第拾六話 モノローグ
お久しぶりです。夏島です。
休載を経て、帰って参りました。
充電&リフレッシュ出来たのもあり、
文章構成は中々凝っております。
どうかご照覧あれ!
何度この夢を繰り返し見ただろうか。
微睡の淵で、小さく自分に悪態をつくツキカゲ。
思い出したくも無い記憶が、時折逆行再現する。
◆ ◆ ◆
────かつて、彼は王族の子であった。
彼の一族は、しなやかな金髪と、魂を貫き穿つ様な紅の瞳を持って産まれるとされている。
そして生まれ持った才能として、「光属性適正」を親から子へと引き継ぐ。
光属性を身に宿した者は、圧倒的な身体強化と、弱体化に対する弱体耐性、
魔法適正により、戦闘、こと白兵戦においては無類の強さを発揮する。
その実力は、単騎で重装歩兵一個師団に匹敵する。
「サーイント・アストライオ家」
「サーイント」とは「聖」を意味する言葉である。光り輝く金色の軍隊を持ち、
大規模な戦争の際には、天上から巨大な光る槍が降る、とも言われ、
いつしかアストライオ家は「聖」の名が付き、恐れ、敬われてきた。
彼らはアストライオ王国を建国し、最強の軍国主義国家として名を馳せたが、
今ではめっきり聞かなくなった名だ。
国が絶頂期を迎える中、小規模な内乱が発生、王が死に、跡継ぎ争いの末、内側から瓦解した───とまことしやかに囁かれている。
そんなアストライオ家に、
圧倒的カリスマと、明晰な頭脳。精悍な顔立ちと剣術と格闘術に長けた兄、エーオース。
勝気で高飛車な性格故の行動力と、他を圧倒する美貌と魔法の才と精神異常を兼ね備える姉、ファネス。
この二人の弟として産まれたのが、
ツキカゲ────アストライオ・エレボスである。
彼は産まれた時から忌み子として扱われてきた。
全て金色なはずの頭髪は黒く、金髪は一部分だけであった。
紅の瞳こそあるものの、純粋な紅では無く、赤黒く、濁った瞳である。
光属性の適正も引き継がれておらず、身体強化も無い。
彼にあったのは、「虚弱体質」というなんの得もない適正だけ。
「闇」を意味する「エレボス」の名を忌み名として与えられ、
彼は奇異の目と忌避の只中で成長してきた。
夜な夜な書斎に潜り込み、傷だらけの手で重たい本を開き、その全てを自らの知識として取り入れた。
毎日の食事も、よく言えば質素、悪く言えば極めて粗末だった。
栄養を十分に取れず、「虚弱体質」も相まって、彼の体力は落ちる一方であった。
ある日、彼は幼くして国を追放された。
最低限の路銀と装備。彼を産んだ母親からの、最後の慈愛だ。
無論そんなものは直ぐに底をつく。
冷たい雨に打たれ、幼きツキカゲの体力はみるみる減っていく。
彼は覚束ない足取りで逃げ込んだ廃墟にて、藁にも縋る思いで魔法を執行した。
昔読んだ書物の記憶を頼りに。
自らの肉体を媒体に、救済を願う。
感覚が遮断され、全ての五感が機能停止する。
血管全てに溶かした鉄を流したような感覚が幼きツキカゲの肉体を奔走する。
その激痛に耐えながら、祝詞であり、呪詛でもある召喚の文言を肺の奥から吐き出す。
意識が失墜する間際、脳に直接語り掛けてくる「誰か」をツキカゲは補足する。
『汝が私を召喚した者か。』
ツキカゲは眼だけを動かしてそれを睨めつける。
人型の、黒い靄の様なものが流動しながら揺蕩う。
纏う雰囲気から人間ではないことは分かる。
『よろしい。ならば汝に力を貸そう。』
『汝に信念ある限り、汝の心の臓の内に眠り、肉体に力を注ごうぞ。』
そこで、ツキカゲの意識は途切れる。
しかし、目覚めた彼は、最早軟弱な出来損ないの子等では無かった。
「虚弱体質」は追加された適正「身体強化(大)」により無効化され、
肉体は大幅に強化された。
元々備わっていた魔力に加え、新しく得た「闇属性適正」
によって自らの影と、限定的な状況下でのみ、周辺の影を手足以上に操る力を手に入れた。
後に、彼が暗殺者「夜を告げるもの」として名を馳せ、
「月影」という名前を手に入れるのは、そう遠く無い。
忌み名を捨て、王族としての地位を捨て、過去を捨て、
彼は産まれ変わったのだ。
◆ ◆ ◆
────頭痛が酷い。
忌々しい記憶め。今更何を意味すると言うのだ。
俺様はもうあの頃の自分では無い。
夢の残滓を振り払いながら、寝床から上半身を引き剝がす。
充分に寝付けない夜が続く。
影魔法酷使による魔力不足だと自分を納得させ、
部屋の割には大きな窓から夜明け頃の赤い空を見る。
最近、この辺りに聖騎士とピースキーパーが訪れるという。
珍しい職業故、騒がれるのは当然か。
ある二人の人物像が頭に浮かぶが、頭を振り、強制的に思考を中断する。
此処の所胸騒ぎが収まらない。本能によるものだろうか。直感によるものだろうか。
直感というものは、幼い頃の俺様を良く救ってくれた。
今となれば最早信用に価すらしないが。
ここへ来て何週間が過ぎただろうか。
ハルキの修練も大方完了し、修行終了も近いらしい。
ユウキは冒険者として着々と腕を上げており、早速Ⅽランク冒険者だ。
ノブヒトのツテで多少加速しているものの、異例の速さでのし上がっている。
今では「期待の新人」とまで騒がれている。
────その半分はスズネと俺様の手柄だが。
担当受付嬢として鼻が高い、とはティアス嬢談だ。
これまでの出来事をふと思い出し、少し笑みが零れる。
その後、どことなく曖昧な、それでいて冷たく、刺す様な虚無感に包まれる。
ユウキ。ハルキ。スズネ。
この三人は言うまでもなく仲が良い。現実世界での絆だろう。
最近俺様は疎外感を感じる。
ユウキは確かに面白い。一緒にいて退屈しない。
しかし、話題を俺様に合わせてくれている様で、
現実世界だけの話や、げえむ?とやらの話も俺様の前ではしない。
ハルキは俺様を良く気にかけてくれる。
しかしその裏側は俺様に気を遣いながら接してくれているのだろう。
どこか他人行儀だ。
スズネは言うまでもない。
良くも悪くも冷淡でクールな性格と、暗殺者という仕事柄からか、
やはり俺様への信頼は薄い。
絆の深さも、共に過ごした時間も違う。
仕方が無いことだとは分かっている。
理解している。理解しているのだ。
───────しかし。
この感情は何だ。
羨望と嘲りの交じり合う不機嫌な声が肉体の内から溢れ出す。
この感情は何だ。
欣羨、羨望、焦燥。
どれも当てはまらない。
─────嫉妬か。
それなら知っている。
この身を焦がす呻きと心の慟哭が嫉妬か。
ならば、こいつ達では無かったのか。
俺様が追い求めるものは。こいつ達では無かったのか?
◆ ◆ ◆
少し前、夜も更けた頃。
この辺りでは珍しく、白塗りの壁が美しい上流階級専用の宿泊施設にて、純白の衣装に身を包む二人の眉目秀麗な男女が会話をしている。
「黒髪で髪の一部に金髪の青年が見つかったらしいわよ?おにーさま。」
『お兄様』とよばれた金髪男が椅子に座ったまま、静かに目を閉じながら落ち着いた様子で応える。
「ああ、漸く見つけたようだね、妹よ。」
「そうね!私としては速攻でとっちめて生け捕りにしたいけど、おにーさまはどうお考えなのかしら?」
絹の様な金髪を揺らしながら、『妹』と呼ばれた女が問いかける。
その口ぶりと笑顔は、どこか可憐なあどけなさを残している。大人びた風貌が無ければ、
幼気な少女の様だ。
「無論だとも、しかし、強制は良くない。黒髪の彼にも選択をさせてあげなくてはね。」
「流石ね!おにーさま!そうやって偽りの花道を作って、あくまで
自分の選択で生け捕りになる選択肢を選ばせるワケね!」
「それって、とってもステキ!ハハ、アッハハハ!!」
『妹』がころころと笑う。
それを宥めもせず、落ち着いた雰囲気のまま『兄』は話を続ける。
「時間はたっぷりとある。まずはその、町に訪れてみよう。」
「先輩冒険者として『期待の新人』さんにも挨拶をしておかないとね。」
『兄』が静かに両目を開く。その瞳は、純粋な紅で、瞳の奥には黒い闇が渦巻いていた。
◆ ◆ ◆
団欒の最中の広間にて。
「最近ツキカゲ元気ないけど、どうかしたのかな?」
「最近話もあまりできてないしなあ。」
「わからないの?あれ。」
「アナタ達、ツキカゲに気を遣って、彼にだけわかる話してたでしょう?」
「うん」「おう」
「それがいけないのよ。」
「ツキカゲね、ああ見えて寂しがり屋なのかもね?」
「そーなのかぁ?」
ユウキは露骨に訝しむ。
「ツキカゲの過去はよくわからないけど、彼はきっと──────
────ありのままでいてくれる存在が欲しいのよ。」
その言葉に納得するユウキとハルキ。
「私はこれがありのままだけどね?」
「そーだな!ならツキカゲにはおれもありのままで!」
「僕も!」
「『ありのまま』の意味理解できてるのならそれでよし。」
ツキカゲの追い求めているモノ─────それは
「自分にありのままでいてくれる存在」
スズネは正解にたどり着いて見せた。
ツキカゲは自分の勘違いに過ぎなかった事。
ユウキとハルキは気を遣い過ぎた事。
その訂正措置をするまでも無く、
三人と一人の心はすれ違って行く。