第53話 忘れ物
我ながら冴えた嘘でその場を抜け出せたと思った。罪悪感はあるが、それよりももっと強い罪悪感を身に感じていたから、そんな気にしてもいない。
いつメンなら、これが嘘だとしても笑って済ませてくれるだろうから、気負うこと自体間違いだと思う。
「あっ、花染は明るいうちに帰れよ?蓮たちと別れたら、1人になるんだから」
「うん。ありがとう」
「んじゃ」
1度振り返り、手を振りながら伝える。女子が1人で暗い時に帰ることは誰だって良いとは思わない。一緒に帰る時は俺がいるからいいが、突然の時で、まだ長引きそうな日は注意をして先に帰る。
花染も友人がいるので、同じ方向へ帰宅する友人と、夜遅くても2人以上での帰宅になるので、そこらは気にしてない。部活がない日だけだ。
サッと踵を返して、向かうは自宅。そこで待つ炎天下にやられてる途中の伊桜に会いに行く。もう全力疾走だ。リュックを背負っていても構わない。汗を吹き出してでも、暑さに耐える伊桜を想像すると俺のことはどうでもよかった。
必死に走るのはいつぶりか。朝のランニングですら、こんな本気で走ることはない。人通りは並程度だが、通り過ぎる度に視線を集める。焦ってるように見えるからか、心配するように見られる。
人気者は辛いものだ。
それから何分走っただろう。ペースは落ちることなく、ランナーズハイへと移行した俺の体は、自宅を視界に捉えて少し足元を緩くした。
ランニング程度の速さで地を駆け、ついに俺は自宅へと着いた。そして見える。玄関前の日陰に座る、伊達メガネと前髪で顔を隠した伊桜が。
「……はぁぁはぁぁ……遅くなって……悪い」
「凄い息切れ。そんなに全力で走って来たの?」
「流石に……この気温だと……心配でな」
「そっか。ごめんね、そんな急がせちゃって」
そう言いながら、右手には小型扇風機を自分から、少し離れた俺に向けて放つ優しさと可愛さを見せてくる。風は届かないけど、涼しく感じるのは俺のバカな脳内の勘違いだろう。
汗1つかかない。日焼けしない乳白色の肌は、相変わらず美少女らしかった。
「いや、いい。それで、忘れ物って?」
「日傘だよ。今日日差し凄いって聞いた姉さんが、日傘は?って聞いてきて、天方の家に忘れたのを思い出したんだよね」
「なるほどな」
日傘。多分傘立てに置いているだろう。それなら最近雨振らないし、俺の家の傘立てには5本ほど、使わない傘が置いてあるので、簡単に見つけられるわけもない。
前に進み、扉を開ける。歩くだけで汗が落ちそうなのに、伊桜を見ると涼しそうに見える。スカートを除けばどこも白だからなのだろうが、見ることでメリットしかないのは、流石だ。
「はい。入って取ってくれ」
「お邪魔します」
腰を上げ、久しぶりに玄関に入る。抵抗はなく、1回しか入れてないのに、当たり前の気分になるのは不思議だった。
「あったー。これです」
内側は真っ黒で、外側は藍色。柄はなく、2色だけで染められた小さな日傘。伊桜怜と変わらない体躯なのだろう。
「良かったな、見つかって」
「天方の部屋に大切に保管されてるかと思ってたけど、そんなことなくて良かった」
「日傘と寝る趣味じゃないからな」
「冗談に対応出来るくらいには元気になったね」
「どーも」
息切れもなくなり、整い始めた呼吸。日頃から運動を続けるから、今ここで救急車を呼ぶ必要もなくなった。鍛錬は続けるべきだと、しみじみ思う。
「どうする?もう帰るか?それとも少し涼んで帰るか?」
「天方が帰って欲しくなさそうだから帰る」
「残念。最近俺を怪しむいつメンが俺の家に来るかもしれないから、帰ってもらわないと困るとこだった。やっぱり相性抜群だな。ナイスタイミング」
手を振ってる時に感じた。花染の俺を怪しむ目。特にそういう秘密ごとに興味を示すからこそ、行動力のある花染は家にまで来る可能性がある。
「ホントに残念だよ。イチャイチャしたかったのに」
「お望みならこの汗だくの学生服で今すぐ抱きついてあげますけど?」
「やれるもんなら」
「度胸ないからやりません。捕まりたくもないしな」
通報はないだろうが、抱きつけばトラウマを埋め込んでしまい、嫌われるだろう。まぁ、何よりも今動きたくないんだけどな。疲れたし、1回止まってから腰上がらないし。
「とにかく、ホントは涼んで帰ってもらいたいけど、もしものために帰ってもらう。今はまだ明るいしな」
「色々と大変なんだね」
「他人事じゃないからな?」
怪しむのは俺だけでも、延長線上には伊桜も堂々と仁王立ちしている。バレるなら被害はあるだろうし、バレてはいけないという絶対に守らないといけない壁があるため、なんとしてでも死守しなければ。でも、のほほんと呑気な伊桜を見てると、大丈夫とも思う。
「ってか、夏休みぶりに会うのがこれって面白いわ」
「そうだね。まぁ、学校では平日会ってるけど」
「2人で」
「なら久しぶり」
あれから連絡を少し取り合うくらいで、会って思い出を作ることはなかった。そんなに頻繁に会っても薄れるだけだし、特別感が無くなるのも避けたかった。だからメッセージのやり取りも、そう多くはない。
「次は多分、体育祭本番か、打ち上げのどっちかだろうな」
「待てないの?」
「いいや?」
「私は待てないけど」
「俺も待てない」
「嘘」
「俺も嘘」
「相性抜群だね」
「そうだな」
蝉の音だけがうるさい。まだ暑さに少量の汗を流す俺だが、それでもこの空気感は好きだ。もちろん夏のジメジメした暑い空気感は大嫌いだ。伊桜のおかげでプラスに傾いてるだけだ。
「これだけの会話で疲れたよ。これ以上居ると帰れないほど疲れるからもう帰る」
「引き止めろって遠回しに言ってるなら可愛いけど」
「可愛いを求めないから勘違い。蝉もそう言ってる」
ミンミンと大合唱。玄関の扉を開けてるから余計にうるさく聞こえる。
「だから帰るね。今日はありがとう。わざわざ走って来てくれて」
「いえいえー」
「また今度来るから、じゃねー」
「気をつけてな」
また今度。その言葉に浮かれながらも、俺は玄関を閉じる伊桜に手を振った。
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