参 あの記憶は群青色
お久しぶりです。夏島です。スズネ過去編、どうかお楽しみください。
とある冒険者ギルドにて
未だ幼さを残した少女が訪れる。
明らかに異質なオーラを纏う彼女に、ギルド中の視線が集中する。
酒のジョッキを片手に見る者。揶揄う様な視線を送る者。横目でこそこそと見る者。
気にも留めず、つかつかとカウンターに歩み寄る。
「ねえ。冒険者登録をしたいんだけど。」
怪訝な表情を浮かべる受付嬢が、さもやれやれといった表情で口を開く。
「では、登録料、金貨二枚となります。」
そうだった、という表情を浮かべる少女。身ひとつでこの世界に召喚されたため、お金など持っていないのだ。
その様子を見ていた大柄な冒険者のが、声高に声を掛ける。
「よう嬢ちゃん!何者か知らんが、無一文でギルドを訪れるなんて良い度胸だな。」
「どうだ?俺と飲み比べで勝ったらそのカネ、出してやるよ。」
彼の名はゴードン。大柄な体躯とスキンヘッド。無骨な大剣が特徴の、このギルドきっての実力者であり、出世頭であり、酒豪である。
「可哀そうに・・・」「大人げねぇ・・・」「おいおいマジかよ」
ひそひそと少女を哀れむ声が聞こえる。
しかし、無言で席に着き、ゴードンを睨みつける少女。
「い~い度胸だ。マスター!俺とこの嬢ちゃんに酒をもって来い!飲み比べだ!」
一定数の冒険者達から歓声が上がる。
「悪いことは言わん。やめとけ。ゴードンはタチが悪い。」
そう促す観衆達の声を流水の如く聞き流し、対決が始まる。
大きなジョッキの中の麦酒を勢い良く呷る少女の左眼は、白群青に輝いていた。
一杯目を両者ともに飲み干し、更なる熱気に包まれるギルド。
対照的に、氷の様に冷たい表情の少女が、ほんの少し、不敵な笑みを浮かべる。
そして
ゴードンの圧勝かと思われた飲み比べだが、少女の飲みっぷりに、ゴードンは完敗した。
テーブルに並ぶ百を優に超えるジョッキの数。
泥酔したゴードンが、苦しそうに絞り出す様な声で少女に声を掛ける。
「お前・・・何者だ・・・??」
全く酔っている様子の無い少女が口を開く。
「───鈴、いいえ。スズネ。スズネ・シヅキよ。」
「・・・こんだけ呑んでも・・・酔わねえのか・・・・」
「化け物め・・・・・」
「あら、髪の毛が無ければ、デリカシーも無いのかしら?」
くす、と笑いながら、揶揄うスズネ。
「──ッ、このガキ!!」
激昂し、スズネに向かって拳を振り上げるゴードン。
「残念。それは視えてる。」
眼前に迫るゴードンの拳を、スズネは右掌で側面から押すことで方向をずらす。
辺りがスローモーションに見える程の高速で身体を反転させ、左手はゴードンの肘辺りを。右手は肩の下辺りの服を掴む。
「え?」
ゴードンの口から間抜けな声が漏れる。世界が反転しているのだ。
身長二メートル。体重百キロはある巨体が、ふわりと中に浮き、一瞬の間の後、重力と轟音と共にテーブルへ叩きつけられる。テーブルは真っ二つに割れる。背中への激痛と、全身を駆け巡る衝撃。酔った脳。何が起きたかわからないゴードンに、スズネはトドメを刺す。スズネの身長ほどある彼の大剣を片手で持ち、顔の真横に突き立て、白群青の光を放つ左眼で威圧する。
「ひぅ」
子犬の様な鳴き声を出した後、眼が真っ白になり、失神する。
「弁償と登録料、よろしくね」
登録用紙に自身のサインをさらさらと書くと、出口へ踵を返し、ギルドを後にする。
スズネの声の残響が消えた後、そこには静寂と、口をあんぐりと開けたまま硬直した観衆達の顔だけが残った。
街を眺めながら歩くスズネ。
彼女の頬はほんの少し赤く染まっている。
「ちょっと酔っちゃった。」
「あれだけお酒を呑んでもこれだけしか酔わないなんて。私もびっくり。」
上機嫌に呟くスズネ。
彼女の手には、ギルドのクエストボードから剥がした依頼書。そして、一対の双剣が。
退屈そうに依頼書を眺めるスズネ。そこには、
『黒竜討伐』と書かれている。
「ん?冒険者ランクA以上?」
少し、考える素振りを見せるスズネ。
「ま、いっか。」
ほろ酔い状態で機嫌の良いスズネは細かい事は気にしない様だ。
スズネは軽やかな足取りで目的地である『赤色の森』へ足を運ぶ。
「ね、おじいさん。赤色の森って知らない?」
道すがら、大きな背負子の行商人らしき人物を見かけては道を聞くスズネ。
依頼書だけ千切り取っており、肝心の地図は持ってきていないのであった。なんともお茶目である。
細い目つきの人のよさそうな老爺は親切に応える。
「赤色の森ならこの道を真っ直ぐ行けば在る。何をしに行くのかわからんが、あそこはやめときな。お嬢ちゃん。なんでも、最近黒竜だかが住み着いて、誰も近づかなくなったんだと。あそこは元々流通の為の道が用意されていたんだがねえ。今では封鎖されて、わしらも商売あがったりだよ。」
にや、と口角を上げるスズネ。
「じゃあ、私がその黒竜を倒して、森をもう一度みんなが使える様にしたら、どうなるの?」
細い目が少し開くような驚きの表情の後、再び穏やかな顔に戻る。
「そうなったら、この辺りの物流が良くなって、経済が活発になるかねえ。きっと皆、お嬢ちゃんに感謝するだろうさ。」
老爺に礼を述べた後、スズネは早速森へと駆ける。
元々運動は得意であったが、身体が羽根の様に軽く、風の様に走ることができている。
「────ここね」
『赤色の森』へとたどり着いたスズネ。
老爺の話によると、『巡礼樹』と呼ばれる樹の透き通るような葉が、陽光を取り込み、赤く反射することから、赤色と名付けられたそうだ。
しかし目の前に広がる森には、葉が一つも付いていない。在るのは、貪られた様な歯形と、瘦せ細った樹のみである。
「綺麗って言うから来てみたのに。」
溜め息交じりに残念そうに呟くスズネ。
ふと足元へと視線を落とす。
そこには、打ち捨てられた看板が。そこには、『警告』と書かれている。
何やら、森を囲う様に、魔力でできた半透明な膜も張られている。恐らく結界であろう。
結界に指先で触れ、つう、と上から下に走らせる。結界に人ひとり通れるほどの亀裂ができ、それをくぐる。
その瞬間、大気を揺らす大きな羽音と共に、大きな影がスズネの上に掛かる。
「アナタが、黒竜ね?」
鈍く光る黒い鱗に全身を覆われた、翼を持つ大蜥蜴がスズネを見下ろしていた。
黄色に光る眼球と、縦長の瞳孔。渦を巻いたかの様な角。曲がった爪。口からはちろちろと炎が漏れ、既に臨戦態勢である。
「へえ。縄張りに侵入した奴は即刻排除ってコト?」
「キシャァァァアア!!」
スズネの台詞が終わるや否や、金属を引掻く様な耳障りな咆哮を上げながら急降下し、両の脚でスズネを引き裂こうとする黒竜。その勢いのまま着地し、地面は割れ、土埃が舞う。しかし、脚の中には何も無い。
「残念。こんなに単調なおバカさんだったなんて。」
「でも、おかげで酔いは覚めたわ。」
黒竜の背中をてくてくと歩きながら、余裕の表情を見せるスズネ。背中に乗られた事にやっと気づいた黒竜は、激しく暴れ、スズネを振り落そうとする。
「もうそこには居ないわよ。」
いつの間にか地面に降り立ち、懐に仕舞っておいた双剣を退屈そうに眺めているスズネ。
「なまくらな刃だけど、まあいっか。」
体勢を立て直した黒竜が、地を駆けながらスズネを目掛け突進する。
「こっちこっち。」
三歩右へ歩き、煽る様に避けるスズネ。
急激な方向転換にバランスを崩す黒竜。地面に突っ伏す形で倒れ込む。
歯ぎしりともとれるブレスの予備動作の後、口から炎が吐かれる。かに思えた。
「だーめ。森が燃えちゃう。」
竜の耳の後ろと喉。短剣が深々と刺さっていた。外へと吐き出されるはずの炎は逆流し、黒竜の体内を焼き尽くす。
敵の攻撃を弾くはずの鱗はかえって放熱の妨げとなり、さらに身を焼いていく。
しばらく藻掻く様に苦しんだ後、完全に動かなくなる。
「このテの狩猟は散々ゲームでやって来たけど、大した事なかったわね。」
双剣を抜き取り、討伐証拠の為の逆鱗の剥ぎ取りに掛かろうとしたその瞬間、先程の倍に近い影が太陽を隠す。
振り向きながら笑みを零すスズネ。
「始めまして。成体の黒龍さん?」
スズネの左眼は白群青に爛々と輝いていた。
揺れる脳髄。奔る残影。続く闘い。
(流石に、しんどい・・・・)
双剣の片方はとうに折れ、黒龍は未だ健在である。
幾ら未来が視え、最適の行動を取れるとしても、待久力では龍種に劣る。
攻撃を加えようにも、黒龍の全身から生える黒い棘に阻まれる。
『剛腕』スキルのお陰で多少素手での攻撃は可能であるが、体力はすり減っていく。ジリ貧、と言うヤツである。
先の幼体とは比べ物にならない程の膂力と身体能力。そして硬い棘。短剣一本では歯が立たない。
しかしそれはスズネ以外の人間なら、の話である。
(こんな時、あいつならどうするだろう)
静かに瞼を閉じるスズネ。脳の働きのうち、記憶を司る海馬から懐かしい記憶が流れ込む。
黒龍は”とどめ”と言わんばかりに鋭い牙の並ぶ口を開け、喉の奥で烈火が踊る。
『やれるさ。スズネなら』
やたら陽気な笑顔がスズネの背中を押す。
「そうね。今までの私なら、ここで諦めてたかもしれない。けど。」
「私は視た。これから始まる私達の物語を。」
黒龍の口腔内から熱線が放たれ、風を裂いてスズネに迫る。
「だから、まだ立ち止まるわけにはいかない。」
スズネの左眼が白群青に輝き、身体能力が大幅に増幅する。
「───壱式。」
一歩で音を越え。二歩で空間を跳躍する。
それは一条の光となりて。
熱線は虚無を焼き。
一筋の光は駆け抜ける。
真っ白な閃光。
瞬きの後、黒龍は胴を二つに裂かれ、地へと倒れ込む。
「───不知火。」
白群青の輝きが収まった頃、スズネは黒龍の屍を見下ろす。
手には折れた短剣が。
「光の速さであれだけ切りつけたんだもの。折れて当然よね。」
枯れ果てた巡礼樹の根に腰を掛け、一休みするスズネ。
すると、虹色の光が集まる様にして、一つだけ新たな葉が生まれる。
「そういえば、巡礼樹は人の思い出から葉をつけるんだっけ。」
巡礼樹の葉。その葉に触れれば、記憶が思い起こされるという。
「でも、今は過去を振り返ってる時じゃない。」
それに呼応するように、数多の巡礼樹たちが一斉に葉をつける。
「───そう。私の代わりに思い出を守っててくれるのね」
その葉が夕焼けの光を取り込み、煌々と輝く。
白群青と赤とが混じり合う世界。
その中に、決意を秘めた、未来を視る少女が一人。
物語は、さらなる深淵へ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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