第拾一話 職業選定
「んっんんんっん~んんん~~」
やけにボリュームの大きい調子外れな鼻歌を歌いながら冒険者ギルドへの坂道を下って行く、
黒髪が特徴的で、どこか人懐っこい笑顔の青年───ユウキ。
その隣には、少し乱れてはいるが、彼のやや茶色がかった髪と眼差しは、
清潔感と優しさを感じさせる。彼の名はハルキ。
「悪目立ちするからやめといたほうが良いわよ。」
長く、つややかな黒髪が美しい彼女の名はスズネ。
毅然とした態度でユウキを諭す。
いつも冷淡に感じる彼女だが、ちょっぴりお茶目な一面もある。
しかし一度戦闘になると、冷酷かつ無慈悲な暗殺職として活躍してくれる。
ユウキとは現世でも、異世界でも、中々に腐れ縁である。
「ユウキ、その曲はなんという曲だ。あとで教えてくれ。」
ユウキの影からぬるりと登場した彼の名はツキカゲ。
黒いローブに黒いマント、そして希少な闇属性の加護を持つという、厨二感満載の彼。
しかし彼も、一流の暗殺職である。
職業の選定をする、という話で、御一行はギルドへと向かっている。
「え~っとたしか、指定されてたのはこの場所で───」
到着したのはギルドの裏手、「職業選定所」と看板がある建物だ。
ユウキがその扉を押し、ぎぃっという音と共に扉が開く。
中は、小学校の体育館ほどの広さだ。
「やあ、よく来てくれた。」
無造作に置かれた椅子に腰かけていたのは冒険者組合長、ノブヒトだ。
心無しか、以前出会った時よりも血色は良く感じる。目の下の隈も、いくらか薄くなっている。
「では、職業の選定を行う。選定対象の二人は前に出て、この魔法陣の上に立っていてくれ。」
そう言われたユウキとハルキが、早速魔法陣の上に乗る。
ツキカゲとスズネの話によれば、実戦形式での選定、との事。
「私達は立会人としてここで見学しておくわ。」
「楽勝だから肩の力を抜くんだ、二人とも。」
スズネとツキカゲは立会人として、選定を見守る。
(あれ?職業の選定って、僕らは何をすれば良いんだ??)
ハルキは今更ながら、具体的に何をすれば良いかを伝えられていない事に気付き、少し慌てる。
ユウキはそんなことなど気にしていない様子だ。
「では、選定を始めよう。」
ノブヒトがユウキとハルキの足元にある魔法陣に繋がっている魔石へと魔力を流す。
少し眩しい光が奔った後、そこには、人の背丈ほどの石の塊が。
RPG系のゲームが好きなユウキは、それがゴーレムであることを即座に理解した。
しかし、ゴーレムが動く気配は無い。
「さあ、物理でも魔法でも良い。そのゴーレムに自分の一番得意とする方法で攻撃を与えてみてくれ。」
「無論、剣や斧が必要なら貸し出すが、どうかね?」
ノブヒトの鋭い眼差しが二人を捉える。
「大丈夫っす!このままいきます!」
元気の良いユウキの返事。
ユウキがゴーレムへと一歩近づき、右足を少し引く。
右の拳も引きつつ、右のつま先で地面を蹴る。
(重心を前に、腰の回転を肩に、頭の位置はそのまま、中心の軸を意識。脇を締めて、肘に回転を。
最速で!打つ!!)
ユウキの渾身の右ストレートが、虚空を揺らす。
刹那、石の塊だったゴーレムが、豪快な音と共に粉々に砕け散る。
(すげぇ!これが異世界に来たおれの力かぁ!)
ノブヒトの眼が、三割増しで見開く。
(次はお前の番だ、ハルキ。)
ユウキがそう言いたげな顔で、隣のハルキを見る。
それに応える様に、ハルキが左手を胸の前で握る。
眼を瞑りながら、燃え盛る豪炎を心に描く。
眼を大きく見開き、
「豪炎火球ッッッ!!!」
一瞬の静寂が過ぎ去り、鼓膜を殴りつけるような轟音と爆炎が。
爆風を正面から受けたゴーレムは、僅かな焦げ跡を残したのみであった。
(いつかのファイアーボールより、各段に威力が増してる・・・)
ぱち、ぱち、ぱち、とノブヒトがゆっくりと拍手をし、
「素晴らしい。」
短く告げた。
「じゃ、じゃあ職業が決まり!?」
やや興奮気味のユウキ。
「合格───なんですか!?」
ハルキもやはり興奮気味。
ノブヒトがやたらと早口で言う。
「いや」
「今回は特例として立会人のお二方にも選定を手伝って貰おう。」
「心配することはない。今からでも通常の選定に戻すことも可能だ。」
理解が追い付いていないユウキとハルキ。
やけににやにやしているスズネとツキカゲ。
「ええええ!?そんなの聞いてないよ!?」
「だって言ってないもの。」
「絶対ギルドマスターと口裏合わせてたろ。」
「なんのことだ?俺様は口裏など合わせた覚えはないでござるよ。」
(語尾が変わってる・・・絶対嘘ついてるな・・・)
「まあ良いじゃねーかハルキ!どうせならおれらの力を見せてやろうぜ!」
ユウキは特例の選定に大いに賛成の様だ。
「うーん・・・ユウキがそう言うなら・・・」
ハルキは渋々承諾した。
こうして、異例中の異例、特例中の特例の選定が行われることとなった。
「では簡単にルールを説明しよう。最も、今私が作ったものだが。」
「一つ。殺傷能力のある武器は使わない。
二つ。この室内では特殊な結界が張ってある。魔力が極端に減衰する為、
どんな魔法でも殺傷能力は無くなる。
三つ。相手が降参すれば、すぐさま攻撃の手を止める。
四つ。死なない程度に。」
「この四つだ。ルールを破れば、双方、処罰の対象となる。」
「ようし!やってやろうじゃねえの!」
「いつでも!いけるよ!」
「こっちも準備オーケーよ。」
「もとより準備は済ませている」
「では。選定対象の二人、君たちは手を抜けば職業は無いと思え!良いな!」
「「了解!!」」
「始め!!!!!」
開始と同時に正面のツキカゲに速攻で突進するユウキ。
姿勢を低くし、そのままの勢いで下半身にタックルをお見舞いする・・・目論見は外れた。
ツキカゲが影に身を隠し、スズネが足を払うようにしてユウキのバランスを崩す。
ユウキは地面を転がるようにして受け身を取るが、ツキカゲの足元からの影が迫る。
「本気になりすぎだっての!!ちょっとは手加減してくれぇ!!」
体勢を立て直しつつユウキが叫ぶ。
「その程度か!ユウキ!!」
ツキカゲが挑発する。
「なんの!!」
反射で横に飛び退き、ツキカゲの追撃を躱す。
「ハルキぃ!援護頼むぞ!!!先にツキカゲを抑える!!」
「言われなくとも!!」
ボボッという音と共に、ハルキの火球が二つ、ユウキと並走しながらツキカゲへと迫る。
「迂闊なんじゃない?」
真後ろから囁く様なスズネの声がする。
驚いて振り向くがそこには誰もいない。気づけば選定所内は影によって二つに分断され、ハルキの
火球も消えてしまっていた。
「嵌められた!!」
ユウキの右足には影が絡みついており、そう簡単には抜け出せそうにない。
スズネは虚空に手を伸ばし、空気中の魔力から双剣を魔力錬成する。
魔力から錬成された武器は、強度こそ劣るものの、魔力さえあればいつでも武器を
作り出すことができる。
影で仕切られた無効側は恐らくハルキとツキカゲの一騎討になるだろう。
こちらはユウキとスズネの一騎討だ。
「さあ、さっさと終わらせましょう?」
「満足に動けない相手にトドメでも刺すつもりか?」
ユウキはスズネの威圧に負け、軽口を叩くのが精いっぱいであった。
(相手は暗殺職・・・機動力では勝てない・・・考えろ・・・考えろ・・・)
スズネがゆっくりと近付いてくる。
しかし隙など微塵も無い。
ユウキは強硬策に出る。
固定されている右足を、床のタイルごと剥がしたのだ。
流石にスズネも予想外だったのか、硬直したままだ。
その一瞬を逃さずユウキは、一気に距離を詰める。
(もらった!!)
ユウキの渾身の一撃が────空を切った。
(あれ?)
そこにスズネの姿は無かった。
あるのは───残像だけ。
◆ ◆ ◆
(分断されちゃったな・・・・)
影によって分断された向こう側では、ハルキとツキカゲの睨み合いが続いていた。
ハルキは近接戦闘は不慣れな為、ツキカゲが距離を詰めてくる度に距離を離す。この繰り返しであった。
ハルキが火球で応戦するも、影に逃げ込まれ、不発に終わる。
ツキカゲの攻撃パターンも、影から影へと距離を詰めてくるようになり、ハルキは劣勢を強いられていた。
まるでモグラたたきだ。
ハルキはそう自分に言い聞かせ、心の平穏を保っていた。
「そろそろ決着をつけよう。」
そういってツキカゲが自らの影から、漆黒の鎌を作り出す。
見るからにヤバい。ハルキはツキカゲに向けて、三連続で火球を放つ。
しかし、漆黒の鎌によって火球は切り裂かれ、またも不発。
「これも魔力錬成の応用だ。どうだ凄いだろう。」
ツキカゲの口走った言葉により、ハルキは逆転の発想を見出す。
(魔力錬成・・・それなら!!)
ハルキも虚空へ手を伸ばし、剣をイメージする。
初めての試みである為、完成した剣は不出来であった。
魔力の結合が不安定で、何合も打ち合っていると、刀身が崩壊してしまう。
「見よう見まねで魔力錬成を成功させたのは称賛に価する!しかしそんな完成度では俺様には勝てんぞ!!」
「いや、不安定だからこそできることがある!」
本来、魔力錬成は、空気中の魔力を結束させ、形を作っていく。
ハルキは、完成した剣に、自身の魔力を同調させ、炎を纏った剣を作り上げた。
自身の魔力を含ませているお陰か、耐久度、攻撃力、共に申し分の無い性能だ。
しかし魔力錬成の熟練度ではツキカゲの方が上。
近接戦での経験も違う。
ハルキは防戦一方であった。
ハルキの作り出した剣も、次第に炎の勢いが弱まっていく。
(いや!まだだ!!)
ハルキは自分の瞬発力を惜しみなく発揮し、ツキカゲに肉薄する。
「勝ち目が無いのがなぜわからん!?」
「勝ち目なら、ある!」
そう叫び、ハルキが剣をツキカゲに投げつける。
ツキカゲは足元から伸ばした影で防ぐ。
「このような物を投げつけた所で、戦局は変わらな───」
ハルキは投げつけた剣を目隠しに、左手を真っ直ぐ伸ばし、右手を添える。
「喰らえ!火炎一閃!!!!」
辺りが閃光に包まれる。
閃光が収まった後には、黒く、四角い立方体が。
花が開花する様に、立方体が開かれる。
中からはすこし煤に汚れたツキカゲが。
どうやら、ハルキの渾身の一撃は殆ど防がれてしまった様だ。
「・・・・降参するよ。」
「あの一撃、結構頑張ったんだけどな。」
「素晴らしかったぞ。ハルキ、貴様相当魔法の素質があると見た。」
そう言って、ツキカゲはハルキの肩を優しく叩く。
◆ ◆ ◆
スズネは空を蹴り、ユウキの首目掛けて双剣で薙ぐ。
躱しきれないと判断したユウキは、すぐさま首を両手でガードする体勢へ。
ガキン、という音が聞こえてくるのと、ユウキの腕に鈍い痛みが走るのは、ほぼ同時であった。
「いってぇ~~!!」
ユウキの顔は苦痛に歪み、腕を抑える。
「中々やるじゃない。やっぱり舐めてかかってはダメね。」
スズネの左眼が青白く光る。
「こっちよ?」
またも、ユウキの真後ろで声がする。しかしそこには誰もいない。
スズネの笑い声のみがこだまする。
ユウキの首の後ろを狙った攻撃が来る。
しかしユウキは反射で対応する。
すぐさま拳を突き出すが、軽々と避けられる。
ユウキは、逸る鼓動を抑え、スズネを捉えにかかる。
攻撃を開始する一瞬、スズネの姿が見える。その一瞬のチャンスにユウキは賭けた。
(─────来る。左!!)
ユウキの直感がそう告げる。
眼球だけを動かし、スズネを捉え、彼女の繰り出す双剣を左手で受け止めた。
だが、受け止めた双剣は一本のみ。
(もう一本は!?)
思考するには遅すぎた。
この攻撃は、偽物だ。
「惜しい。残念。」
スズネは空を蹴り、その加速と、重力のままに、ユウキの背中に着地した。
ユウキはつんのめるようにして、地面に倒れ込む。
「こ、降参・・・・」
「はい、私の勝利。」
スズネがユウキを踏みつけたまま言う。
小さな溜息の後、ユウキはスズネに尋ねた。
「なんであんなに読みが冴えてたんだ?おれの次に取る行動がわかってたみたいじゃねーか。」
「その通りよ。」
「んん??」
「私の左眼、未来視って言ってね、青く光ってるときは、少し先の未来が見えるの。」
「チートじゃんかよそれ・・・・」
「あなたの反射神経だってどうかしてるわよ。」
とりとめもない話をしているうちに、影でできた仕切りが崩壊していく。
奥からノブヒトが姿を現す。
「お疲れ様、だ。諸君。選定後の余興にしては楽しんでもらえたかな?」
「え?」
「余興??」
「そうだとも。選定自体は、最初のゴーレムの件で終わっている。」
「「じゃ・・じゃあ、別にやらなくてもよかったってこと!?」」
「はっはっはっ!やっぱり言わぬが花だったかな?」
ノブヒトが高らかに笑う。
「私は楽しかったからそれで良い。」
「俺様も同感だ」
呆気にとられているユウキとハルキを差し置いて、ノブヒトが二人に二枚のカードを渡す。
「おめでとう。今日から君も立派な冒険者だ。ユウキ君、君は格闘職、
ハルキ君は魔術師だ。」
やっと我に返ったユウキが、スズネとツキカゲに質問する。
「そういえば二人とも暗殺職なんだろ?やっぱりそういうのって階級とかってあるのか?」
何かを思いついたかのような表情のスズネ。
「良い機会だから教えておいてあげる。」
「ステータスオープン」
スズネがそう唱えると、ユウキとハルキの目の前に水色のウインドウが現れた。
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名前:スズネ
職業:静暗殺者
体力:2510
攻撃力:4520(+800)
魔力:1200
素早さ:18000(+1200)
防御力:300
(加護により能力上昇)
技能:気配遮断(A+)風の加護 暗殺技巧Lv10 未来視 柔術Lv3
剛腕Lv5 回避術Lv8 暗器作成 双剣適正 弓適正 結界術式 対竜種攻撃適正
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「え?素早さのパラメータ、0ひとつ多くない?」
ユウキの空いた口が塞がらない。
「そうだな。俺様のステータスも開示しておこう。」
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名前:ツキカゲ(偽名) ????(秘匿済み)
職業:執行人
体力:80(+3000)
攻撃力:120(+4000)
魔力:4200(+5000)
素早さ:240(+3000)
防御力:60(+2000)
(加護により能力上昇)
技能:気配遮断(A)暁暗の加護(EX) 闇属性適正(EX) 暗殺技巧(EX)
太刀適正 虚弱体質 対人間攻撃適正
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「私達はね、上級職って言うの。」
「暗殺職という括りの中の上級。それが、静暗殺者と執行人だ。」
「やはり二人は上級職だったか。やはりオーラが違うな。」
ノブヒトが感嘆したかの様に呟く。
ユウキとハルキは、職業を手に入れ、正式に冒険者となれた喜びと、なんとも言えな
疲労感とで、全く言葉が出ないのであった。
ノブヒトに見送られ、外へでると、まだ昼頃。長い時間経っているようで、
全く時間は過ぎていない。
買い物客で賑わう商店街へと、御一行は歩んで行く。
「え?後半の模擬戦ってあれ、ただのくたびれ儲け?」
ユウキの心の全く篭っていない呟きは、眩しい昼の陽射しに
吸い込まれて行った。
沢山の感想を書いていただきありがとうございます。
改善してほしい点などございましたら、どんどん御記入下さい。
作者の燃料にも直結しておりますので、是非宜しくお願い致します。