かが沸き上がり、今を諦めない力をくれる。
「誰にも渡さない。これは、私の記憶よ。」