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第6話 メイドさん、暴虐の青き令嬢に出会う。(後編)

 果たして、そこには古い映画の中でしか見たことの無い光景が広がっていた。




 若い男2人に組み伏せられている1人の少女。

 彼女の目の前には、数人の男女に囲まれて殴る蹴るの暴行を受ける少年がいた。


「もうやめて! 死んじゃう! 死んじゃうよ!」


 少女が涙で顔をくしゃくしゃに歪めて叫ぶ。

 変わった子だと思った。この状況で、自分よりも少年の心配をしているのか。


「うるせぇよ」


 だが、少年は血の唾を吐きながら少女の好意を無下にした。


「俺がこんなザコ共に負けるわけねぇ。女を盾にしなきゃ何もできねぇ腰抜けにな」


 そう(うそぶ)く少年の顔は血まみれで、脚は立っているのがやっとの体でガクガクと震えている。

 つまらない矜持だ。

 そんなもの、さっさと捨てた方が楽になるのに。


「あ? おい! 何見てんだコラ!」


 不良の1人が私を見つけた。こういう時、私の真っ白な髪は良く目立つ。

 仕方なく、私は彼らの前に立った。


「撤収をおすすめします。すでにアンタレス系列の警備会社にここの位置を通報しております」

「ンだとコラァ!」


 どうやら、猿に人間の言葉は高尚すぎたようだ。

 私は殴りかかって来る不良の拳を(かわ)すと、相手の突進する力を利用して投げ飛ばした。


「ごはッ!?」


 不良は石の床に背中を強打し、白目をむいて悶絶した。

 こっちも日頃のストレスが溜まっているのだ。このくらいの発散は許されるだろう。


「何だ、この女……」


 不良たちが私を取り囲む。

 これでも、エヴァーグリーン家の侍女(メイド)として最低限の護身術は修めている。この程度の不良なら、1対3までなら何とかなる。警備員が来るまでの時間くらいは稼げるだろう。


「アンタレスか。面白いねぇ」


 だが、私の目論見は1人の少女の静かな声によって不発に終わった。




 不良たちから少し離れた場所。袋小路の最奥に彼女はいた。

 不法に投棄されたのであろう、古びた電化製品の山の上。

 深いスリットの入った青いチャイナドレスから長い脚をむき出し、大股を広げて座る黒髪の少女。


 彼女の声を聞いた途端、不良たち全員が直立不動の姿勢をとった。


「噂で聞いたことがあるよ。アンタレスのお嬢ちゃんが趣味で白い犬を飼ってるってね」


 そう言う彼女の瞳は、金色に輝く狼眼(ウルフアイ)

 我が主をお嬢ちゃん呼ばわりするとは、この少女、何者だろうか――、と、考えるまでもなかった。

 エイミーお嬢様とタメ口を利けるのは、同じ5大企業の子女だけだ。


(ラン)静雷(ジンレイ)だ。エイミー(かいぬし)によろしく言っておいてくれ」


 藍静雷。最も新興にして最も勢いのある大企業『ユージン』の社長令嬢。


貴女(あなた)のような方に見知り置かれているとは光栄です。まさか、こんなゴミ溜めでお会いすることになるとは思ってもいませんでした」


 周囲の不良たちの間にピリッと電流が走る。

 だが、当の静雷嬢は鷹揚(おうよう)に微笑むだけだった。


 (つや)やかな黒髪を複雑に編み込んだツーサイドアップ。まるで頭の両側からパイナップルが生えているような奇抜なシルエットだが、それが彼女の風格に妙に似合っている。


「お恥ずかしい話だが、これは言ってみれば身内の争いでね。部外者の立ち入りはご遠慮願いたい」

「お家騒動ならおうちの中で行ってください。このゴミ溜めが貴女の自宅ではないでしょう」


 犬に口答えされるとは思っていなかったのか、静雷嬢が目を見開く。口角こそ上がったままだが、その表情は決して笑顔ではない。

 金色の瞳が、まるで雷光をため込んでいるかのようにバチバチと燃えている。


「……」


 ここで目をそらすわけにはいかなかった。

 正直、アンタレスの権威などはどうでもいいが、ここでこの狼の眼に屈したら最後、私は生涯犬として生きていかなければならなくなるような気がしていた。


 ……懸念があるとすれば、私は普段『起きているのか眠っているのかわからない』と言われるほどの伏目であることか。


「……なるほど、道理だ」


 永遠のように思えた沈黙の後、ようやく静雷嬢は(こた)えた。


 そして彼女はふわりと瓦礫の山から飛び降り、私の前に立った。

 意外と背が低い。

 だが、まるで見下ろされているような威圧感を覚える。


「先ほどは犬呼ばわりして大変失礼したね。名前を教えてもらえるかな?」

「シエラ・ジェードと申します」

「覚えたよ、シエラ。この場に単身で乗り込んできた度胸、事前に警備を呼んでおく抜け目なさ、素晴らしい人材だ。私はまだエイミーに会ったことはないが、君のような者を見出すのだから、決して侮ってはいけないのだろうね」


 言うだけ言って、静雷は颯爽と歩きだした。

 その後ろに、それまでサカった猿の群れのようだった不良たちが、軍隊のように整然と付き従ってゆく。


 藍静雷の影が消えた瞬間、私は思わずふっと息を吐いた。

 どうやら知らず知らずのうちに、私の身体はかなりの緊張状態に置かれていたらしい。




 ――揃ってしまった。


 ああ……。とうとう揃ってしまった。


 アンタレス――『Antares Inc.』創業家令嬢。

 エイミー・エヴァーグリーン。


 アール・トリニティ――『R-Trinity』大株主令嬢。

 ルイーゼ・ジークルーン・フォン・シュバルツマギアー。


 ドゥアト――『Duat』社長令嬢。

 ライラー・アズハル・ドゥアト。


 ソラテラス・ファーマ――『Solatellas Pharma Co.,Ltd.』会長令嬢。

 蘇芳(すおう)命琴(みこと)


 ユージン――『宇尽技術有限公司』社長令嬢。

 (ラン)静雷(ジンレイ)



 アラーニア学園に、この宇宙を統べる5大企業の令嬢が全員揃ってしまった。

 しかも彼女たちは揃いも揃って性格に難があり過ぎる。

 どうしよう。これ以上白くなる髪がない。学園を卒業するまでに私の頭髪は残ってくれているだろうか?


「ハオラン!」


 その時、叫び声を上げたのは先刻まで不良たちに組み伏せられて泣きわめいていた少女だった。


「大丈夫!? 早く病院に!」


 少女は殴られていた少年に駆け寄る。


「こんなの大したケガじゃねぇよ」

「でも――」

「うるせぇ! 俺にかまうな!」


 少年は少女を突き飛ばすと、一瞬だけ躊躇ったが、結局彼女を振り切るように走り去った。


「ハオラン! ちゃんと病院に行かなきゃダメだからね!」


 尻もちをつきながら叫ぶ少女。変わった子だ。


「大丈夫かな……」

「あれだけ走れるのですから、大丈夫でしょう」


 私の言葉に、少女ははっとして私を見る。


「あ! すみません! 助けてくれたのにお礼もしなくて!」


 ものすごい勢いで、ものすごい角度で頭を下げる。

 ……ここまでされると少々恐縮だ。

 私がこの場に来たのは、たまたま頭の中で豚娘のいななきがフラッシュバックしたからであって、いつもの私ならば早々に無視を決め込んで5分後には忘れている案件だった。




 そう。私は本来、ここに来るつもりはなかったのだ。




「あの! お名前を教えていただけますか!?」


 真っ直ぐに私を見つめる大きな瞳は、神秘的なアジサイ色をしていた。


「シエラ・ジェードと申します」

「ありがとうございますシエラさん! このお礼は近いうちに必ずしますね!」


 肩のあたりまで伸ばした、ふわりと風にそよぐ亜麻色の髪。あか抜けない、純朴を絵にかいたような顔立ち。

 人は皆、優しい善人だと心の底から信じているような、見るからに辺境(いなか)からのお上りさんといった風情だ。


「お気遣いなく。ただ、差し支えなければ貴女のお名前も教えていただけますか?」


 少女は顔を林檎のように紅く染め、また深々とお辞儀をした。


「す、すみません! 私ったら失礼しちゃって!」




 そして、彼女は名乗る。




 私の命運を左右する、最初の鍵となる名前を。




「カラメル・プールプルっていいます! 故郷の友達からは『メル』って呼ばれてました! よろしくお願いしますッ!!!」

ここまでお読みいただきありがとうございます。


続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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[良い点] 小物系で色々と考えて動いてる所、すごく「生きてる」って感じがして好き。 読んでる感じ、個人としては信頼されてるしソコソコ優秀そうに見える(読んでいて気持ちがいい!)けど、金と権力には弱そう…
[良い点]  振り返ると更新されている喜び♪ありがとうございます高島松先生!(^ ^)恵みの慈雨じゃ〜☆ [気になる点]  思ったよりはまともな暴力系悪役令嬢だった藍静雷(再生医療が進んでいるから手下…
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