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第55話 珍しい呼び止め




 翌日の放課後、トイレから戻った俺はその場に珍しく蓮が残っているのを確認した。花染と華頂と千秋は部活なのだが、蓮は違ったらしい。手を拭きながら、珍しいその幼馴染のとこへ向かう。


 「何してるんだ?まさか一緒に帰ろうだなんて言わないだろ?」


 「当たり前だろ。体育祭も近いし、部活も今日は休み。お互い練習のために、少し走らないか?」


 椅子に座って後ろから入る俺とは、確認を終えてから目を合わせず、帰りの準備をしながら言う。これまた予想外のことだ。いつもは適当でマイペースな蓮が、走らないかと提案してくるのは。


 「雪でも降るのかよ」


 「単にお前と久しぶりに勝負をしたかっただけだ」


 「よく分からないが、そうは思えないけどな」


 長距離と短距離で分かれるからこそ、同じ種目で競うことはなかった。それに競ったところで、お互いに得意種目で勝つ以外今までなかった。だから、練習とはいえ、勝負を挑むのは違和感がある。何よりも、日々朝起きて俺が走ってることを知っていてなら、なおさら勝ちは見えてないだろうに。


 「気にするなよ。どうせ何かあったって、お前にとっては小さなことだろ?」


 「どうだろうな。お前がそう言うならそうかもしれない。でも、突然の提案だからこそ、不思議と小さいこととは思えないけどな」


 何かを企んでいるのは確実だろう。何事にも興味をあまり示さず、鈍感で、マイペースな男が、こうして体育祭の練習として俺を誘うわけもない。負けず嫌いなのは知っているが、休みにわざわざグラウンドを使ってまで走ることは皆無だったのに。


 高校生になって変わった……ってわけでもなさそうだしな。


 「まぁ、別にいいぞ。聞かれたことには素直に答えるし、どうせ嘘も通用しない。なら、ササッと走って負かして帰ろうか」


 「そうだな。俺も勝てるとは思ってない。ただ、どれだけ近づけたかは興味あるだけだ」


 嘘ではないが、これが本当の理由でもないはず。意図して誘ったと、そしてその話をした時にこれが理由かと知られてもいいと思って誘っているはず。何かしら、そこらで大切な話があるのか気になるが、詮索は面倒だし、蓮もその質問に深い意味はないはず。


 「そんじゃ、行くか」


 「そうだな」


 荷物は帰る準備だけして机の上に置く。必要なのは運動靴だけ。スパイクなんて履いたら整備の面倒もあるし、折角グラウンドは野球部もサッカー部も使ってないのだから、綺麗にしたままにしたい。


 そして、違和感を抱いては消しての繰り返しをしながらも、俺と蓮はグラウンドへ向かった。


 外は執拗に太陽が照りつける。まだ斜めに日を届かせようと頑張る時間帯。どうしても拭えない暑さは、体力を奪い続ける。


 「100mを走るのか?それとも50m?」


 「まずは50だな」


 「どっちもかよ。1回だけじゃないのか?」


 「1回で練習とは言えないだろ。しかも50なんて男子の競技には無いしな。走るだけなら毎朝お前も走るだろうし、少しでも意味のある練習をな」


 「陸上部魂光らせるな。暑苦しい」


 俺を誘いに誘って、正々堂々勝ちたいからと陸上部に入った蓮。とことん断って何もしないことにしたが、それらを加味すると、ここで負けるのは、いくら短距離苦手といっても陸上部としては来るものがあるだろう。


 「別に今聞いてもいいんだぞ?そんな走ってボロボロになったら吐き出しやすくなるとか、甘い考えを持つお前でもないだろうし」


 「何回も言わせるなよ。これは単に俺がお前と勝負をしたかっただけ」


 「知ってる。これは、な?他に意味があるんだろうから、早めに聞いてくれると助かる。負け続けて目の前が勝ちにこだわるばかりに真っ暗になる前にな」


 「面倒だな」


 「お互いにな」


 投げ掛けて俺は準備体操に入る。誰も見てないこの爽快感のあるグラウンドで、俺たちは走る。3年生2年生含めて、体力測定の50mは俺が1番。負けは見えないが、4番につく蓮には甘えは許されない。


 きっと面白味のあることを考えているのだろう。蓮はそもそも考え事をする性格をしていない。だから、自分のことも誰かのことも悩まない。そんな人が話がある雰囲気とは、正直驚きの連続だ。


 それから、準備万端まですぐだった。日頃から体操をしては、戻って来て軽くマッサージをするため、簡単にモードを切り替えられる。既に走ることに切り替えられた脳内では、一直線に引かれた白線を目で捉えて、最善の足運びを考えていた。


 「負けても罰ゲームとかないよな?」


 「自分から自分への重みを加えるほどドMじゃない」


 馴染み深いワードだ。


 「そうか。でも1回でも勝てたなら、質問にスラッと答えてやってもいいけどな」


 「別にやる気は出ないけどな」


 明らかに瞼がピクリと反応した。嘘をつくのが苦手だから分かりやすいその表情の変化。どうしても聞きたいことが、その瞼を動かしたらしい。


 「スタートの合図はお前に譲る。俺は短距離って時点でハンデ貰ってるからな」


 「分かった。負けても文句はなしだぞ?」


 「いいや、我儘だから俺の合図でやり直すかもな」


 「我儘過ぎだな」


 「冗談だ」


 1歩程度のフライングは50mでは大きい。が、それは接戦ならば。圧倒的な差があるならば、たとえ5歩でも勝てる。蓮が相手なら2歩が限界だな。


 2人揃ってクラウチングスタートの構え。目を閉じて少しでも集中を。


 「よーい」


 耳を澄ましてよく聞く。その「どん」のDを確実に捉えるために。


 「どん」

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