第拾八話 序
閃光。
昼間の太陽の光を受け、輝く二対の短剣が、ツキカゲの喉笛を掻っ切るべく、
唸りを上げ追いかける。
冗談じゃないぞ、とツキカゲは心の中で悪態をつく。
闘いの練度は機転によってある程度カバーできる。
機動力の差は影を使用すればどうにでもなる。
しかし、ツキカゲの主攻撃、影による攻撃が効かない。
打ち消している訳でも無い。恩恵品によって効果をかき消している
訳でも無い。
根本的に効かないのだ。
幾度となく影を向かわせるが、標的に近づくにつれ力を失い、影が粒子となって消えてしまう。
影魔法を無効化できる手段は多くない。むしろ少ない。
しかしエーオースとファネスは、さも当然の様に無効化して見せる。
ツキカゲの脳髄に焦燥と、一つの記憶が焼き付く。
「まさか───────」
◆ ◆ ◆
『そろそろ着くバオよ』
ペペが高速滑走を減速させながら背に乗る三人に知らせる。
眉根に皺を寄せながら、スズネが呟く。
「遅かった様ね。」
そこには、更地となったかつての森林が。
そして残るのは、消えゆく光の魔力の残滓と、燻る影の残滓のみ。
地面に残る痕から、激しく戦闘していたのは確かだ。
魔力の痕跡をまじまじと見つめながら、分析を開始するハルキ。
ローズの修行にて、大概の魔法を分析可能となった。
「転移魔法だね。騎士職が一人、暗殺職が一人。最後のはツキカゲの魔力だよ。」
「転移先は分かるか?」
彼方の水平線を睨みながら、ユウキが聞く。
「詳しくは分からない。でも大体の座標なら・・・・」
「「「北」」」
一人は、全くの直感で答えた。
一人は、魔力の淡い繋がりから読み取った。
一人は、燻る魔力の未来を視る事で理解した。
「決まりね。」
『北には廃城があるバオ。』
「そこが奴さんのねぐらってワケか。」
「急ごう。何もかもが手遅れになる前に。」
決意に満ちた表情で強く頷く三人。
そして、それを遠巻きに眺める不審者が一人。
◆ ◆ ◆
明かりが少なく、ほぼ暗闇の部屋。
恨めしそうに頭部を抑えながら、上半身をベッドから起こし、立ち上がろうとする。
しかし両の脚に鎖で繋がれた金属製の見るからに頑丈そうな拘束具が。
立ち上がるのを断念し、せめて現状の確認を、と意識を働かせようとした時、
胸に激痛が奔る。
衣服の開けたツキカゲの胸には、針で縫った様な縫合の痕が。
左の鎖骨辺りから右脇腹に掛けて、その惨たらしい傷は続く。
漸く蘇る記憶に、自虐的な笑みを浮かべるツキカゲ。
「まさかこの俺様が負けるとはな・・・・これが運命か・・・・」
エーオースとファネスとの戦闘の末、ツキカゲの影魔法は
二人の身体に宿る光属性の加護に封殺され、正面から袈裟切りにされ、
そこで意識を落としたのだ。
胸の縫合の痕は、その傷を塞ぐ為のものだろう。
雑な治療もあったものだ。これでは治るどころか、痛みが増すだけだ。
ふと、暗闇に包まれている部屋を見渡す。
古びた見た目の割に、壁や床はしっかりした作りだ。
両脚の拘束具も、本調子のツキカゲならば破壊できただろうが、
今のツキカゲは衰弱しきっており、そんな体力はどこにもない。
命運もここまでか、と卓上に一本のみ置かれた蝋燭を見つめる。
「あいつら・・・・元気にしてるかな・・・・・?」
最早忘れてしまおう、という意味も込めて、その言葉を呟く。
最早決別した仲。関わることなんて金輪際無い。
そう思っていた矢先、
ズズ。
石と石の擦れる音を出しながら、ツキカゲの足元の石タイルが動く。
そこから顔を出したのは、散々見てきた、あの青年だ。
「おまたせ。退屈してたろ?ほら、帰るぞ。」
顔色一つ変えず、ただありのまま、ユウキはツキカゲに語り掛ける。
「・・・・っ!!」
(来てくれたのか!?)
目元が少し緩むのを感じつつも、先ずツキカゲは、
「すまない。ユウキ。俺様の身勝手で────」
そこまで言いかけた所で、ユウキに止められる。
「しーっ。話はハルキ達と後でた~っぷり聞かせてもらうから、今はここから出よう、な?」
白い歯を見せながら朗らかに笑うユウキ。
「取り敢えず、足枷外すか。」
自慢の腕力で枷を粉砕し、ツキカゲを解放する。
「自分で歩けるか?おれが背負ってやってもいいぜ?」
「問題ない。」
「よし。それじゃあ行きますか。」
ユウキが扉の向こうに誰も居ない事を確認した後、牢の扉を力任せに開く。
「どうやってここまで?」
薄暗い廊下を歩きながら、ユウキの背中に話しかける。
「良くぞ聞いてくれました!」
意気揚々と話し始めるユウキ。
掌には一匹の蛞蝓が。
「じゃ~ん!ミニ・ぺぺだぜ!?」
「ここを見つけたのはハルキだが、ここまでナビをしてくれたのはこいつだ!」
ミニ・ぺぺはぺぺ本体から分裂した個体。いわば、電話の子機にあたる。
それを、ユウキはツキカゲに手渡す。
「そいつに付いていったら出口に行けるからな。先行っててくれ。」
「?何故───」
「いーからいーから!急げ急げ!」
ツキカゲは少し戸惑いつつも、ユウキとは逆の方向に駆けていく。
一呼吸置いた後、ユウキは廊下の奥、暗闇の中に言葉を投げかける。
「それで?待ってくれた、ってことは相当の紳士だと思うんだが、
あんた、何者だ?おれになんか用か?」
「始めまして。私の名前はエーオース。以後お見知りおきを。」
暗闇から姿を現した男がそう告げる。
「・・・・ユウキだ。」
「おや、噂のルーキー君でしたか。これはこれは。」
「こっちは身内を取り戻しに来ただけだ。そっちに干渉するつもりは無い。」
エーオースはクツクツと笑いながら、ユウキを見つめる。
「何が可笑しい。」
「ええ、ええ。困りますとも。私達の身内を勝手に連れていかれては。」
「!?」
ユウキの脊髄がギシリ、と軋む。
「私の弟には私達が更に強くなる為の礎になって貰わなくてはなりませんから。」
「逃げたとしても、直ぐに連れ戻しますとも。」
「ツキカゲの影魔法適正が目的か。」
「御明察。光の力を身に宿す私達が、影───即ち闇の力を手に入れれば、私達の
悲願、王家の復興も夢ではなくなります故。」
「なので・・・・頭の悪そうなあなたにもわかる様に申しますと─────」
「とっとと死ね。です。」
ユウキは決して熱くならず、静かに、冷静に憤怒する。
「ようしわかった。」
「その無駄に高い鼻、へし折ってやる。」
無言で大剣を顕現させるエーオース。
拳を掌に打ち付けた後、腰を落とし、左手は顔の横。右手は膝の前に構え、
戦闘態勢を取る。
単純な力と力を欲する意志のぶつかり合い。
仲間を守るという正義とかつての栄光を取り戻さんとする個我のぶつかり合い。
互いの尊厳を賭けた闘いの火蓋が、切って落とされる。
一瞬の詠唱の後、眼にも止まらぬ速さで大剣を横に薙ぎ、
鎌鼬現象にも似た真空波を放つ。森を消し去ったあの時と同じものだ。
しかし今回は、無駄に範囲を広げる必要は無く、一点にのみ力を集中させた為、
音を引き裂きながらユウキに襲い掛かる。
するとユウキは、それを避けようともせず、顔の前で交差した両腕で受け止めて見せた。
「・・・・は?」
人間離れした所業に、エーオースは呆けた声をあげる。
先程と表情を一転させ、眉間に深い溝を刻みながら、ユウキに問いかける。
「私の、いえ、主の御業を受け止めるとは・・・あなたの身体、一体何でできているんです?」
至極まっとうに、ユウキは応える。
「筋肉さ」
「道理で頭の悪そうな顔をしている!!」
「ほっとけ!!」
ユウキが弾丸の様にエーオースに向け、走り出す。
向かえ撃つ様に、エーオースは大剣の刀身で攻撃を受け止める構えを取る。
慣性による瞬間強化がかかったユウキの右拳が、
大剣ごとエーオースを殴り抜く。
勢いよく吹き飛ばされたエーオースが、廊下を突き破り、外へと叩き出される。
「流石に硬いな。いててて。」
右手を少々抑えながらも、崩れた壁から外に出るユウキ。
「で?おれの突きを耐えたその大剣は何でできてるんだ?」
「・・・・オリハルコン製ですが。」
オリハルコンとは、鋼よりも優れた耐久性をもつ合金だ。鋳造にはかなりの高額伴うことでも有名である。
「道理で、世間知らずのボンボンみたいな顔してやがるなぁ!!」
先程の問答をそっくりそのまま返されたエーオースは、
ばつが悪そうに大剣を地面に突き刺す。
「さ、掛かってきな。次はその無駄にイケメンな顔、整形してあげるからよ?────おれの拳で。」
小馬鹿にした様な態度で挑発するユウキ。
この様な煽り合いは、ユウキに軍配があがった様だ。
◆ ◆ ◆
ユウキがツキカゲと再会する少し前。
ぺぺの外殻から出力される簡易テントにて、ツキカゲ救出計画を練るハルキ達。
『地形は確認済みバオ。中身以外は本物の
廃城バオね。』
「外部には魔力探知の結界が張り巡らされてる。それを跨げば向こうに感知されるだろうね。」
「私は気配遮断スキルでなんとかなるけど、ハルキは
魔力量が多くて誤魔化しきれないから今回は留守番ね。」
「枯れ井戸からのルートで侵入できる様だから、
ユウキはそこから。私は城壁を乗り越えるわ。」
しかしユウキの返事は無い。
「「・・・・ユウキ?」」
二人の視線が先程まで居たユウキを探すが、
忽然と消えていた。
「あのバカ!!」
スズネの叫びが小さく木霊する。
『一応、ぺぺの子機を渡しておいたから、はぐれることはないと思うバオ。』
「ぺぺ、あなた知らないでしょ!?」
スズネが呆れたように言う。
「ユウキはね、一度走り出すとブレーキが効かないの。
と言うか、ブレーキそのものが無いの!!」
こうして、ツキカゲ救出作戦は幕を開けた。
◆ ◆ ◆
エーオースの剣技と、ユウキの体術。
リーチが無い分、ユウキが不利かと思われたが、
反射神経にものを言わせて躱し続け、エーオースに手痛い一撃を見舞う。
ユウキがやや優勢と見える。バランスを崩したエーオースにタックルを食らわせ、
ダウンした所に生垣を利用したムーンサルトプレスが直撃。
また起き上がった暁には、スクリューパイルドライバーが炸裂するであろう。
広さの丁度良い外は、ユウキのリングであった。
「はあ・・・はあ・・調子に乗るなよ!!!」
エーオースの悲痛な叫びがユウキの仮想リングを吹き飛ばす。
「おーおー。さっきまでの常識人らしさはどこ行ったんだ?」
「五月蠅い!もう手段は選ばない。騎士道に則り、正々堂々勝負していたら
調子にのりおって!!」
エーオースがヒステリックに叫ぶ。
ユウキのプロレス技の応酬は、頑丈な装甲を纏い、頑強な聖騎士でさえ、相当
堪えたようだ。
「お前如き、私達の計画が成功すれば、障害でもなんでも無─────」
ユウキの無情なラリアットがエーオースを強襲する。
空中で一回転し、うつ伏せに斃れたエーオースを見て、
「スリーカウントは・・・・いらないか。」
そう言って、来た道を戻る。スズネと合流し、ツキカゲを連れて帰る。
そこまでは良いが、あともう一つ、大きな懸念をユウキは忘れていた。
薄暗い廊下の奥。つかつかと廊下を歩むユウキの背中を、
舌で舐め擦るように睨めあげる双眸が。
「お兄様ったら、情けな~い。ここはワタシの出番かしら?」
暗闇に浮かぶ双眸は、楽しそうにくすくすと嗤う。
彼女らの鬼謀は、御一行の命運を更なる混沌の沼に引き込もうとしていた。
改善してほしい点・感想等ございましたら、感想欄に御記入下さい。
作者のモチベーションにも直結しておりますので、是非宜しくお願い致します。