第二拾一話 急Ⅱ
長らくお待たせ致しました。
第1章最終話になります。(エピローグ除く)
どうかお楽しみ下さい。
「ステータス、オープン」
大戦(第八話参照)から貯めに貯めた経験値を全て費やし、
自身をもう一段階上の肉体へと強化する。
『レベルの上昇を確認。』
ユウキの目の前に半透明な水色のウインドウが現れ、新たな力の解放を告げる。
『再生と犠牲を解放しました』
(───よし、これなら!)
「再生!」
ユウキが叫ぶ。
次の瞬間、ユウキの手首がまるで鋸で切断されたかの様に血が噴き出し、
損傷した拳を修繕するかの様に鮮血が収束していく。
一連の後、手首の傷は疎か、機能不全にまで陥っていたユウキの右手は、完全に修復されていた。
ユウキは確認するように右手を握り込むと、ファネスへ向き直り、
「犠牲」
と呟く。
ばちん、という音の後、何事か、と自分の右手に眼をやるファネス。
その右手は、先程のユウキの様に、損傷していた。
「面白い能力持ってんのね。馬鹿猿。」
「少々驚いたけど、ワタシにかかればこんなものよ。」
ファネスの右手が眩い光に包まれ、一瞬の後、完璧に復元していた。
「これも権能ってヤツ。馬鹿猿、あんたみたいな復元の真似事とは違うのよ。」
「なんの、まだまだこれからだぜ?」
おどける様に両手をひけらかすユウキ。
『レベルの上昇を確認。ステータス及び肉体の強化を開始』
ユウキの脳内に直接語り掛ける様に報告が流れる。
「体力と攻撃力に、全振りだ。」
『了承』
アナウンスの直後、ユウキの肉体を生体エネルギーが駆け巡る。
「すっげえ。血管全部にエナジードリンク流し込まれてるみたいだ。」
満ち満ちるエネルギーと肉体の高揚感に思わず小走りするユウキ。
「そんじゃ仕切り直しと・・・行きますか!」
「いいわよ。掛かってきなさ────ッ!?」
ファネスが言い終わるよりも前に跳躍し、空中のファネスに迫るユウキ。
レベルアップによるブーストにより身体能力はこれまでの比では無い。
(速いッ!?)
避け切る事は無理と悟ったファネスは両腕を顔の前で交差し、ユウキの攻撃を受け止める。
膂力はユウキが勝り、ファネスを弾き飛ばしたものの、未だ致命傷には至らない。
「ふ・・・ふふ。やるじゃない。ちょっと油断しちゃったワ。」
「次は・・・避けて見せる。」
「ファネス・・・だっけか。そういえばアンタ──────」
先程の一合で何か分かったのか、ファネスに語り掛けるユウキ。
「何よ」
「自分の兄さん、呑んだな?」
一瞬、ファネスの眼に狼狽の色が映る。
「だ・・だったら何よ!!今はワタシという崇高な存在の一部として─────」
「アンタの兄さん、放してくれ、放してくれって叫んでるぜ?」
「まあ、兄ちゃんの力借りないとおれに勝てない様なら、黄昏の天使もとんだ蚊トンボだな。」
「──────ッ!!」
「黙れ!!いい?おにーさまは今、幸せなの。ワタシの一部として生き永らえる事が出来て。」
「ツキカゲだってすぐに殺して、あの世に連れて行って幸せにしてあげるの!」
「『家族を幸せにする』そんな天使が弱いワケ無いじゃない!!」
ヒステリックに喚くファネスを、ユウキはただ不敵な笑みで眺める。
「何よその眼!?まだワタシに勝った訳でもあるまいし!!」
「いや」
「もう十分だろ?スズネ。」
「よくできました。百点あげるわ。」
ユウキの真後ろからするりと現れたスズネ。ファネスの意識から完全に外れていた時、
スズネは魔術と呪術を組み合わせた網を張り巡らせ、ファネスを拘束しにかかっていたのだ。
気付けば、ファネスの周りは不規則に張られた糸だらけであった。
さながら、蜘蛛の巣の中で孤立する蚊蜻蛉の様に。
(してやられた・・・馬鹿猿の他に腹黒暗殺者・・・完全に忘れてた・・・)
「さあて、第二ラウンドだ。」
「容赦は要らないわよ。ユウキ。」
ユウキは右、スズネは左に展開し、的を絞らせない様に立ち回る。
先程のユウキの煽りと自由な行動が制限される戦闘環境により、ファネスの精神的負担は計り知れない。
更に、幾ら躱しても躱してもしつこく肉弾戦を仕掛けてくるユウキと魔術網を足場に
執拗に翼を狙い、立体的に攻め立てるスズネ。
ファネスの表情には着実に焦燥の色が映り始めていた。
「ところでさっきの百点、何点中の百点?」
「五百点」
「実質二十点か。ちぇ~。」
戦闘中にも関わらず、飛び回りながら会話を続けるユウキとスズネに、焦燥を通り越して
ふつふつと怒りを滾らせるファネス。
地面を蹴り砕いて跳躍し、真下から一直線に飛んでくるユウキ。
魔術網を足場に真上から双剣を振り下ろそうとするスズネ。
二人の完璧な連携攻撃が決まろうとした瞬間、青白い閃光がユウキとスズネの視界を包む。
「ッ!?なんだ、今の光!!」
「いい加減にしなさい。ワタシに逆らうような愚行は己の寿命を縮めるだけよ」
そこには、先程まで居た、攻撃に動揺する様なファネスは居なくなっていた。
そこに在るのは、冷酷に残忍に、罰を執行する天使である。
歪だった光輪は完全な輪となり、両腕に槍状の光を纏っている。
「お礼を言うわ。権能の使い方を思い出させてくれて。」
「今はもう知っているニンゲンは少ないのだけれど、光属性の起源は『天からの賜りもの』とされているの。元々は大昔、ニンゲンの世界に降りてきた神と天使の一族がその身に宿していたとされる力。神か天使の血族にしか光属性の力は宿らない。つまり、光の力を宿す者は、
どんなに血が薄くても、神と天使の血族なの。
「たかがニンゲンに神が負けるなんて、有り得ないでしょう?だから私の中の血が目覚めたの。」
なんという理不尽か。
肌を切り裂かれる様なプレッシャーに耐えつつ、ファネスを睨めつけるユウキとスズネ。
「余興はお終いよ。手加減はもうしないわ。」
ファネスの両腕に収束する光がユウキに向かって放たれる。
着弾地点周辺に地面は無くなっており、ただ真っ黒な孔があった。
(なんつー威力だ・・・)
スズネに視線を向けるも、あちらはあちらで手一杯の様だ。
「無様ね!そのまま消えて無くなれば良いわ!!」
「そいつはお断り─────だっ!」
間近に飛来する光槍を辛うじて避けつつ、
地を駆けるユウキ。
その眼には、確固たる意志の炎が宿る。
◆ ◆ ◆
寒い。
心拍を感じられなくなった辺りから急速に死が迫っている感覚に襲われている。
残存する魔力を最低限の生命維持に回し、それ以外の消費を抑えるため眼を閉じ、思考を停止させる。
意識が薄まる中、朧気に、陽気で無鉄砲な一人、親切で温和な一人、腹黒で明敏な一人の姿が
浮かび上がる。
─────これが走馬灯というやつか。
嗚呼、些か、眩しすぎる。
俺様の様な日陰者には、遠い存在なのだ。あの三人は。
仕事と言えど、数多の人を殺め、抹消してきた暗殺者にはお似合いの末路だ。
さようなら、だ。月の影である俺様の太陽に成り得た、ユウキ、ハルキ、スズネ。
『何を勘違いしてるんだかこの馬鹿弟子は。』
『うちの弟子が死んじまったらこの先誰が物語を紡ぐんだい?』
『さっさと起きな。まだ死ぬにゃ早いさ。』
◆ ◆ ◆
飛び交う閃光。歪む視界。
依然、黄昏の天使であるファネスは君臨し続ける。
突如、流星の様な勢いで吹き飛ばされる人影が。
「おわあぁあああああ!?」
どがん、という音と共に地面に激突し、土煙を上げる。
(痛って・・・・これは肋骨やられたな・・・)
折れた肋骨が肺に突き刺さり、突き刺すような痛みが胸に走る。
みしみしと悲鳴を上げる肉体を引き摺り、上空の天使を睨めつける。
「ユウキ、無事?」
上空から合流し、駆け寄るスズネ。
「自分の心配もしろよ?」
スズネも右の額から出血しており、眼に血が入らないよう右眼を閉じたままである。
呼吸も安定していない。外傷は少ないが、疲労は相当な様だ。
「平気よ、このくらい」
手の甲で血を拭い去るが、出血は止まらない。
「待ってろ」
ユウキが右手を握り込み、スズネに再生を作用させる。
スズネの出血は止まり、傷も再生する。
代償にユウキの額が裂け、出血するが、血を奪いし者の補正で
直ぐに止まる。
「ありがと。だけど、自己犠牲はほどほどにね」
「大丈夫だろ。死にゃしないさ。」
二人とも満身創痍である。これ以上のダメージは命に関わるだろう。
「やっと本気を出したかと思ったらこの程度、やはりニンゲンはニンゲンね。」
「まあ良いわ。二人仲良く地獄に送ってあげる!!」
ファネスが自身の胸の前に光を収束させ、巨大な光球を顕現させる。
「ありゃまともに喰らえば消し飛ぶな」
「避けれる?アレ」
「さあ」
「万策尽きた?らしくないわね」
「策は尽きたかもな。だが、勝利の女神はきまぐれだ」
ユウキとスズネの気の抜けた話終わりかける頃、光球への魔力収束がピークに到達する。
「観念した様ね。それじゃあ、あの世で会いましょう。」
ファネスが弓に矢を番える様な動作をし、光球の魔力を一気に放出させ、
その圧倒的な魔力量と熱量により、ユウキとスズネは跡形も無く消し飛ぶ─────
はずであった。
最早機能していないと思われていた魔術網が、突如として爆発したのだ。
起爆はさらなる爆発を呼び、黄昏の空が爆炎で一時的に真っ暗に染まるまでに至った。
「ごめん、おまたせ」
爆音に鼓膜が千切れそうになる中、聞き慣れた声が二人の鼓膜を揺らす。
「やっと来たか。おせーぞ」
「良い判断だったわね」
三人でハイタッチを交わしつつ、再会を喜ぶ。
「ツキカゲはどうした?」
「ああ、ツキカゲなら大丈夫。自分を見つけたらしいから。」
◇ ◇ ◇
少し前。
昼とも夜ともつかぬ森の中を駆けるハルキ。
ぺぺに示された場所へひたすらに走る。
しかし、辿り着いた場所には、これまでのツキカゲの姿は無かった。
漆黒の髪は金髪に変わり、頭上には朧気に光輪が顕現している。肩からは片翼と言えど、純白の翼が備わっている。
夕日に照らされながら空を見上げる彼は、月の闇というより、陽の光の名に相応しいだろう。
絶句するハルキに気付いた彼は、優しく微笑みかける。
「やあ。黒い方の僕がお世話になったみたいだね。」
「はじめまして。僕の名前はカゲロウ。」
キミの良く知るツキカゲの────もう1つの側面さ。」
カゲロウの透き通る様な瞳に、黄昏時の夕焼けが映る。
その光景は、作り物の様で、幻想の様に煌めいていた。
◇ ◇ ◇
「────と、言うワケだが」
そこには、姿こそカゲロウなものの、目つきと口調と態度はツキカゲなカゲロウが居た。
「俺様は無事だ。安心しろ。」
「大丈夫じゃないだろう。大怪我をしていたくせに。僕。」
「暫く黙っていろ、俺。」
「黙っているも何も今は僕の身体なのだけれど。」
「喧しい。本体は俺様だ。」
「やれやれ。胸の大穴を自己治療してあげたのは誰だと思ってるんだい?」
光と影の一人二役に大いに戸惑いつつも、取り敢えずの帰還を喜び合う御一行。
「感動の再会の所悪いけれど、ワタシのコト、忘れてないわよね?」
爆発の煙が漸く収まった所に、頭上から声が掛かる。
「爆発に巻き込まれたにしちゃ元気だな。再生と復元に手こずったか?」
ユウキの揶揄いを歯牙にも掛けず、カゲロウことツキカゲの方へ視線を向けるファネス。
「誰かと思えば、愚弟じゃない。アナタも光属性が覚醒した?」
「ああ。姉さん。しかし、僕の闇属性の加護のせいで半分しか発現していない様だよ。」
「何度言えば分かる。俺。それに、アレは姉ですら無い。」
「わかっているとも。僕は僕。僕は僕。君の考えている事はわかるさ。」
一人二役の現場に、露骨に顔を顰めるファネス。
「どう?アナタも天使なら、ワタシと一緒にこのニンゲン達を虐殺し、ワタシと共に戦ったという栄誉に預かれるわよ?」
「そうだな」
「「─────断る」」
双眸に光と闇の彩を映し、力強く応えるツキカゲ。
その言葉に鼓膜を揺らされた瞬間、
ユウキは地を駆け、スズネは空を蹴り、ハルキは詠唱を開始する。
ツキカゲは片翼を巧みに使い飛び回る。
不安定ながら、権能によって作り出した太刀状の光刃でファネスと切り結ぶ。
地面から跳躍したユウキの拳が、ファネスを捉える。
「───甘いッ!」
右腕でユウキの攻撃を捌き、返す刀で足を掴み、地面へと叩きつける。
背後から奇襲を仕掛けようとするスズネ。
しかし眼前に迫るは光槍。
「くっ───」
身体を捩り、回避を試みるが、回避した先にはファネスの左腕が。
「遅すぎる」
防御の間に合わないスズネの肉体に左腕による追撃が突き刺さる。
詠唱が終了し、火属性の拘束型魔法による包囲を実行するハルキ。
しかしファネスの四枚の翼によって無残にも消え失せてしまう。
「なんで!?」
「鈍間ァ!!」
空間跳躍にも等しい高速移動から繰り出される回し蹴りをまともに喰らい、吹き飛ぶハルキ。
おおよそ二秒の出来事である。
「お前達ッ!」
三人の危機に駆け付けようとするツキカゲだが、
「他所見厳禁」
「ッ!」
ファネスの光槍によって行く手を阻まれる。
「あれあれ?これだけ?あんなにイキってたのに?やっぱり所詮はニンゲンか。」
「誰からトドメを刺そっかな~?」
「待てっ!」
そっぽを向くファネスの背中に光刃を突き立てようと迫るが、四枚の翼によって阻まれる。
「出来損ないは黙ってて」
己の非力さに顔を歪ませるツキカゲ。
(君とファネスの相性はかなり悪い様だ。此処は僕にまかせて)
肉体の主導権がカゲロウに移り変わる。
頭上の光輪の輝きを一層増幅させ、光刃を一つに束ねるカゲロウ。
「慣れた手法で行かせてもらうよ」
片翼から発せられる魔力で自身を加速させつつ、ファネスへ単身特攻を仕掛ける。
超リーチの光刃がファネスの首元を掻っ切ろうと刃を振り下ろす瞬間、
ファネスが真後ろに光槍を撃ち放つ。
眼前に迫るは眩い光。
回避しなければ顔面が無くなるだろう。
しかし片翼による急加速と慣性には抗えず、光槍に正面から衝突する。
最早振り向きもせず、勝ち誇ったような笑みを浮かべるファネス。
しかし、光の中から一振りの黒剣を携え、飛び出す者が。
天使の首元を確実に捉え、振り下ろす。
真っ白な天使の柔肌に黒剣が突き刺さり、白銀の血飛沫が夕の日を受けながら草原へと舞い落ちる。
何が起こった、という顔を浮かべながら崩れ落ちるファネス。
輝ける天使が墜ちていく様は、さながら大地に降る星の様で。
「僕も光属性を授けられた。光と光はお互いに通り抜けて干渉しない様に、
光属性同士への攻撃は全く意味を成さないのさ。」
「尤も、闇属性を宿す僕のお陰で今の攻撃は成立した。」
あっさり決着、と思われた。カゲロウがその光景を目にするまでは。
地に倒れ伏すファネスが、世界そのものから闇を吸い上げるかの様に、
闇が渦巻いていた。
純白だった翼は白と黒が混じり合い、新たに一対の漆黒の翼が生え始める。
歪。
そうとしか言えない光景に絶句するカゲロウ。
(俺様の心臓の権能が暴走している────!?)
「────────────ッ!!!!!」
元々人間であったかどうかすら不明な程の雄叫びを上げるファネス。
慣れ果ての放つ瘴気の様な闇が、空間を蝕む様に広がる。
それと同時に、カゲロウの纏う光も減衰していく。
「なっ!?」
(替われ。このままではお前が闇に呑まれる。)
「ああ。頼むよ、僕。この瘴気は僕にとっては少々毒気が強い。」
再び肉体の主導権を得たツキカゲは黒剣を再び握り直し、切っ先を向ける。
その先には、自分の姉であり、天使であり、化け物へと変貌したファネスが。
「その心臓、返して貰おうか。」
肺に溜まるどす黒い空気と共に、言葉を吐き出すツキカゲ。
炎の様に熱く、それでいて刺す様に冷たい瞳を、彼はしていた。
◆ ◆ ◆
砂利と石と土とを押し退け、飛び起きるユウキ。
生きているのが不思議な程、肉体はぼろぼろである。
脳髄を再回転させ、ハルキとスズネの安否確認へ駆ける。
苦痛に顔を歪ませ、ぺぺの助けを得て漸く立ち上がるハルキ。
光の入らない眼を瞬かせながら死に抗うスズネ。
そんな状況を見ていた天才軍師が。
何やら誰かと連絡を取り合っている様子だ。
「どうする!?あいつら死んでしまうぞ!?」
『そりゃ困る。生徒達が死んじまったらアタシはまた暇人さ。』
「もう良い!馬鹿師匠!吾輩は行く!」
回線をぶつんと切り、加速の魔術を自身に施しながらユウキ達の元へと駆けるオウカ。
『おかしいねぇ。此処はあいつらが勝つはずなんだが。』
◆ ◆ ◆
真黒と漆黒の閃光がぶつかり合う。
一つは、禍々しい瘴気を纏いながら舞い荒れる。
もう一つは、その瘴気を浄化せんと、黒と白の光を放つ。
ツキカゲと”慣れ果て”との勝負は、ややツキカゲが押されている様に見えた。
討ち合いの中、鍔競り合いの様な状態になる。
互いの力が拮抗し、ツキカゲの黒剣は唸りをあげながら出力を増す。
慣れ果ての姿に、ファネスの面影は殆ど残っておらず、
更に瘴気に包まれ、シルエットすら捉える事は出来ない。
単純な膂力で押され始め、疲弊の色が顔に現れるツキカゲ。
(なんなんだ・・・・あいつの体力は無限なのか?)
(俺様の心臓の権能にも限りがあるはず────)
視界の中心に「慣れ果て」を捉えていたはずのツキカゲだが、
不意に、身体の右側からぞわり、と悪寒が奔る。
剃刀の様な鋭い衝撃の後、身体が宙を舞う。
「慣れ果て」による攻撃と脳が理解したそばから神経への衝撃で意識が飛びそうになるが、
辛うじてこれを繋ぎ止める。かなり長い間宙を舞った後、今度は背中を鈍い痛みが浸食する。
慌てて上体を起こそうとするも、身体が全く動かない。
(このまま終わるわけには─────)
焦燥に脳を焼かれるツキカゲの手を、何者かが引っ張り上げ、立たせる。
「心配すんな。もうお前は一人じゃない」
そこには、ややキメ顔気味のユウキが。
「大丈夫。僕たちが居る」
「いい加減人を頼りなさい」
「やれやれ。世話の焼ける弟弟子達よなぁ!」
焦燥から安堵の表情へと様変わりするツキカゲ。
しかし、直ぐに表情は硬化する。
「良いのか?これは俺様自身の問題だ。そんな事にまでお前達は力を貸してくれるのか?」
その問いかけに対し、
「あ?当たり前だろ?それに、まだ暴れ足りねぇ。おれだって抵抗するぜ?拳で。」
紅に輝く両の拳を打ち付け、応えるユウキ。
「ここまで来たんだ。なんとかなるよ。」
両掌に炎を灯しながら応えるハルキ。
「もう私達の勝利しか視えないわ。安心しなさい。」
白群青の輝きを左眼から放ちながら、応えるスズネ。
「折角全員揃ったんだ。派手に行こうぜ」
「吾輩も忘れるなよ??」
各々が臨戦態勢を取り、最終決戦への準備を始める。
「全く。孤独で無い事が、こんなにも頼もしいとは。」
「やはり、騒がしいくらいが丁度いい。」
(孤独って言ったって僕いるよ?)
「喧しい」
何かを見つけたような仕草をしながら、眼を細めるユウキ。
「お~。あれが元・ファネスか。大分イメチェンしたな」
「もうあれはファネスではない。恐らくな」
「どちらにせよ、ツキカゲの心臓返して貰わなくちゃ」
「あの瘴気、触れるだけでも良くないわよ」
「なんとかなるだろう。吾輩、天才だし」
数秒、考え込むスズネ。ユウキが我先にと走り出す前に指示を飛ばす。
「ハルキとオウカは魔法なり魔術なりで援護して!私とユウキで白兵戦を仕掛ける!
ツキカゲはおとなしくしとく!」
「まーた雑!」
「了解!」
「本来吾輩が指図する立場だが───今回はまあ良い!」
「断る!俺様だって戦える!」
「まあ待ってろって。この戦いの立役者が最初からへばってちゃいけねぇだろ?」
ユウキとスズネは、ツキカゲの胸の傷が完全に塞がっているとは言え、心臓無しでの長時間の戦闘で、疲弊しきっている事を隠そうとしているツキカゲを見破っていた。
「おれは行ける。どうだ?」
「大丈夫」
「私も」
「問題無い」
「無論だ」
「さあ、ツキカゲの心臓取り戻して、殺しが幸せになれるだなんていう思考を叩いて直してやろうぜ。」
「────────────ッ!!!!!」
どこからともなく、”慣れ果て”の咆哮が木霊する。
「向こうも準備完了みたいね」
「さあて。行きますかァ!!」
ユウキの掛け声と同時に、全員が走り出す。
一人は土埃を上げながら地を駆け、一人はそれを踏み台に空間を跳躍する。
一人は付与魔術によって背中に竜の翼を顕現させ、天穹を往く。
一人は加速の魔術を自らに施し、滑る様に大地を行く。
そしてもう一人は、片翼より発生する莫大な魔力を燃料に、音の壁を超える。
「─────────────ッッッ!!!!!!」
音圧で地を抉る程の咆哮を上げる”慣れ果て”。
しかし、そんなものではユウキは止まらない。
「狂戦士の怒り!!」
真紅の稲妻と化すユウキは、派手に”慣れ果て”とぶつかり合う。
「限界駆動!」
白群青の光を纏い、それを切断せんと舞うスズネ。
「灰燼流星群!!」
黄昏の空を裂く緋色の流星が”慣れ果て”目掛けて降り注ぐ。
「激神の雷霆!!」
オウカの超巨大魔法陣より放たれる超圧縮の魔力光線。
この地の魔脈を焼却する勢いでその槍は大気を、そして慣れ果てを切り裂く。
纏わりつく二人、出し惜しみなど無く最高火力を浴びせてくる二人。
”慣れ果て”は纏う瘴気を全て切り離すすることで纏わりつく害虫を吹き飛ばし、身を焼く炎、そして身を裂く雷を相殺した。
「それは視えてる!」
『限界駆動』によって未来視の効果時間を引き延ばし、ここまでの出来事を全て視ていたスズネ。吹き飛ばされながらも、ユウキとハルキへ
コンタクトを飛ばす。
「ユウキ、ハルキ!わかってるわよね!?」
「「ああ!」」
ハルキがユウキの背に竜の翼を顕現させ、慣性を無視した加速により、瘴気の壁を突っ切り、”慣れ果て”の本体である天使へとへ急接近する。
「レイジドライヴ!!」
『狂戦士の怒り』による強化を一点に収束し放つ大技である。
ユウキは右腕に力を全て収束し、無防備な天使の背中から心臓を穿つ。
「──────ッ!!!」
瘴気が再び天使に収束し、ユウキの翼が捥がれ、落下する。
しかしその手には、穿った心臓が握られていた。
「最後の見せ場だ!わからせてやれ!」
「押し付けるだけが幸せじゃないって事をなぁ!!!!」
残った全ての力を籠め、ツキカゲへと心臓を放る。
未だ力強く躍動するそれを、ツキカゲは受け取る。
「良いだろう。もう一度、漆黒の空を!!」
胸の傷跡に心臓を押し当てると、心臓が「自分のあるべき場所」とでも言わんばかりに再生していく。
黒き翼をはためかせ、右腕を高く掲げる。すると、太陽が真っ黒に染まり、大きな円状に辺りが漆黒へと染まり始める。
地面から伸びる影が、未だ瘴気に呻くファネスを捕らえ、円の中心へと連れて行く。
そこには黒く、大きな断頭台が。
周りにはおびただしい数の影でできた十字の墓標の群れが。
「ありがとうございました。姉上。お陰で俺様達はこんなにも強くなれた。せめて苦しまぬよう、一瞬で終わらせてやろう!」
「遥かなる深淵の断罪!!!」
漆黒の黒い刃が、ファネスの首目掛けて落下する。
真っ黒な風景の中、真っ黒な天使はただ、空っぽの空を見上げる。
不気味なほど静かな荒野に、どこからか、晩鐘の音が響き渡る。
「さようなら。兄上。姉上。」
◇ ◇ ◇
天に最も近く、尚且つ地にも近い狭間の場所で。
『さあ、帰ろう。我が妹。』
眩い光に包まれる少女に手を差し伸べる青年。
『ええ。お兄様。』
ぱっと表情を明るくし、その手を取る少女。
二人の天使は、煌々と光る階段を上り続ける。