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第82話 爪痕を残せ




 「意外と楽しいんだよ?ストレス発散出来るし、こういうことも、飯盒炊爨とかの学校行事でしか出来ないんだから」


 「ストレス発散がメインだろ。別に食べれないわけじゃないけど、伊桜ってそういうとこあるんだな」


 これは本当に初めて知った。料理はしないというから、俺の家ですら見たことないし、話すらも耳にしなかった。まさかカレーに使う玉ねぎをみじん切りにするとは。お腹を抱えて笑いたいが、それを必死に堪えるから腹筋が痛い。


 「お米と合わさると、それはそれで面白そう。伊桜さんの茶目っ気は結構レアじゃない?」


 全然レアじゃない。何度見たことか。そして何度見ても衝撃だ。


 「ストレスなさそうだったから、ストレスあるのも意外」


 「ストレスは夏休みに入る前から、少しずつ溜まってた」


 今度は丁寧に半分にした残りの玉ねぎを切っていく。その途中で顔も向けないが、絶対に俺のことを言っていると、トンッとまな板に包丁が当たる音が俺の体をビクつかせる。怒るほどにストレスを感じるなら、それはいつか謝るべきだろうが、普通に関わって機嫌を損ねるならどうしようもない。


 「普通なら夏休み近づくと減るんじゃないの?浮かれたりして」


 「今年の夏休みは例年より忙しかったから。そこがダメージだったかな」


 「家で寛ぎたいタイプってことね」


 「そう。ゆっくりと夏休みらしく怠惰に過ごしたい」


 「もう来年の要望かよ」


 「何か問題でも?」


 「いいや。ご自由に」


 流れるように俺たちだけにしか分からない会話を続けた。来年の夏休みは怠惰にゴロゴロ過ごすことが、今決まったようなものだ。


 少しくらいは外に出るだろう。その時にもしバレていたなら、だが。


 「夏にクーラーの中寛ぐっていいよね。部活とかでそれどころじゃないんだけどさ、怠惰に過ごして不健康生活をしてみたい」


 「言いながら何してるんだ?それ、何に拘ってやってるんだよ」


 共感しながら、トントンと音が消えていたので見てみれば、今度は青泉がじゃがいもを丁寧に見て切っていた。普通のことかもしれないが、食べれる大きさに適当に切るのではなく、真四角になるよう美術作品でも作ってるのかと聞きたくなるほど無意味なことをしていた。


 「伊桜さんの見てたら、私も爪痕残そうと思って」


 「爪痕?おかしい方向に感化されてるって、それ」


 「思い出に残る方がいいでしょ?だから、丁寧に真四角のじゃがいもをカレーに入れようって思って」


 「私もみじん切り飽きたから、千切りにしよっと」


 「玉ねぎの存在薄くなるだろ」


 「知らない知らない。そんな気にするなら自分で切ればいいんじゃない?」


 「辛辣だな。え?これ俺が間違いなのか?」


 「天方くんもにんじんなんだから、何かしら工夫しなよ」


 始まったお巫山戯タイム。食材をダメにしてるわけでもないのだから、悪いことをしているわけではない。しかし、俺のカレーの常識を抜けた形の食材が出来上がるのは違和感でしかない。


 たまに牛乳を入れたり、味噌だったりコーヒーだったりを入れる家庭があると聞くが、それを遥かに上回る奇抜さ。どこの家庭にカレーの中にみじん切り、千切り、真四角の食材が入ってるというのか。


 これも林間学校故の楽しさなのだろうと、そっと笑っておく。


 「仕方ないから星でも作るか。時間かかるけど」


 「おぉー、いいね。そうだ!終わったら私にもやり方教えて!」


 「教えてって、星型に切るだけだから説明してもそれだけだぞ」


 「なら私の手に直接で!」


 キラキラとした目で、逃してくれそうにもない。花染も言っていたが、俺はこのお願いに弱い。断ることがそもそも苦手で、何もかも承諾してしまう性格。それに加えて女子の逃さないつぶらな瞳は、絶対へと誘う。


 「……分かった。後でセクハラとか言われたら、伊桜に証人になってもらうからな?」


 「なりません。私は千切りに忙しくて聞いてなかったから」


 「なんだそれ」


 ゼロ距離で玉ねぎを見つめながら、丁寧に千切りにしていく。そんなに夢中になることかと、今日は意外性の高い伊桜を目の当たりにしている。


 「そうだよ。私から頼んでセクハラなんて、そんな失礼なことある?」


 「青泉なら」


 「ひどっ!」


 今時セクハラなんてよく聞く言葉だ。気をつけていても、人の価値観からセクハラの領域に踏み入れることだってある。そういう系の話は結構シビアだから、言質や証拠を取るのが普通な世の中である。


 「終わったらって言ったけど、手を添えてならもっと時間かかるし、今からでもいいか?」


 「待って、心の準備…………よし、いいよ」


 ふぅーっと息を吐いて何かを切り替えると、俺も青泉の右手側へ移動する。距離はほとんどないに等しくて、右手を添えて準備を整える。


 「これ、やりにくくないか?」


 「だ、大丈夫……切ろう」


 そっと触れた手の甲は、小さくて少し温かい。季節の変わり目となる今、涼しいから冷たいへと変化する空気感は、その温もりを心地良いものにしてくれる。


 「星型って言ってもな。ただ切るだけだし、難しくはないんだけど」


 「うぅ……色々と大変だよ……」


 唸りながらも、包丁を握る手は確か。確実に星を作る横では、未だに千切りに夢中になる伊桜が居る。そして1番気になるのは後ろだ。俺たちの班の背後で作業をしている花染、華頂、蓮の3人。特に花染は、包丁を持ったままこっちを見て真顔で立っているだけで、少し不気味だ。

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