第7話 メイドさん、運命の紫に懐かれる。
――このように、『アラーニアの園』では物語序盤で5人のサブキャラクターが紹介される。
繰り返す。アドベンチャーゲームにおいて重要なキャラクター紹介パートであるはずの序盤において、テキストのほとんどがひたすらサブキャラクターの紹介なのである。
攻略対象となる御曹司たちも登場しないことはないが、その直後に必ずと言っていいほど強烈な個性を持ったサブキャラが現れ、ただでさえ没個性な彼らの印象は容赦なく上書きされてゆく。
そして、本作がコンセプト迷走ゲーと呼ばれる最大の理由。
それは――
本作のサブキャラ5人、『全員が悪役令嬢である』ということだろう。
傲慢で横暴な正統派悪役令嬢、エイミー・エヴァーグリーン。
天然女泣かせ、ルイーゼ・ジークルーン・フォン・シュバルツマギアー。
千の仮面を持つ策謀家、ライラー・アズハル・ドゥアト。
電波系メンヘラ地雷原、蘇芳命琴。
不良を束ね暴力の世界を征く、藍静雷。
SF恋愛学園ADVを謳っていながら、実際に行われているのは企業の看板を背負った悪役令嬢たちが繰り広げる血で血を洗う抗争であり、その様相は誰が言ったか『令嬢だらけのアウトレイジ』『怪獣が美少女の形をしているモンスター・バース』。
では、初めから本作を恋愛乙女ゲーではなく、『ヒロイン全員悪役令嬢』の百合ゲーとして見ればいいのではないかと考える諸氏もいるかもしれない。
実際、全キャラ中イケメン度がダントツに高いジークや、作中誰よりも『漢』『侠』『雄』の字が似合う藍静雷のルートを望む声もあるにはあった。
だが、残念ながら彼女たちはあくまでサブキャラであり、主人公の恋愛に立ちふさがる障壁でしかない。
当然、彼女たちのエンディングやサブシナリオなども存在しない。
散々悪役令嬢を暴れさせておきながら、いざプレイヤーが彼女たちに関心を移そうかというタイミングで突如思い出したように主人公の恋愛話をぶち込んでくるライターのセンスと構成力には、少なくともプレイヤーを苛立たせる才能だけはあると評価せざるを得ない。
――だが、プレイヤーを精神を翻弄するのは、コンセプトの迷走だけでは終わらない。
プレイヤーの前に、クソゲーからの第2の刺客、『ジャンル崩壊』が立ち塞がるのである。
◇ ◇ ◇
どうして、こんなことになってしまったのだろう?
これが宿命だとでも言うのだろうか?
「私は、あなたを許さない」
「身のほどを知るのね、野良犬」
双方の瞳から発する不可視の稲妻がバチバチと爆ぜる。
真っ向から対立する2人の少女を、アラーニアの学生たちが遠巻きに眺めている。
「あの娘、いったい何者なの?」
「エヴァーグリーンに喧嘩を売るなんて……」
「一族郎党、まとめて潰されるぞ……」
周囲ではざわめきが渦巻く。
「今ならまだ間に合うわ。この場で土下座すれば赦してあげないこともないわよ」
優美なラインの顎をくいっと上げ、相手を見下ろすのは冷気を伴う空色の瞳。
「結構です。あなたの赦しなんていらない!」
相対するのは、亜麻色の髪をぶわりと逆立て、相手を見上げるアジサイ色の瞳。
アラーニア学園のイベントホールで行われている全校親睦会は、ただならぬ緊張感と、無責任な高揚感にみちみちている。
……そして、そんな嵐のど真ん中にいるのが誰あろうこの私、シエラ・ジェードなのだった。
ことは、朝の登校時間からすでにその萌芽があった。
「ごきげんよう、エイミー様」
「おはようございます、エイミー様!」
「今日もお美しい」
挨拶と追従の中を、颯爽と肩で風を切って歩くエイミーお嬢様。私はいつものように、彼女の3歩後ろに付き従っていた。
「シエラさーん!」
そんな私に向かって、それは飼い主を見つけた子犬のように駆け寄ってきた。
「おはようございます!」
「……おはようございます、カラメル様」
「メルでいいですよ。シエラさんもアラーニアの学生だったんですね」
カラメル・プールプル。
調べたところ、実家は木星方面の開拓宙域で作業用ロボットを製作している小さな工場だった。
そして驚くべきことに、彼女の工場は5大企業のどのグループにも属していない。
聞いたことがある。
開拓宙域の過酷な環境下では、企業規格の汎用的な量産品より、その独自の環境に適応した特注品を求められることが多い。
だが、企業にオーダーメイドを依頼するには当然高額な費用が要求される。
そこに彼らのようなフリーランスの零細工場が存在できる余地があると。
例えば、製造元を問わずジャンクパーツを組み合わせて望まれた機能のロボット――他の場所ではとても使えない――を製作する技術者崩れのような。
要するに、政治的価値は皆無のはぐれ者だ。
「昨日は危ない助けてくれてありがとうございました!」
「いえ、お気になさらず。では、私はこれで失礼します」
やや足を速め、お嬢様との距離を縮める。
大抵の者はこれで気が付くものなのだが……
「一緒に行きましょう。私、シエラさんともっとお話ししたいです!」
残念ながら、カラメル嬢は大抵の者ではなかったようだ。
「……」
前を歩くお嬢様の背中が無言の命令を下している。
うるさい野良犬をさっさと追い払え、と。
「来週からフィールド演習ですね。何だかドキドキします」
「……そうですか」
「私、演習の成績だけは落とせないんですよ。シエラさんもメタルレイスに乗るんですか? どんな子ですか?」
「メル様!」
「はい?」
私は強引に会話を打ち切ることにした。
「メル様、ご覧の通り、私はエイミーお嬢様にお仕えする身としてこの学園に在籍しております。私はここの学生である以前に、お嬢様の侍女なのです。どうかご配慮をお願いします」
「はぁ」
きょとんと首をかしげる少女。そのアジサイ色の瞳は好奇心でキラキラと輝いている。
「シエラさんって、やっぱりすごい人だったんですね」
さっきより距離をつめてくるメル嬢。何だろう、言葉は確かに通じているのに、真意がまったく通じていない。
さらにこの辺境娘は、その口からとんでもない爆弾を吐き出した。
「それで、エイミーお嬢様って誰ですか?」
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