第51話 身に沁みる
久しぶりに帰るとなれば、それほどに会話も弾むだろう。無言を気まずいと言う関係では無いが、たくさん話せることはそれだけ仲が良いという証明でもあるので、誰かの話を聞くだけなら好きだ。
相変わらず、自分から話すのは好きではないが。
言われたようにプリントを次から次に見ては、千秋と花染の言う欄に名前を記入する。人を見るからこそ、誰がどう得意なのかを熟知しているようで、流石は体育委員。
順調に書き進めていき、最後の1枚の名前を見る。
伊桜……。
その名は誰よりもよく知る名字。同時に、後ろからの回収は自分を1番下にして回収するタイプなのだと、どうでもいい細かなとこを知って口角を微妙に上げた。
そんな俺に気づいたわけでもないが、先に終えた器用な華頂が覗く。
「おっ、隼くんも最後か。伊桜さん……伊桜さんって何が得意なのかな?」
その名を見て少し気になったらしい。華頂にも影響を与えるのは、密かなる才能か。なんにせよ、華頂の気になるとこは俺も気になっていたとこだ。
「第3までは走る気はないようだけどな」
「ん?ホントだ」
第1に障害物競走、第2に綱引き、第3に空欄。2つしか種目は出ず、その上希望が叶うと未来予知したかのような選択肢。間違いなく運動も苦手と思われてるからこそ出来る技。
「佳奈、どうするの?」
「伊桜さんはそのままだよ。運動苦手って前言ってたから、希望通りに」
「だってさ」
「了解」
内心では嘘つけとツッコミたかった。運動能力は女子でも上位を誇るくせに、花染の良心を悪用して体育祭でも逃げるとは。それも点数を取らないという種目に逃げていた。
本当は今ここで笑いたい。だが感づかれることは避けたいし、変人とも思われたくない。だから必死に堪えてシャーペンを走らせる。こういう時に笑いたくなる現象に名前がほしいものだ。
「俺は終わりだ。後は蓮と千秋か」
体育委員でも運動と人気が高いだけ。千秋はその不器用さでプリントを見返し続けては消しゴムで消す姿を何度か横目で捉えた。蓮はゆっくりとマイペースなので、これは通常通り。
「男子の変更が面倒なんだよな。運動能力の高低差が激しくて、中間が居ないからそれだけで穴埋めで文句を言わなそうな人を選ばなきゃいけない。大変だぞこれ」
「文句言われても大丈夫でしょ。文句あるならかかってこい、俺がボコボコにしてやるーって言えば」
「そうだね。女子だと陰湿な陰口とかだから、それはもう計り知れないよ。まだ表に出して怒る男子がいい」
「確かに。私を偽らないとやっていけないもん。姫奈がいないと今頃爆発してたよ」
「そんなものなのか?」
「蓮、お前には分からないって言われるぞ」
「そうか?」
ちょうど書き終えた蓮も、その話に参加するが、鈍感で女性という生き物に対して特にそれを発揮する男には、縁のない遠い話だ。
首を傾げて怪訝な表情を見せるが、その表情ですら女子からの人気を誇るだけあってウザったいほどに整っている。
「取り敢えず俺も終わった」
「4人とも、俺を手伝ってくれてもいいけどな」
「面倒は誰も好まないよ?それに体育委員だから、それは責任を持って果たしてください」
「同じ体育委員に言われるのは癪だな」
「ファイト」
いつメン以外誰にでも、特に女子と接する時はこの素を出さない花染。気を使わない関係として築けているのは大きな支えになっているらしい。
時々愚痴を聞かされて帰る時もあったが、今ではそれもほとんどない。解消して来たのならば、愚痴を聞かされないという安らぎと、花染の精神面の安定に安堵する。
手を動かしシャーペンにて人の名前を書き続ける音が耳に響く。その横では談笑して千秋を妨害することを楽しむという、友達だから出来る嫌がらせに全力を費やしていた。
特に花染と華頂はその意志が強く、日頃の部活のストレスなども含めて重く乗せている様子。それに巻き込まれるのはドンマイとしか言いようがない。
なぐり書きにしては綺麗な字を見ては、イメージから離れたその長所に、誰もが羨み、引いていた。確かに大きな体躯をして、大雑把な性格という千秋には驚きだったが。
こうして書き終えたのだが、その姿は部活終わりのそれだ。
「これ終わって気づいたんだが、確かに俺は遅かった。だが、同時に俺のプリントが不自然に多かったんだよな。それで記憶を遡ってみると……花染って何もしてないよなって」
「……そういうことなの?佳奈」
「集中してて気づかなかった」
「俺も」
作業に入り、面倒は早めに終わらせる性格のためすぐに集中して進めた。それは誰もが同じだったが故に、サボりには気づかなかった。
「……まあ、そういうことなんじゃない?」
「よし、明日から全部任せる」
「やったな、花染」
「流石は美少女。何しても許されると思っての行動は尊敬ものだよ。明日から陰口言おうかなー」
「花染ってそういうことする人だっけ?」
それぞれ思うことがある。手伝ってと言われて手伝っていた。しかし仕事をさせられただけであり、何も手伝ってはいない。依頼した本人が自ら破るスタイル。
「友人関係がボロボロに……皆、ごめんよ……」
気持の籠もってないイジりの部類だからこそ出来る適当な謝り。これが本当なら、友達にすらなってない。いや、なれない。
「改心したなら、帰りに何か皆に奢ってね」
「姫奈が1番鬼だよ」
「さっき言った通りだな。女子って怖いんだって」
「身に沁みるな」
先程の華頂の言うことをしっかりと理解した千秋。怖さはまだまだ底は知れないのだと、アドバイスを送りたかった。
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