第1話 勉強場所には出会いがある
「今日はどんな本を読んでるんだ?」
1階の端っこも端っこの、日の当たらない、蛍光灯だけによって灯される図書室に俺はいる。利用人数は今目の前にいて、話しかけている女子を除けば、ほぼ0に等しい。それほど人気はない。
そんな寂しく、高校生活とは掛け離れた空間に俺は意味を求めて存在していた。
そう、それがこれ。
「気になるなら表紙を見れば?」
ピシッ!と生まれてから今まで猫背という姿勢を取ったことないほど真っ直ぐ伸ばされた背に、肩上まで伸ばされ、若干内側にクルッと巻かれた黒髪をした少女。否、美少女は可愛げなんて微塵も感じさせない声色で突き放した。
「ふーん。こういう本しか読まないのも、演技だったりする?」
表紙にはドグラ・マグラ。1度読むと精神に異常を来すと言われる探偵小説を1人動くこともなくじっと黙読する。ホントに読んでるかは目を見れば分かる。適切なタイミングで上から下、下から上へと行が変更される度に切り替わるのだ。
似合わないな。
そんな美少女は、メガネを掛けていて本との距離を30cm丁度でキープしていた。
「ちょっと、気が散るから定規で測らないで」
もちろん正確に測るため、定規を使った。しかし集中しているからといって、決して俺の悪巫山戯に気付かないことはない。真横で測られるのだ、気付かないほど何かに集中できる能力を持つ人であるなら尊敬を優に越える。
俺の問いに対する返答は俺自身が機会を潰したため聞けなかった。しかし安易にそうだと思えるのは彼女がわざと人が読まない本を読むことを知っているから。
――7月に入り、夏がハグを求めて来始める頃、俺――天方隼は学年1の美少女と謳われる、花染佳奈と学年1の人気者として知られる、華頂姫奈、俺の幼馴染、宝生蓮、そしてスクールカースト頂点に立つ千秋悠也の5人でいつものように他愛もない話しをしていた。
クラスは常に騒がしい。俺たち5人が居なくても陽キャは大勢いるし、グループができればおとなしい性格の人たちでも騒がしくもなるものだ。
そんな中で俺はたまたまこのクラスで1番騒がしく、人気のあるグループに属した。つまりは陽キャということ。
しかし俺は引っ込み思案なため、正直重い。話しかけることも、話しかけられることも、全て対応するのは難しい。コミュ症と言うのならそれが正解だ。仲のいいメンバーとだけ陽キャになり、初めての人には下からペコペコしながら仲良くなる。それが俺の生き方。
「そんじゃ、俺は部活行くわ」
蓮が発する言葉は俺たちの解散を知らせた。基本4人でも3人でもどんな人数になろうと話しはできる。マンツーマンだって余裕だ。しかし、部活に行くメンバーは蓮だけではない。俺を除く4人全員がそれぞれの部活に行くことを思い出す。
思い出すってよりかは気付かされるだが。
「またな隼」
「また明日」
簡単に蓮に返して俺はその場に1人となる。もちろんみんなさようならは言ってくれた。毎回また明日と応えるのも手間が掛かるので花染と千秋には手を振ることでさようならを伝えた。
はぁ、これから勉強かよ……。
項垂れるのも無理はない。この時期になると期末テストと言われる魔物が俺たち学生の前に立ちはだかるのだ。それに夏休み前。つまり、赤点を取るだけで簡単に、補習という休暇盗みの勉強会への招待がされてしまう。もちろん強制参加。
運動面に置いては俺は申し分ない実力は有しているつもりだ。しかし運動が出来れば勉強が出来ない方程式通り俺は賢くない。
なので部活に所属していないことを有効活用して勉強に取り組む。やると決めたらやる男である俺は、毎日家に帰ってしっかり勉強をしているのだが……。
やっぱりゲームや漫画、アニメにはやる気は勝てないんだよな……。
そして家で解決策を練りに練った結果、図書室という最高の勉強場所を使えばいいのではないかと思いついたのだ。
俺ってば天才っすかね。
んなわけないのに浮かれるのは頭が悪いが故。
カバンに今日使った教科書、筆記用具を詰め込む。今どき何もかも持って帰って、時間割り通りに入れ替える。なんてことをする高校生は皆無だろうが、今回ばかりは夏休みを没収されるので、優等生キャラを憑依させる必要があった。
肩にカバンを掛ける。重さはあまり感じない。
俺のクラスは1年1組で3階にある。毎日ダルい朝を迎えて、朧気な意識の中階段を上るのがどれだけ億劫か、数多くの学生が共感してくれることだろう。
そんな階段を今度は下る。上るよりも楽なのは、今が午後だから。きっと朝方に階段を下っていたら上りよりも圧倒的に億劫だったはず。俺は下りアンチだ。
1段飛ばして駆ける。中学までは注意されていたこの行為も、今となっては誰もが息をするようにやっている。もしもの為にやらない方が良いのかもしれないが、もしもが考えられないバカにはそもそも無理だった。
1階に着くと今度は階段左にある通路を真っ直ぐ進み、突き当りを左に曲がることで図書室に着く。
1番遠い学校の施設だ。体育館よりも遠く感じる。そんなに行ったことが無いからなのか、はたまた俺の感覚が狂ってるのか。どちらもあり得るな。
勢いをそのままに廊下を走る。誰とも出会わないのは図書室を利用する人が居ないことを証明していて、自然と同情してやる。
強く生きろよ……いや、建ってろよって言うのが正解か?あーもうどっちでもいいか。面倒くさい。
よく聞く捨て台詞を吐き、俺は図書室へ向かった。
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