第拾九話 破
迷路の様に続く廃城の地下通路に、一人の青年の足音が木霊する。
行き止まりにたどり着いては踵を返し、また行き止まりに当たる。その繰り返しである。
「クッソ・・・どうやったらここを抜け出せるんだ・・!?」
ぺぺをツキカゲに預けたままのユウキは、方向音痴が祟って、盛大に迷子の様だ。
通路を右往左往するユウキの姿を、脚が八本ある歪な昆虫の監視蟲が捉える。
魔力の経路を通じて共有される視覚情報は、ツキカゲの姉、ファネスに届いていた。
「こんな所に迷える子羊ちゃんが。そろそろワタシも行動開始かしら?」
絹の様な金髪の先を退屈そうに指で弄りつつ、ファネスが呟く。
「おにーさま、起きて起きて?」
声を掛けられた先には、横たわる自分の兄、エーオースの姿が。
妹の声に呼応し、むくりと上体を起こすエーオース。
ユウキのプロレス技によるダメージは回復している様だ。
唯一、痛みの消えていない殴られた右頬を押さえながら、忌々しそうに言う。
「すまない、ファネス。私としたことがあんな単純馬鹿に負けるなど・・・」
「大丈夫だって、おにーさま。次は負けないでしょ?」
「あ、ああ・・・次はしくじったりしないさ。」
一転、顔を曇らせるファネス。
「でも、おにーさまのその変な騎士道精神のせいで、次は負けると思けどな~?」
「正々堂々一対一なんて、どうかしてるんじゃないの?」
「な・・・」
突如否定的に話し始めるファネスに驚くエーオース。
「しかしファネス!それは私が聖騎士になる時に立てた誓いだ!今更それを
捨てろなどと・・・・」
「フフ♪」
ファネスが蠱惑的な笑みを浮かべる。
「安心して、おにーさま。ワタシが、その変な騎士道精神ぶっ壊して、
おまけに強化もしてあげる!」
「何を言って────」
ぱちん、と指を鳴らすファネス。
「ぐ・・ぐうぉおおおお!!」
それは後悔か。
それは怨嗟か。
脳髄を揺さぶる精神攻撃に、エーオースは悲鳴を上げる。
「かっ・・お前・・・など・・・」
言いかけた言葉は終わることなく、エーオースの意識は失墜する。
「あは♪」
「始めまして。新しいおにーさま。」
かつての聡く、未来を見渡すエーオースの紅い眼は、
黒が混じり、彼の精神の混沌を表すかのように闇が渦巻いていた。
かつての彼はもう何処にも居ない。
そこにあるのは、ただファネスの命令を聞くだけの人形だ。
「さ~て。ワタシもお仕事っと♪」
「おにーさま、お留守番ヨロシクね~。」
「・・・・・・・」
微動だにせず、命令を遂行するエーオース。
ファネスは足取り軽く、地下通路へと足を運ぶ。
未だ彷徨い続けるユウキと、もう一人を謀殺すべく。
◆ ◆ ◆
照明の少ない、薄暗い廊下をユウキは駆ける。
その先に出口がある確証は無い。
最早これは賭けである。
曲がり角を右折した瞬間、後ろからユウキの首筋に短剣が突きつけられる。
ユウキは思わず硬直する。
「あら、ユウキじゃない。」
半分振り返ってみれば、スズネの姿が。
露骨にほっとするユウキ。
「びっくりしたぞ。スズネ、なんでこんなとこに居んだ?」
「その様子じゃ、ぺぺと逸れたのね。迎えに来て良かった。」
「すまんすまん。出口は分かるんだろ?さっさとここから出ようぜ。スズネ?」
スズネが来た方向へ踵を返そうとするユウキを、スズネが呼び止める。
「ユウキじゃないでしょ。あなた、誰?」
「?おれはおれ、だぜ?どこもおかしく・・・・」
「ユウキはね、二人の時は私の事、昔から『すーちゃん』って呼ぶのよ。」
ユウキの表情が醜く歪む。
次の瞬間、ユウキの身体が揺らめき、
体格はやや小さくなり、そして金髪の美少女へと変貌する。
偽ユウキの正体はファネスだったのだ。
「アナタ達、そんな仲だったの!?ワタシてっきり、只の仲間ってだけ────」
「嘘」
スズネが言うと同時に、袖口から細いナイフを取り出し、ファネスへ投擲する。
そのナイフは両刃に加工されており、完全に殺傷用だ。
「ッ!!」
間一髪で避けるが、研ぎ澄まされた刃は、
ファネスの左頬を薄く裂いていた。
「アッハ!すごいすごい!ワタシに、ましてやこのカワイイ顔に傷を付けたの、
アナタが初めて!」
「それなら・・・本気で行かないと、ねっ!!」
アイスピック状の両刃の短剣と、片刃の短剣を顕現させ、
一気に距離を詰めるファネス。
スズネも、双剣で応戦する。
電光石火。
まさしく眼に焼き付く程に激しい戦闘だ。
ファネスの繰り出す攻撃の合間を縫い動きながら、スズネは逆手に持ち換えた双剣で切り上げる。ファネスは即座に身を躱すが、それに合わせて一歩踏み込み、さらに追撃する。
相手は更に躱すが、舞い上がった金髪の一部をスズネの双剣が通り抜け、数本の髪が
はらはらと床に舞い落ちる。
ファネスも大したもので、迫りくる鋭い一撃を、タイミング良く打ち払い続ける。
速さ自体はスズネの方が僅かに上だが、瞬間的な筋力はファネスの方が上の様で、
攻撃を弾かれる度に、速度が大きく殺され、結果的に同等の捌き合いとなっている。
「びっくり!ワタシより早いなんて、生意気ね!」
バックステップで距離を取りながら、ファネスが面白そうに笑う。
「あなたが遅いのよ。」
追撃をしながら、流れる様に挑発するスズネ。
「ふん。そっちがその気なら─────」
ファネスの両目が、一瞬、光る。
「!?」
スズネは、ファネスが視界から消えている事に気付く。
「じゃーん♪」
真後ろからファネスの声がする。
スズネが振り向くより早く、痛烈な蹴りが飛んでくる。
「くっ───!」
かろうじて受け身を取るが、先程とは比べ物にならない膂力だったことに気付く。
先程の瞬間移動も中々の脅威だ。
「アッハ!やっぱり反応しきれないよねぇ!」
けらけらと笑うファネスを聞き流しつつ、スズネは思考を透徹させ、未来視
を発動する。
(四秒後にもう一回使ってくる・・・・場所は斜め後ろ。)
(三──二──一───今ッ!)
振り向くと同時に双剣の柄と一緒に裏拳を繰り出す。
移動後の僅かな硬直を突いた攻撃だ。
言わずもがな、ファネスにダメージは通る。
「視えた。あなたのソレ、瞬間移動の様だけど、実際はただの
高速移動ね。しかも、攻撃に転じる瞬間は硬直ができる欠点付きのね。」
「それと、瞬間的に筋肉量を変えられるようね。さっきユウキに化けた応用かしら?」
先程のファネスの痛烈な一撃は、片足の筋肉量を操作し、どこぞの脳筋馬鹿並みの威力を実現してみせたのだ。
「もう理解したから同じ手は効かないわよ?」
「!」
図星な様子のファネス。あっさり見破られた事に歯噛みしている。
またも、ファネスの両目が光る。
「無駄。視えてるって言ってるでしょ。」
後方への移動フェイントから前方へ再度移動し、攻撃をするファネスの目論見をスズネは全て読んでいた。
正面からの横薙ぎの攻撃を左足で飛んで躱し、空中で一回転しながら空いた右足で
ファネスの喉に踵落としを喰らわせる。
直前に発動させた身体強化も相まって、床に叩きつけられたファネスは背中でタイルを割る。
無論受け身など取れず、衝撃は首と背中にもろに響く。
スズネが双剣で止めを刺そうとした瞬間、ファネスの潰れた喉から隙間風の様な声が漏れる。
「・・・・たすけて、おにい、さま・・・。」
刹那、ファネスが倒れている真横の壁が粉砕され、エーオースが現れる。
スズネは後方に大きく下がり、様子を伺う。
今のエーオースは、変な騎士道精神が無い為、これまでよりたちが悪い。
戦闘を始めるならファネスを先に狙うべきか、と考えたスズネだったが、
エーオースがファネスを抱きかかえ、天上を破って離脱した事により、
一旦その思考を止めた。
完全に音が止まった後、スズネは壁に背中を預けながら呟く。
「─────疲れた」
ふと、何か忘れている様な気がしたが、もう忘れてしまうことにしたのだった。
◆ ◆ ◆
「・・・・あれ?ここ、さっきも来なかったっけ?」
「なんかさっきから同じ場所ぐるぐるしてるような・・・・」
「お~い!スズネ~!ハルキ~!」
「いい加減迎えにきてくれよ~!」
未だ迷子のユウキなのであった。