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第42話 ウザくない




 本気の成果が本気で悔しがる伊桜か、本気で煽る伊桜かの2択。つまり、本気でなければ俺の望むものも手に入らないということ。これは今後に大いに関わる大切なことだ。本気と書いてマジ。その言葉通りの気合を入れる。


 ふぅーっと息を吐き、勝負の一本目。


 「つけるぞ」


 コクッと頷き、ここからは声で揺れる音波でさえも響かせないように必死なのが早速伝わる。それに俺も混ざり、無言を貫き、同じ土俵で戦う。


 そしてついに、一本目をロウソクの先端へと運び――先に火花を散らせたのは、刹那、俺の線香花火ように見えた。


 内心やばっ!と焦りながらも、不思議とそれは表情にも行動にも出ない。冷や汗だって。それほど何かに安心しているのだろうか。


 ふふっと口は開かずとも口角は上がった伊桜。狙ったわけでもないからこそ、運悪いね、なんて言いたいのを、嘲笑うことで知らせたのだろう。伊桜のことだ。絶対に合ってる。


 答え合わせをしても、なんのこと?自意識過剰だね、とか言って、それまた伊桜の想定内の煽りだろう。見るためにわざとハマるのも選択肢だ。


 線香花火は先端のその小さな玉から、水飛沫のように猩々緋の彩りを散らせ、時をゆっくりと思わせるように引きずり込もうとする。目は奪われ、勝負のことさえも忘れさせるほどに。


 1言で美。何年ぶりだろうか忘れたが、こうして線香花火を美しいと、心底思ったのはこれが初めて。数え切れるだけの回数。しかし、それだから鮮明に覚えてる。こんな今までならなんとない時間潰しの花火を、誰かと勝負することで感傷的になれるなんてなかったと。


 それは隣の美少女だってそうだった。クールを装い、実は高校生とは思えないほど幼気さを持つ、でも花火や夏祭りといったイベントには遠い存在。そんな伊桜も、虚ろな目でそれを見つめる。


 俺にはその瞬間が、花火よりも鮮やかで、伊桜をそうさせた花火を羨ましくも、同じ気持ちを抱いていた。視線なんて何処に向けても一緒だと思っていた。自分の持つ線香花火でも、人が持つ線香花火でも、夏だからこそ空に光る星でも、庭の雑草でも。でも違った。


 今、花火を持ち、何かしらの感傷的な部分に触れ、無意識からなのか、見てきた中で1番優しくも女の子らしい笑顔を作る伊桜を見るのが正解だった。


 手元に近づく線香花火の玉は、未だ消えず衰える様子もない。10秒保つかギリギリのラインなのが線香花火だ。体感では30秒。今が世界の基準でどれほど進んだのか、俺の彩られた脳内では知り得ない。確かなのはどちらの玉も落ちてないことだけ。


 念が効いたのか。耐える玉。勝負ならば落ちろと相手に願うのが普通。だが、俺は違った。いや、伊桜も違ったのだろう。その笑顔も消えず見つめる目先の火花には、俺は落ちるなと願うほど、魅入った。


 「……やっぱり似合うな。綺麗だ」


 意識して言った。言いたくなったのだ。日頃からその容姿を褒めることはある。しかし、それとは比べ物にはならない気持ちが籠もっていた。本気と言えば今までの褒め言葉が失礼になるが、本気の本気だった。


 その言葉にハッとしたか、微かに瞼を引き上げ、我に戻って来た伊桜はサッと振り向く。


 「知ってる」


 「ははっ。ウザくない」


 ニヤッと言われると、何故かこちらも心の中からグワッ!と吹き出るように笑みが溢れた。全くもってウザくない。伊桜だからきっと笑えた。幸せだと思いながら笑えた。空前絶後の笑顔だったかもしれない。いや、今後もあり得るかな。


 前が見えなくなるほど幸せから笑った俺に、次目が合うとニコニコした伊桜は見ろと指先で下を差す。その先、俺の線香花火は火花を散らすことなく消え去っており、ただの紐感の棒を触るだけとなっていた。


 「笑わせる反動で落ちただろ」


 「自業自得です」


 まだまだ火花を散らす伊桜の線香花火。半分ほどまで上がって来た火の玉は、そっと役目を果たした英雄のように静かに消えて行った。


 「はい、まず1勝」


 「1勝で煽るなよ?」


 「最後に一気に押し寄せるから意味あるんだから。今はまだ準備」


 溜め込めるんだとツッコミたかったが、敗北の代償が大きくなりそうだったのでここは抑える。


 「それと……勝負中の惑わしは禁止。その……落とすからさ」


 よく見えない。後ろから室内の明かりと重なって、表情も曖昧。だが、正面を振り向くその一瞬、俺の勘違い脳内は、頬を赤く染める伊桜を捉えた。


 それほどに煽ることが今から楽しみなのだと、根付いた恨みは取れないということを改めて教わる。きっと見間違いだろうが。


 「カリギュラ効果やめろよ」


 「言わないと無限に惑わすだろうし。正々堂々勝負だよ」


 「言われなくてもそうするわ。ってか言葉の惑わしは効かないだろ」


 「……それは、突然だと驚くから。理由はあるからそれ以上聞くのなし。黙って線香花火だけ持ってろ」


 「わぁお、辛辣」


 若干早口。やはり早く煽りたくてたまらないよう。俺は、とんでもない罵詈雑言のモンスターを生み出してしまったのかもしれない。


 ――それから残り4回の線香花火を順番に点火しては勝負を続けた。いや、伊桜が3本目で勝利を得たとき、負けが確定した俺の我儘により4本目を取ったほうまで引き伸ばすことになった。


 だがそれでも俺には運が無いのか、4本目も敗北を重ねてしまった。落ちる予感がした瞬間に土下座を決め込み、最後の1本に賭けないか、と、男としての恥関係なく頼んだ。

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