第拾七話 空白
夜が明け、街が朝霧に呑まれる頃。
漆黒のローブに身を包み、覚束ない足取りで街道歩く青年が一人。
何かに追われているかの様に。酷く怯えた様子で道を急ぐ。
道端の石に躓き、漆黒に一部金色の混ざる頭髪が露わになる。
慌ててフードを被り直し、また、歩き続ける。
彼は行動を共にする仲間と一方的に袂を分かち、此処にいる。
焦燥で纏まらない思考を繋ぎ止め、ひたすらに国境を目指す。
────歩く
────────歩く。
泡沫の夢の様な仲間たちとの思いでに後ろ手を引かれながら、彼は歩く。
遥か昔に機能を失ったはずの直感が、『ここに居てはいけない』と警鐘を鳴らす。
速く離れなければ、という焦燥が身を焦がす。
◆ ◆ ◆
─────自分は幸せにはなれない。
否、なってはいけない、と言うべきか。
やっと見つけた仲間も、俺様には眩しすぎる。
嗚呼、やはりこのまま世界の影で生き続けるべきなのだろうか。
人間として生きる事を否定された自分には、そうするしか無いのだろうか。
話しかける相手など居ない。あるのは静寂と後悔だけ。
昔から知っていた。大切な物は持ってはいけない。
持っていては、奪われる。
そして、ふとした衝撃で無に変える。
持たなければ、奪われない。
信じれるのは己の力のみ。
それが、この世の摂理である。
やはり自分は日を浴びてはならない。
元々、奴等の様な太陽にとって、月であり影である自分とは相容れない。
今更、仲間や友人など必要ないし、欲しくも無い。
これまでずっと、自分一人で全て成し遂げてきたのだから。
◆ ◆ ◆
どんよりと曇り、太陽がその顔を隠した空を見上げながら、ハルキが呟く。
「ツキカゲ、帰ってこないね。」
「胸騒ぎがする」
ツキカゲへの心配と不安とが入り混じる声でユウキが言う。
ローズは眉間に指を当てたままじっとしている。本人曰く、趣味の未来観測らしいが、
只の転寝にしか見えない。
「吾輩が認めた男だ。そう簡単に野垂れ死になどしないだろう。」
優雅な午後の紅茶を嗜みながらオウカが呑気に言う。
「その通りよ。まあ、直ぐには帰ってこないだろうけど。」
肩を竦めながら、退屈そうに言うスズネ。
目線を落とし、俯くハルキ。
「───ツキカゲが無事だといいけど。」
雲が裂かれ、太陽が顔を出す。
逃げ惑い、隠れようとする影の残滓を無情にも炙り出そうとするかの様に。
◆ ◆ ◆
容赦なく照り付ける日光から逃れる様に、森の隅の木陰で休むツキカゲ。
そんな彼を、小高い丘から見下ろす人影が二つ。
一人は、磨き上げられた純白の鎧を身に纏っている。
もう一人は、やや軽装なものの、こちらも純白の動きやすそうな鎧を纏っている。
精悍な顔立ちの若い男が、ツキカゲの姿を見て、少し眼を細める。
「!?」
気配を感じ取った方向に眼を向けるツキカゲ。
(くっ・・・探知を怠った・・・)
その瞬間、首筋を撫でられる様な悪寒に襲われる。
(この・・・・気配はッ───!?)
「久方ぶりですね。我が弟───エレボス。」
「ワタシのコトちゃんと覚えてる?ねぇ、エレボス?」
金髪に紅の眼を持つ二人の若い男女。
ツキカゲことエレボスの兄と姉、エーオースとファネスだ。
(───────ッッ!!)
脳髄が恐怖に浸食される感覚を覚えるツキカゲ。
咄嗟の判断で影に身を隠し、逃走を図る。
「やれやれ・・・再会の喜びを分かち合おうとしたのですが・・・
あの様子では無理ですね。」
「いいのおにーさま?あのままじゃ逃げられちゃうよ?」
「いいんだよファネス。みすみす獲物を逃すような不甲斐ない兄では無いさ。」
エーオースが白金に光る大剣を顕現させ、無造作に左から右へ片手で薙ぐ。
刹那、乾いた風が影の中にいるツキカゲの頬を撫でる。
次の瞬間、頭の上を「風」が通り抜ける。
短い、「ひゅ」という音と共に、ツキカゲは自分の目を疑う事となる。
先程までそこには木が鬱蒼と茂る森があった。
しかし、そこは無残にも僅かな切り株だけを残して全ての木々が消え失せていた。
身を隠す影の消失により、強制的に影から弾き出されるツキカゲ。
かつての兄弟を前に、奥歯を噛み締める。
「次はワタシの番よ。準備はいい、エレボス?」
白金に光る片刃の短剣と、アイスピック状の両刃の短剣を顕現させ、
優雅に歩み寄るファネス。
彼女の眼差しは、猟奇的な獣のようで、しかし無邪気な悪魔の様だ。
やはり瞳の奥には、どす黒い闇が渦巻いている。
ツキカゲは、二人を睨み返し、覚悟を決めた。
◆ ◆ ◆
窓をすべて閉じ、カーテンをも締め切り、日光をできるだけ遮った部屋で、
頬杖をついたままのローズ。
少しの静寂の後、
「────捉えた」
そう呟き、部屋から飛び出す。
「アンタ達、あの子を捉えたよ。ちょいと厄介なことになってるがね。」
各々が動きを止め、眼の色を変える。
「本当か!?どこにいるんだ!?」
「国境近くの森さ。さっきまでは、かもしれないがね。」
「ここからなら私が全力で走って半日よ。」
「・・・・それじゃ間に合わないかも。」
ハルキが少し俯きながら言う。
が、ハルキの掌の魔法陣が淡く輝き、見覚えのあるシルエットを描く。
『ぺぺをお呼びバオか?』
「「ぺぺぇ!」」
『現地への輸送は任せてほしいバオ』
自信ありげに応えるぺぺは、久方ぶりの出番をとても喜んでいるようだった。
「よし決まりだ!ツキカゲを連れ戻す!」
意気揚々と、そして忙しなく外出の準備を始めるユウキ達を眺めながら、
ローズは密かにオウカに声を掛ける。
「オウカ、アンタぁ、あの子達について行ってやりな。」
「何故だ?吾輩は奴等だけでも十分だと思うが?」
「ま、師匠の指示は素直に聞いとけ。」
やや不満げながらも渋々了承するオウカ。
「それじゃあ、行ってくる!!」
「行ってきます!」
「すぐ帰ってくると思うけどね」
「アンタ達、無理だけはしないようにね。」
見送りの挨拶を交わし、出発する御一行。
自身に走行強化の付与魔術を施し、後を追いかけるオウカ。
全員を見送ったローズは、一人、椅子に腰かけ、千里眼を発動させながら呟く。
「ま、見通す者の名は伊達じゃないってこった。」
それと同時に、燭台の蝋燭の火がふっと消えて無くなる。
────何れかの運命を示唆するかの如く。