第拾三話 初めてのクエスト
大変長らくお待たせ致しました。ブラッドイーター第拾三話です。
冒険者で賑わうギルドにて。
クエスト発注ボードの前に、困り果てた表情で佇む黒髪の青年、ユウキ。
その隣には呆れかえった表情の茶髪の青年、ハルキが。
「う~~ん。選べねぇなあ。」
ユウキが腕を組み、唸る。
「無難にさ、薬草採取とかがいいんじゃないの?」
ハルキが首を捻りながら言う。
「いやでもよ?こっちの『オーク討伐』のクエストも楽しそうだぞ?」
依頼用紙を指さしながらユウキが述べる。
「悩むねぇ・・・」
「悩むなぁ・・・・」
とうとう頭を抱えるユウキ。
すると、二人の足元にできた影からぬるりと黒いローブを纏ったツキカゲが現れる。
「お前達、遅いぞ。クエスト受注だけで一体どれだけ時間を掛けるつもりだ。日が暮れるぞ。」
「おっ、ツキカゲ。薬草採取とオーク討伐、どっちが良いと思う?」
丁度良かった、とユウキがツキカゲに尋ねる。
「ほう。それは勿論オーク討伐だ。」
ツキカゲが自信ありげに言う。
「ほうほう。その心は?」
ユウキがおどけた様子で訝しむ。
「報酬の金額が多いからだ。」
ツキカゲが真顔で即答する。
ギルドのクエストの中でも、討伐・狩猟系クエストでは報酬の金額が多い傾向にある。
これにはひたすら苦笑いをするユウキとハルキ。
「よっし。んじゃ、オーク討伐で。」
ユウキが依頼用紙を千切り取り、ユウキ達の担当である、
燃える様な赤い髪が特徴的な受付嬢────ティアス嬢に渡す。
「討伐依頼ですね!承りました!尚、依頼期限は三日間となっておりますので、ご注意下さい!」
笑顔が眩しいティアス嬢に見送られ、依頼現場であるアトラスの森へ三人は赴く。
街道を暫く歩いた所で、ユウキが呟く。
「あれ?そういえばスズネは?」
「ここよ」
「「ひっ」」
誰も居ないはずのユウキとハルキの背後から声が聞こえ、驚く二人。
長く、つややかな黒髪を揺らしながら、スズネが現れる。
「油断し過ぎ。二人とも五回は殺せたわよ。」
「物騒な事言わない。言霊ってのしらないのか?」
「どうして僕らがここに来るってわかったの?」
等と言いつつ、薄々勘付いているハルキ。
「未来視のお陰よ。」
スズネが顔を少し傾け、未だ水色の残光が淡く煌めく左眼を見せる。
未来視とは、左眼が輝いている間だけ、未来が視える、というものだ。
自身の眼に魔力を込めれば、魔力を込めた分、未来視は力を発揮し、輝く。
輝いている時間が長ければ長い程、より正確に、長い時間未来を視る事が出来、
戦闘から日常に至るまで、強力にして便利この上無い。
しかし、それとは裏腹に、酷使すれば失明する、というリスクも背負っている。
「貴方達がここに来るのが視えたから、先回りしておいたの。」
「さっすがスズネ。周到だな。」
「これで全員揃った事だし、行きますか!アトラスの森!」
「言っておくけど、遠いわよ。アトラスの森。」
ユウキが肩を落とす。
「そこはこう・・・ツキカゲの能力でどうにかなんないの?」
「どれだけ俺様の身体に負担が掛かると思っている。却下だ却下。」
うんざりした様子のツキカゲ。
「ちぇ~。歩くしかないかぁ~。」
観念したように、すごすごと道を歩き出すユウキ。
ハルキ達もそれに続く。
30分ほど歩いた所で、大きな森林へと到着した御一行。
ボロボロの看板には、消えかけた文字で「アトラスの森」と書いてある。
「やっと着いたかぁ!アトラスの森!」
「あまり遠くなかったね?」
「迷子にならないようにね。特にユウキ。」
「むう・・・長距離の移動は流石に・・・疲れる・・・・」
辛そうに、顔を顰めるツキカゲ。歩きとはいえ、虚弱体質の彼には相当堪えた様だ。
「おっ」
ふとユウキが立ち止まり、後続のハルキ達に注意を促す。
ユウキの視線の先には、丈2メートル程の二足歩行の豚が二頭。
爪の割れたがさがさの手には太い棍棒が握られている。
「いたわね。あれが今回の討伐対象。賢いとはお世辞にも言えないけど、
彼らの怪力は馬鹿にならないわ。注意してね。」
スズネが小声でユウキとハルキに言い聞かせる。
「眼を狙え。他の部位より効果的だ。それと仲間を呼ばれては困る。
ユウキとスズネ、二人で速攻片を付けろ。」
ツキカゲが淡々と指示を出す。
「そんじゃあ・・行きますか、と!」
ユウキが藪から勢い良く飛び出し、振り下ろす拳がオークの鼻と口の間、人中
を捉える。
牙が折れ、歯が飛び、ずずん、と腹に響く音で転倒するオーク。
もう一頭のオークを間髪入れずスズネが鮮やかに上体を縦に両断する。
オークから噴き出す鮮血が赤い粒子となって二人の左手首へと吸い込まれて行く。
「痛っ・・・」
「いたた・・・」
ユウキとハルキが痛みに顔を歪ませる。
二人の左手首に赤色の禍々しい紋章が刻まれる。
ユウキの紋章は線対称の翼の様な刻印、
ハルキの紋章は点対称の流星の様な刻印である。
その紋章は血を吸収すればする程、ユウキの紋章は翼に付属する羽根の数が、
ハルキの紋章は流星の尾が増えて行く。
ユウキとハルキは、この紋章が血を奪いし者として使用できる
血の残量を表している、と瞬時に理解した。
「大丈夫?とても痛そうだったけれど。」
「手首のその紋章はどうした。俺様に見せてみろ。」
ユウキの手を掴み、紋章に触れるツキカゲ。
「───これは・・・なんという魔力濃度だ。魔術遺物に負けず劣らず、だ。」
「これだけの魔力濃度なら、ハルキの魔法の威力やユウキの肉体強化の恩恵も大きくなるだろう。」
「それは良い事なの?」
「勿論だ。」
「まあ、また一段階強くなった、そういうことだな!」
とても格好の良い紋章を惚れ惚れと見つめながら、森を進むユウキとハルキ。
「止まって」
ユウキの後ろ襟を掴んで停止させるスズネ。
「やけに数が多いと思ったら・・・こんな所に集落があったのね。」
丸太を藁で固定し、葉を被せただけの住処が一際大きな住処を中心に立ち並んでいる。
「うへぇ・・・いち・・にい・・さん・・・いっぱいいるなぁ・・・」
「ざっと数えて百、といった所か。」
「これ・・・全部討伐しないといけないの?」
「追加報酬の為よ。頑張りましょ。」
討伐依頼にはノルマより更に討伐を重ねることによって報酬金額が上昇することがある。
この依頼もそのひとつだ。
「広域殲滅は俺様に任せろ。そのうちオークの長や首級が
出てくるかもしれん。その相手はユウキとハルキに頼もう。」
「スズネ、ユウキとハルキの援護を頼む。幾ら血を奪いし者とは言え、
魔物との戦闘経験がほぼほぼ無い二人には荷が重い。」
「りょーかい」
「了解!」
「はいはい」
「行くぞ。」
単身で前線に躍り出たツキカゲ。
それを見るなり、雄叫びを上げながら襲い掛かってくるオーク達。
「五月蠅い魔物共め、今裁定をくれてやる。」
軽く開いた左手をゆっくりと閉じるツキカゲ。すると、
ツキカゲの足元から伸びた影がオーク達を貫き、磔にし、影へと引き摺り込む。
「さよなら」
スズネの一瞬の踏み込みの後、紫黒の閃光が奔り、オークが細切れの肉片となって散って行く。
オーク達の苦悶の叫びが木霊し、一際大きな住処から、頭に飾りを付けた他のオークより
二回りほど大きなオークが姿を現す。
「大物がおいでなすった!いくぞハルキ!」
「もちろん!!」
「狂戦士の怒りッ!!」
ユウキの拳が色濃く輝き、ユウキの紋章が一画減る。
「喰らいやがれッ!!!!」
狙うは眉間。最速で拳を突き出すユウキ。
『ゴアアアアアアアァアア!!!』
オークキングも負けじと棍棒を振り下ろす。
拳と棍棒とがぶつかり合い、棍棒が粉々に弾ける。
ユウキの膂力がオークに勝ったのだ。
しかし、オークの怪力も伊達ではない。
ユウキの勢いを完全に相殺していた。
「くっそ!あと一歩足んねぇ!!」
「ユウキ退いて!」
「お!?おう!!」
ハルキが左手を真っ直ぐに伸ばし、右手を添える。
左掌の魔法陣に魔力の奔流が完成し、紅色の閃光が迸る。
「最高火力!火炎一閃!!!!」
「!?」
ハルキは左掌に収束した魔力に違和感を覚えた。
安定していない。どこか、不安定なのだ。
このままではいけない、そう本能的に感じ取ったハルキは、
強制的に魔法を中断しようと試みる。
しかし、収束し続ける魔力の氾濫によって、ハルキの魔法は
──────暴発した。
抑えきれない魔力はハルキへと逆流し、多大な負荷を掛けた。
外側へと押し出される炎の奔流は、森を灼き尽くし、オークを灰へと変えた。
未来視で一早くこの事を知っていたスズネは、瞬時のうちにツキカゲに指示を出し、影を伸ばし、自分達と逃げ遅れたユウキと爆発の中心にいたハルキを保護した。
幾らツキカゲといえど、瞬時に森全体を保護することは不可能だ。
人命を優先し、この行動を取った。
結果的に、オークを討伐し、集落を焼き払うことに成功した。
森から少し離れた平原に移動した御一行。
影の収納から出されたハルキに、ユウキが慌てて駆け寄る。
「大丈夫か!?ハルキ!!」
「なん・・・とか・・・平気・・・・」
「おうおう無理すんなって!!」
ふと視線を落とすユウキ。視線の先には、ハルキの掌が。
これまでハルキの掌には赤色の魔法陣が刻まれており、そこに魔力を収束させることで魔法行使していた。
しかし、ハルキの掌にはもう、魔法陣は無かった。
魔力の逆流による過負荷によって破壊されてしまったのだ。
全てを察したユウキはもう、ハルキに掛けてあげられる言葉すら見つからない。
「─────帰ろう。今日の依頼はここまでだ。」
ツキカゲが呟くように言う。
帰り道、ユウキはツキカゲに尋ねる。
「なあ、ツキカゲ。どうにかして、ハルキの魔法陣を直すことってできねぇのか?」
ツキカゲが長考する。
「不可能に近い。普通、魔法陣を肉体に刻印した者が、その魔法陣を破壊されれば、
二度と魔法を使う事は出来ない。しかし例外もある。
その魔法陣に劣らない魔力濃度の魔術リソースさえあれば・・・・・」
「「!!」」
早速閃いたユウキとツキカゲ。
「成程。あの手首の紋章を使えば・・・・」
「だろ?まだなんとかなるかもしれないだろ?」
「ああ。しかしそのレベルの魔力操作となると流石の俺様にも手に余る。
せめて最高位魔法使いが力を貸してくれればな・・・」
「へぇ。最高位魔法使いね。聞いたことあるわよ。私。」
「いっ!?」
「なんでもね、コーサスとかいう城塞都市の、偉い軍師さんが知ってる、って噂なんだけれど・・・・」
またもやユウキに電撃が奔る。
「と、いうわけで。最高位魔法使いさんの場所、教えてください。
お願いします。オウカ軍師様。」
「急過ぎにも程があろう!?」
「のこのこ軍事本部に現れたと思ったら、最高位魔法使いの場所を教えろ、だと!?身勝手にも程があろう!!」
何話ぶりだろうか。天才・オウカ軍師である。
桃色の髪とあどけなさの残る容貌とは裏腹に、
城塞都市コーサスの筆頭軍師であり、優秀な魔術師でもある、オウカ。
そんなオウカのもとに、ユウキ達は直行してきたのだ。
勿論ハルキは宿屋で待機中である。
「第一、最高位保有者は機密中の機密であって、いくらこの都市を救った
汝らといえど、教える訳にはいかんのだ。」
「そこをなんとか。人の命が掛かってるんです。」
懇願する様に言うユウキ。勿論、”人の命”は少々の誇張に過ぎない。
「むぅ・・・そこまで言うのなら・・・・」
「良いか?絶っっっ対に吾輩が言った、ということは内緒だぞ!?良いな!?」
「絶対に内緒にします!!」
「ようし。ならば案内してやろう。」
案内されたのはごくごく普通の住宅街。
とても最高位保有者が住んでいる場所には見えない。
「ここだ。」
そこは、なんの変哲もない民家であった。
ドアを2・3回ノックするオウカ。
「師匠!いるか?紹介したい奴らがいる!」
返答は無い。
足でドアを蹴破り、中へ入るオウカ。
「師匠~?弟子が遊びにきてやったぞ~?」
内装もいたって普通、だ。少し不思議なところを
強いて挙げるなら、そこかしこに酒瓶が転がっていること、ぐらいだ。
「んぅ~?」
椅子に寄りかかり、居眠りをしていた赤い髪をした女性が目を覚ます。
三十代後半、と言った所か。とても最高位魔法使いには見えない。
ふと、彼女の赤い眼が三人の客人を捉える。
ユウキ、スズネ、ツキカゲだ。
「師匠!やっと起きたか!昼間から酒は飲むなとあれほど・・・・」
「やあいらっしゃい。アタシの工房へ。」
「アタシの名はローズ・メアリー・ウィロウ。こう見えて最高位魔法使いだ。」
オウカの発言を思いっきり遮りながら言う。
「所でアンタ達・・・もう一人お仲間さんがいるね?茶髪のコだろ?
なるほど。肉体刻印が破壊されてるね・・?」
無論、ユウキ達は何も言葉を発していない。
三人とも、呆気に取られている。
「ああ、すまないね。アタシには「千里眼」っつうものがあってだね?」
「ああもういいや!細かい話は後々!!」
先程の朗らかな眼差しと一遍、刺すような眼差しへと変貌するローズ。
「アンタ達、アタシの力を貸して欲しいんだろう?」
こくり、とユウキが頷く。
「だったら、アタシと勝負だ。アタシに片膝突かせたらアンタ達の勝ちだ。なんでも協力してあげるさ。」
ユウキはひたすらに訝しんだ。
この女性からはなんのプレッシャーも感じない。
本当に最高位魔法使いなのか?
そう思考を巡らせていた。
「さあ、どうなんだい?勝負するかい?」
「望む、所だ!!」
ユウキが威勢良く言う。
「ようし。そうこなくっちゃ!」
「流石にアタシの家の中で戦うのは気が引けるしねぇ・・・そうだ。」
「少し失礼するよ」
目の前の空間が大きく歪み、強制的に瞼が閉じられる。
無理やり目をこじ開けると、そこは透明な円形の闘技場とさえ思わせる場所であった。
「無理やりだが勘弁しておくれよ。空のグラスの底に転移しただけだ。何も問題はないさ。」
闘技場の外を見渡せば、さっきまで見ていた光景が。
(強制転移魔法に強制最小化・・・とんだ化け物だな。)
決して口には出さず、ツキカゲはそう心で呟く。
「さ、面白おかしくやろうじゃないか。」
彼女の赤い眼が鋭く輝き、明らかに今までとは違うオーラを放つローズ。
ずっしりと、のしかかるようなプレッシャーに、
あのツキカゲさえ冷や汗を垂らしている。
スズネは相変わらずのすまし顔だ。だが、目つきは真剣そのものだ。
「こりゃあ・・一筋縄ではいかないなぁ・・・・」
”圧倒的強者”を体現したかのようなプレッシャーに包まれるユウキ。
しかし、ユウキの度胸はその程度で萎縮するモノでは無い。
最高位魔法使いVS血を奪いし者&静暗殺者&執行人の異例の闘いが始まる。