第拾二話 暖かいご飯は友情の味
買い物客で賑わう市場を一人散歩しているユウキ。
無事職業の選定が完了したお祝いに。とスズネからはお小遣いが渡されている。
自分の好きな物を買ってきなさい、と言われているが、特に欲しいものが無い為、うろうろしていたのだ。
「久しぶりに米がたべてぇなあ・・・・」
やや憂戚の表情のユウキ。
異世界での主食は小麦と呼ばれる穀物が主流で、
主に麺麭にして食べることが多い様だ。
ありし日の記憶に思いを馳せつつ、ユウキはふらふらと徘徊を続ける。
「なんか興味をそそる物ねぇかな────あ。」
ユウキの眼に止まったのは一つの麻袋であった。
「ほ~。」
店主らしき男に声を掛けるユウキ。
「おっちゃん!これ一袋くれ!あとこれとこれも!」
「それと八百屋知らない?」
「まいど!八百屋ならこの通りを5軒ほど行った先にあるでよ!」
「さんきゅーおっちゃん!」
店主に言われた通りの場所へと着いたユウキ。
「おばちゃん!これ5つくれ!」
「良い買いっぷりだねぇ若いの!一つオマケだよ!持っていきな!」
「あんがとおばちゃん!」
購入した品々を抱きかかえ、意気揚々と走り出すユウキ。
(よしよし。これだけあればアレが作れるぞ)
(あと必要なのは確か────)
ユウキは足取り軽く、ハルキらの待つ宿屋へと歩んで行く。
「ただいま~~!」
ユウキの元気な声が帰宅を告げる。
「おかえりなさいユウキ!」
「おかえり。」
ハルキとスズネが出迎える。
「あれ?ツキカゲは?」
「自室よ」
にやりと笑みを浮かべるユウキ。何やら考えがある様子。
自室にて、何かを食むツキカゲ。
「もぐもぐ。ふむ。やはりワイバーンの肉は・・・」
「この舌ざわりといい弾力といい・・・もぐもぐ。・・・美味くは無いが不味くもない。」
部屋の扉を少し開け、何かを食むツキカゲの背中を見ているユウキ。
唸り声の様な低い声でぼそりと呟く。
「・・・・・・何喰ってんだ???」
ツキカゲの肩が真上に跳ね上がる。
弾丸の様なスピードでツキカゲに駆け寄るユウキ。
「・・・・・何喰ってんだ!?見せやがれ!極上の隠しスイーツとかだったらスズネ達には内緒にしてやるからおれにも寄越せ!」
ユウキの怒涛の嵐に座っていた椅子ごとひっくり返るツキカゲ。
「極上スイーツ寄越しやがれ─────って、なんだこりゃ?」
「あ・・ああ・・・」
ツキカゲの声にならない叫びが漏れる。
「───────生肉じゃねえか」
動揺入り混じる声で、ユウキが言った。
「ユウキ・・・これはだな・・・聞いてくれ────」
「ようし」
「俺様には────」
「この肉料理して食わせてやらぁ!!」
ツキカゲの言葉を思いっきり遮りつつ、先程と一転、満面の笑みで言う。
「あ・・・だから・・・話を聞け────」
「わかったわかった。肉が傷むから簡潔にな。」
先程に比べ、幾らか安定した様子のツキカゲ。
一瞬目線を下に落とすが、覚悟を決めた様に話し出す。
「実は・・・・俺様には味覚が無い。」
ユウキの目に驚愕の色が混じる。
「俺様は悪魔と契約して、今の暁闇の加護を手に入れた。圧倒的な魔力量と
影魔法適正。しかしその代償に味覚を失った。」
一呼吸置き、続ける。
「今の俺様は口にする全ての食物が砂の味だ。食物すべてが冷たい泥だ。」
「しかし例外もある。生肉が・・・それだ。」
「俺様は絶大な力と引き換えに、獣同然に堕ちた。」
「最早食事自体が俺様にとっては苦痛だ。」
目の前のユウキを真っ直ぐ見つめ、吐き捨てる様に言う。
「だからユウキ、俺様の為に、などと馬鹿な事はするな。」
ユウキが一瞬考え込む様な素振りを見せる。しかし、
「断る!」
ユウキは顎をしゃくり上げ、ぴしゃりと言い放った。
「───っはぁ?」
ツキカゲが思わず変な声を漏らす。
しかし、ツキカゲの目にもう悲哀は満ちていなかった。
前髪を掻き揚げ、額に手を当てた状態呆れたように呟く。
「そうだったな。ユウキ。お前は、話の通じない大馬鹿者、だ。」
笑みが零れるツキカゲ。
「さあ、もう俺様は観念したぞ。調理を始めるなりなんなり好きにしろ。
いくら不味くたって食ってやる。」
「やっぱツキカゲはそうこなくちゃ!」
「じゃあまず、料理を始める前にやることがあるんだけどな?」
「ほう、それはなんだ?」
ツキカゲが訝しむ。
「それは─────・・・・・」
「っはははははは!似合う似合う!!」
そこには、いつもの陰気なローブを脱ぎ、ピンクのエプロン姿のツキカゲが。
はっきり言って、物凄いギャップだ。
「やっやめろ!こんな物必要無いだろう!」
ツキカゲが顔を真っ赤にして抗議する。
「いや~まさかエプロンもどきがツキカゲ様の影の中から出てくるとはなぁ~。」
「あ、まさかそういった趣味をお持ちで?」
ユウキがにやにやと笑いながら揶揄う。
「関係ないだろう!いつしか買っていた物をそのまま忘れていただけだ!」
いつものクールさはどこへやら。なツキカゲ。
「さ、さっさとはじめるぞ。」
「はいよ~。」
宿屋の炊事場へ向かうユウキとツキカゲ。
事前にユウキが持ち前の交渉力を駆使し、許可はすでに取ってある。
そのあたりの準備だけは周到だ。
「ハルキとスズネにはまだ内緒な?」
「ああ。わかっている。」
こちらもやけにエプロンの似合うユウキ。
ツキカゲのコレクションから貸してもらった様だ。
「最初に手はしっかり洗っとけよ。」
「ああ。」
ユウキが両腕を捲り、
「よし、始めよう!」
自信に満ち溢れた顔で言う。
ユウキは先刻買った品物を卓上に並べる。
赤い根菜、紅い果肉をもつ植物、丸い葱、そしてやや角ばった芋。
細部は違えど、ユウキには現実世界でも馴染みがある。
それぞれ、人参、赤茄子、玉葱、薯だ。
包丁はこれまたツキカゲコレクションのナイフで代用している。
「おれは玉葱を切っとくから薯と人参の皮剥いててくれ」
「わかったぞ」
ユウキが手慣れた手つきで玉葱を串切りにしていく。
不意に、ざく、という音がユウキの耳を撫でる。
振り返ると、親指から出血しているツキカゲが。
「あ~あ~。大変大変!絆創膏あるか!?」
その光景に、ユウキが慌てる。
「問題ない」
すぐさまツキカゲが影へ手を伸ばし、明るい緑色の回復薬を取り出す。
数適垂らせば、傷は完治していた。
「すっげぇ便利だな・・・流石異世界テクノロジー・・・」
「それはともかく、皮剥き苦手なら先に言え!」
「すまん。食物の皮など剝いたことが無いのでな」
「わかったわかった!おれが全部やってやるから見てろ!」
ユウキがナイフを器用に使い、するすると皮を剥いていく。
「薯と人参は一口大に切って・・・と。」
魔導コンロの上に乗せたツキカゲコレクションの鍋にワイバーンの油身を引き、野菜を炒める。
魔導コンロは、ガスや電気の代わりに魔力を込めることで魔石が反応し、炎が発生仕組みだ。
「おれが肉切るまで炒めててくれ。」
「わかったぞ」
ぎこちない動きで野菜を炒めるツキカゲ。
それを横目に見ながら、ツキカゲが調達したワイバーンの肉を一口大に切る。
この肉は職業選定の帰りにこっそり解体が済んだのを受け取ったらしい。
やがて玉葱が飴色になる。
「お、火が通ったか。」
鍋にワイバーンの肉を入れ、再度炒める。
肉に火が通りきった頃合いをみて、ユウキがツキカゲから強奪した高級ワインを
ひたひたになるまで入れ、中火で煮込む。
異世界では小麦から作る麦酒、
そして葡萄から作られるワインが主な酒の様だ。
赤茄子を細かく刻み、鍋に入れ、具材に火が通るまでとろ火で煮込み、
塩と胡椒で味を微調整。
ユウキが購入した麻袋を引っ張り出す。
中には小麦粉が。
別の鍋に小麦粉と牛酪を入れ、弱火でひたすら混ぜ合わせ、
ブラウンルーを作る。ペースト状になる頃に、中火にして茶色になるまで炒める。
濃い茶色になったら、一旦火を止め、濡れた布で冷ます。
もう片方の鍋に投入し、よく馴染ませる。
「なんだか良い香りがするわね?」
「なんの香りだろう?」
スズネとハルキが炊事場に顔を出す。
「おうお前ら!もうすぐ完成するぞ!食器とか準備してろ!」
「はいはい。」
「了解!」
そしてフェードアウトしていく二人。
「よっし。」
「本当は3時間くらい煮込んだ方が格段に美味いけど、こんなもんかな。」
「完成だ!ビーフシチュー!!!!!」
鍋を高らかに掲げ、ユウキが雄叫びを上げる。
「シチュー?それがか?」
「シチューとは・・・こう・・・白色ではないのか?」
「くっくっく。今回はおれの特製なのさ。」
「さあさあ!味見味見!」
そう言ってシチューを注いだ小皿をツキカゲに差し出す。
「作った奴だけの特権、だろ?」
ユウキが片目を閉じながら言う。
「それじゃ、乾杯。」
一息に呷る。
(─────っ、これは!?)
(ちょっと水が足りなかったかな?まあ良い出来だな。満足満足。)
「さあ食うぞ食うぞ~!」
自分たちの部屋へ戻れば、完全にスタンバイOKなハルキとスズネが。
「まってました!」
ハルキが嬉しそうに言い、スズネも続く。
「おなか減った。」
「まあそう焦んなって!今注いでやるから!」
「ツキカゲも座れ座れ!」
言われるがまま、椅子に座るツキカゲ。
木製の器に、湯気の立つ茶色でとろみのある汁の中に一口大に切った肉や野菜が沈むそれが注がれる。
全員の分を注ぎ終えると、やれやれ、と言わんばかりにユウキも席に着く。
それを見届けたハルキとスズネは両手を顔の前で合わせる。そしてユウキも続く。
「「「いただきます」」」
ツキカゲも
「いただきます」
そう小さく呟いた。
ツキカゲがビーフシチューをスプーンで掬い、口へと運ぶ。
それが舌に触れた瞬間、ツキカゲは目を大きく見開く。
辛味があるわけでもない。酸味でもない。甘味でもない。
ただ、
「暖かい・・・・」
それだけで、ツキカゲは充分であった。
目の奥が熱くなり、一筋の涙が頬を伝う。
「う~ん、美味い!」
「おう当たり前だ!」
「おかわり。」
「あ~!ちゃんと味わってゆっくり食いやがれスズネ!」
涙を流したことがバレていない事に少々安堵するツキカゲ。
彼の持つスプーンは止まらない。
「おかわり、だ。ユウキ!」
器をユウキに差し出し、珍しく見せた笑顔で言う。
それを見たユウキは、静かに微笑む。
ツキカゲにとって、この様な団欒は生まれて初めてであった。
ツキカゲは人並みの「幸せ」を感じたことは無い。
それにはツキカゲの過去が大きく関係している。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その事が、彼の口から語られることは今は無いだろう。
そう。
彼からは。
ずっと書きたかった話の1つです。
完成して良かったです(*'ω')-з
皆様からの感想は全て読ませて頂いております。
隙間時間で返信もさせていただきます。
良い点、改善して欲しい点等ありましたら、
どんどん感想に御記入下さい。
作者の燃料にも直結しております。
どうぞよろしくお願い致します(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)